12-3 頭悪すぎだ
「なんだ、アンタか。今更何の用だ」
「前担当者としては気になりまして。実習初日はどうでした」
「アンタに話す事なんてねぇよ」
「ならばこのままスマホを切れば良いでしょう。聞きたいことはないですか」
「・・・・あのメスガキは何なんだよ」
「目上の者には敬意を払うようにと言いませんでしたか。見かけで判断しないように。彼女は駆除者の古参です。我ら屍体は歳を取ることが出来ません。理解していると思ったのですが」
「ふざけんな」
「あなたは腕は立ちますがそれ以外がてんで為ってません。謙虚に教えを請うのです。そして生き延びる術を身に着けなさい。もう二度とアレに食い散らかされたくはないでしょう?」
「屍体が生き延びるってどういうギャグだよ」
「わたしたちが屍体だと判定されているのは、単にこの国の法律がそうだからです。役人が勝手にそう決めつけているダケです。ですが連中には生殺与奪権があります。焼却されたくなければ従うしかない。
申し出を受け入れ残刑カウンターを左手に埋め込まれたのも、灰になりたくなかったからでしょう?」
「クソどもが」
「妙なコトは考えないように。わたしたちは脅されて屈した訳ではありません。提示された選択肢から選び契約した、ソレだけです。ヒトの世で存在するには従わなければならないルールが在ります。
それは屍者だろうが生者だろうが同じです。日々食事をし、話し、喜び悩み、足掻く為に皆従って居ます」
「モノは言いようだよな。上目線で御託ぬかしてんじゃねえよ、何様のつもりだ」
「単に年長者の経験談ですよ。たとえこの瞬間世界の王様となったとしても、あなた自身を縛るモノから逃れることは出来ません。ヒトという動物は、群れの中でしか生きて行けないからです。
誰しもが何かに縛られ従っているのです。繋がり合っていると言い換えた方が正しいでしょう。孤高というモノは幻影だと知りなさい」
「説教臭えのはジジイの特権ってか?いやババアもだな。屁理屈並べたてりゃあ皆が納得するとでも思ってんのか。ヘドが出るぜ」
「憤ることも数多でしょう。呑み込めないことも絶え間なく、この世界から消え去るまでそれが止むことはない。ですが生き続けてヒトと関わり続けるコトを諦めてはいけません。生きようとすることが、此の世界に生まれてきた意味なのですから」
「相変わらず物言いはご立派なコトだ。新興宗教の教祖様にでもなれそうだな。胸くそ悪い、もう沢山だ」
「聞きたいコトが在れば何時でも聞きなさい。彼女にでもいい。わたしは力不足でしたが、彼女ならあなたの某かに答えてくれるでしょう」
「あのメスガキに弱みはねぇのか」
「敬意を払いなさいと言ったでしょう。そしてソレを知りたいのなら自分で挑みなさい。ちなみにわたしが知る限り彼女が不覚を取ったという話は聞きません。自作自演で敗北を装った例なら耳にしましたが」
何処か面白がっている気配に腹が立ち、「ざけんな」と吠えた。そしてもういいと通話を切った。切ってスマホをベッドの上に叩き付けた。
くそっ、くそっ、くそっ、クソッタレめ。
どいつもコイツも偉そうに。コッチが下手に出てりゃ調子に乗りやがって。
説教こきゃあがって。見下しやがって。せせら笑いやがって。
腹の底じゃあ若造と侮って舌出してるくせによ。小馬鹿にしてるクセによ。ふざけんな!
何にしてもメスガキ、先ずはあのメスガキからだ。
このままで済ますか。済ましてたまるか。目にモノ見せてやる。吠え面かかせてやる。地べたに這いつくばらせて、そのお綺麗な顔に蹴り入れてやる。
泣かせて土下座させてスミマセンでした、申し訳ありません、許してくださいと謝らせてやる。
それでその頭を踏みつけて小便かけてやるんだ。きっとスカっとするだろうぜ。バケモノどもは叫きはするが命乞いなんてしないから、新鮮な気分に浸れるだろう。
その瞬間を思い浮かべるだけでワクワクする。
だがしかし、ソレには先ず準備ってもんが必要だ。あのメスガキは少なからず厄介だ。同じ失敗を繰り返す訳にはいかねぇ。
昨晩の有様は思い返したくもない惨状だった。モップ一本の相手に自分のナイフがまるで刃が立たなかった。軽くあしらわれて肝心の得物を弾き跳ばされて、為す術無く打ち据えられた。
跳ばされた得物を拾おうとしてもモップの柄で足を絡め取られて、転倒した途端めったやたらと突き込まれた。
舐めるな、と掴みかかろうとした顔を柄の先端で打ち据えられた。
偶然だろうが鼻の真下を、人中をピンポイントで突かれて前歯がもげるかと思った。
顔といい喉といい、胸といい腹といい背中といい、めったやたらに突かれ抉られ続けた。一撃その都度に息が止まった。
真正面から眉間だの鳩尾だの肝臓だの、背中から腎臓だの尾骨だの延髄だの。お陰で反撃するコトも出来なかった。
まぁ、どれもコレも間違い無く偶然だろうがな。
狙ってなんて出来る訳ゃねぇ。コッチは避け続けてたんだ。ただ滅茶苦茶に振り回していたヤツが良い具合に当たったダケだ。俺にだって出来ないコトをあんな小物にやれてたまるか。
そしてトドメに脳天に一撃を食らい、不覚にも失神してしまったのだ。
だがソレもたまたまだ。たまたま偶然イイ具合に当たった、それダケだ。
俺にとっちゃとんだ不運だったがな。
昨晩はちいっと油断した。
見てくれに騙されて侮って不覚を取った。マトモに真っ向からやったら負けはしなかった。ナイフを跳ばされなきゃ勝ってたのは俺だった。
得物さえあれば、あんなメスガキに遅れをとるなんて先ず在り得なかった。
アレがヤツの手なんだろう。相手を油断させた上でこすっからく先手を取って叩きのめす。
セコいメスだ。小狡い牝キツネめ。調子に乗ってんじゃねぇ。今度は昨日みたいにはいかねぇぞ。あんな小柄な小娘、一度でも掴んでしまえば力はコッチが上だ。
掴まえて叩きのめしてボロボロになるまで弄んでやる。所詮、オンナは男に勝てないってコトをその身体に教えてやる。
だがその為には少し知恵を絞らなきゃならねぇ。同じ失敗を繰り返す訳には行かないからな。ビビらせて迂闊に手を出せないようにしてからだ。
そしてその瞬間になったら憶えておけ。まぁ、俺は優しい男だから素直に謝れば手足の二、三本と前歯、そして鼻を折る程度でカンベンしてやる。
首洗って待ってなよ、メスガキ。
夜の帳が降りて数時間が経っていた。
地方の街とはいえ、繁華街ともなれば深夜でも相応のネオンの輝きが在った。
外園は慣れた足取りで幾つかの酒場をハシゴし、繁華街の外れに在る小さな公園に差し掛かった。このまま公園の脇を抜けて幾つかの角を曲がれば、寝泊まりしているビジネスホテルが在る。
今夜は昨夜の一件で「業務」に携わる気分ではなく、自主的な休業日と決め込んでいた。なのでこのままホテルに戻るか、それともその界隈に見つけた小洒落たバーで飲み直すか悩んでいる最中であった。
なので最初は、薄暗がりの公園の中から聞こえる複数の言い争うような声も、シカトして通り過ぎるつもりだったのだ。
世間をナメ切った阿呆どもの諍いに関わり合って、ほろ酔い気分を台無しにするほどバカではないからだ。
「大概にしろよ、このモヤシ!」
明らかな罵声が聞こえて、公園の公衆便所から白い人影が蹴り出された。目を眇めて見れば、素裸の少年が地面に転がされていた。
そしてトイレの中から、二人ほどソレっぽい風貌の若い男が出て来た。いや、若いと言うよりも少年と言った方が正しかった。
一人は迷彩柄のジャケットにダボついたパンツを履いていた。もう一人も似たような風貌だったが公園の暗い街灯の明かりでも、それぞれに茶髪と耳のピアスは見て取れた。
そして某かを叫きながら、地面に伏したままの少年に蹴りを入れて居るのである。
何が行なわれているのかは直ぐに察しが付いたが、特に興味をそそられなかった。何処にでも在ってよく見る光景だったから。
そんな些末なコトで大切な自分の時間を浪費する趣味は持ち合わせて居ない。
「マジうける~素直に土下座すりゃ良かったのに。そうすりゃ蹴られずに済んだのに。意地になっても意味ないじゃん?」
最後にトイレから出て来たのは女生徒だった。制服ということまでは分かったが、それがどの学校のものかまでは判別が付かなかった。
だが、あのクソ生意気なメスガキが着ていたモノにはよく似ているように見えた。
「ねぇきみ。素直にやっちゃおうよ。ちょっと土下座して舌で便器のお掃除するだけだよ?尻もタマも全部動画で撮ってあげるからさ。ネットに上げたらきっと人気者だよ。おカネが出せないなら、それ位するのが普通ぢゃん?」
そう言って女生徒はスマホで転がって居る少年を撮り始めていた。「やめて下さい」という声は、脇に立ったピアスに蹴られて途絶えるコトになった。脇腹に爪先が入ったお陰でむせて、胃液を吐き出していた。
「おう、おまえ等。なに愉快なコトやってんだよ」
不意に響いた声は随分とドスが効いていた。茶髪とピアスと女生徒はギョッとして固まり、声した暗がりへ振り返って見れば、背が高くて肩幅の広い男が立っていた。
そして相手が一人と分かると三人は再び余裕を取り戻すのだ。
「なんだよ、オッサンは関係ねぇだろ」
「とっとと、どっか行け。コッチは忙しいんだ」
「マジそれ。正義の味方でも気取る気?ウザいんですけど」
三者三様の物言いが余りにもテンプレで、外園は思わず笑って居た。
「オレも人のコトは言えねぇが、おまえ等の物言い、頭悪すぎだ」




