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えげつない夜のために  作者: 九木十郎
第一二話 廃棄物
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12-2 対処し易いアホであってくれ

 世間では全部一緒くたにされているが、実は「蘇《よみがえ》った者」は幾通《いくとお》りかに類別されている。子細を述べると煩雑になるので割愛するが、大まかに分ければ三つに分類された。


 先ず一つめ。仮死状態からの復活。

 あくまでヒトという生物の範疇なので一時的な「命の休眠」として取り扱われる。そのため死者蘇生法の適用は為されない。


 二つめはナリ替わりやヒト喰らいがすり替わって復活したモノ。

 連中は間違いなくヒトでは無いので害獣として処理される。類似の異形であってもまた同様。

 傍目《はため》には「再生」に見えるが、ただケダモノの擬態でしかないなので当然である。


 三つめは人外の生体を取り込んで復活したモノ、或《ある》いは理外の影響を受けて復活したモノ。

 この存在こそが死者蘇生法が制定された主因だった。間違いなく「異常な復活」だが、ヒトとしての知恵と意識と理性とを持ち合わせ、健常な者と意思の疎通が図れたからだ。


 お陰で法曹関係者や為政者たちは扱いに窮《きゅう》したらしい。しかし程なく屁理屈をこね上げ、「ヒトに似た某《なにがし》か」「動く屍体」と扱うコトで決着させることになった。


 そのため一度《ひとたび》「再生者」と認定されればその後の処理は機械的だ。当人に自我がある場合選択肢が与えられ処理される。

 何らかの理由で、生前の姿のまま淵から這い出て来たモノもまた同様だった。


 基本的に人権は認められず例外は無い。

 認めてしまえばやがて際限が無くなり、ヒトの世界がヒト以外のモノで溢《あふ》れかえってしまうからだ。それが長年の経験則に基づいた、この国の死者に対する振る舞いであった。


 要は死者蘇生法だなんてタダの取り繕《つくろ》い。「ヒトに似てヒトじゃないナニか」を処理するための言い訳で、単なる方便だった。


 そして「理《ことわり》の埒外《らちがい》から生じた(造られた)存在」と判定された受刑者に、ISの級別が冠せられるのである。


 そういや蟹江國子もそうだったな。


 今回も随分と唐突な話だが、彼女の時も似たようなパターンだった。きっとあの直来とかいう駆除者の「相談」はコレだったに違いない。そしてあの丸々と肥え膨らんだ肉ダルマ、香坂医師がまたぞろ一枚噛んでいるのではないか。


 よもやあたしを、コレ専属の対処要員などと考えて居るのではなかろうな。


 そんな嫌な予感が脳裏を掠めるのだ。




「国民の自由と人権と安全を守り、文化的な必要最低限の生活を保障するのがこの国の国是《こくぜ》だそうな」


 現在の現場である学校、その会議室にやって来た二十代半ばと思しき男性は、自己紹介もそこそこにパイプ椅子を引きずり出すと、どっかとばかりにその大きな尻を座面に預けた。

 あたしよりも二回りはデカい体躯のせいか、或《ある》いは勢いのせいか。ぎい、とパイプ椅子が苦しげな呻き声を上げた。


「死ぬか害獣駆除役になるか選べだなんて、這々(ほうほう)の体《てい》で生き返ってきた者に対する仕打ちじゃねぇぜ」


「あなたもあたしも既《すで》に屍体《したい》なんだし、人権云々(うんぬん)だなんて適用される方がおかしいでしょう。問答無用ではない分、温情はある方だとは思わない?」


 はん、と外園克己という男は鼻で笑った。


「アンタがオレのトレーナー役?どう見ても小娘なJKじゃねぇか。何の冗談だ」


「業務命令に従っているだけよ。それに仕事の上では間違いなくあなたの先輩だわ。敬意を払えとは云《い》わないけれど、指示には従ってもらう。宜《よろ》しい?」


「はいはい。承りました、先輩さま」


 まるでその場で鼻クソでもほじくりそうな態度のデカさだ。実際にやって見せたら逆に感心するのだが、残念ながらソコまでサービス精神旺盛な訳では無さそうだった。


「じゃあ先ず着替えて」


 前掛けとモップを手渡すと「何だコレ」と言われた。


「後始末用の備品。今回のヤツが、結構ハデに汚してくれたもんだから辟易《へきえき》していたの。ちょうど人手が欲しかったから助かったわ」


 手渡されたモップや前掛けとあたしの顔を交互に見比べ、未だ意味が分からず怪訝《けげん》に眉根を潜める顔が妙に幼く見えた。




「なぁ。毎回こんなコトやってんのか?」


「モチロン」


 軽い返答だったのだが外園は早くもウンザリした表情をしていた。それでも最初の内はそれらしくモップを動かしていた。だが二時間も経った頃合いに「やってられっか」と掃除道具を放り出した。


「休憩にはまだ早いわ」


「こんなんオレがやる仕事じゃねぇよ」


「あたしら以外に誰がやるというの」


「オレじゃない誰かだ。こんなクソ仕事、掃除くらいしかマトモに出来ない能無しにやらせればいい。

 バケモノを狩らせてくれるってんで、オレは駆除者ってヤツを引き受けたんだ。モップ握って床コスる為に此処《ここ》に居る訳じゃねえ」



「あたしがヤレと言っているのよ。言う事が聞けない?」


「お高くとまってんじゃねぇよ、ガキ。先輩さまだってんで大人しくしてやってんだ。つけ上がらない方が利口だぜ」


「確かにコレはクソ仕事だけど、この程度も出来ないようじゃあなたはクソ以下っていうことね」


「ほう、言うじゃねぇか。大したもんだ。オレを前にしてその度胸は褒《ほ》めてやるよ。だがオレが何様なのかってのが分かってねぇな」


「イキっても仕事は進まないわよ。さっさとモップを取りなさい。クソとかカスとか言われたくはないでしょう」


「ふざけやがって。オマエみたいなガキには勿体《もったい》ないが、モノホンってヤツを教えてやるぜ」


 台詞が終わる前に、目の前には大ぶりなナイフが突き付けられていた。


 肉厚の諸刃ナイフだった。コンバットナイフやサバイバルナイフとは明らかに意匠が異なる。リバーシブルタイプの短剣《ダガー》と言ってよい代物だ。


 突き立てられる鈍色の切っ先は制止して微動だにせず、まるで教室の虚空に固着しているかのようだった。

 瞳孔までの距離は一センチを切っているだろうか。


 ナイフの軌道どころか、抜き出すまで一連のモーション全てが滞りなく、手練れであるのは間違い無かった。

 しかし残念ながら手心を加えて居るのがバレバレだ。

 鞘《さや》から抜くまでは加速していたが、突き込みを始めた時点で減速が始まっていた。


 刃先がどのような軌跡を描きドコで止まるのかまで見て取れた。瞳孔までの距離すら目測どおり。

 避けるまでもない。


 本人はしてやったりといった面をしている。

 あたしに見切られているというコトすら理解していない。


「へっ、びびったか。瞬きすらないか、なんて鈍さだ。避けるどころか身動きすら出来てねぇ。オレが寸止めしてなきゃそのキレイなおめめが串刺しだったぜ。

 怖かったか?お漏らししなかったか?漏らしてもこのニオイだ、バレやしねえよ。良かったなぁ」


 外園は得意満面、満足したかようにナイフを引っ込めるとそのまま腰の鞘《さや》に得物を収めた。


「オレはコレで既《すで》に七匹をヤってる。実力の差が分かったか。身の程を知りな、自称先輩さま。コレに懲りたらオレに意見するんじゃ」


「気が済んだ?だったらモップを持ちなさい。朝までに床の清掃を終えるわよ」


「てめえ、頭の中が空なのか。数秒前の事も憶えらんねえ鳥アタマなのか」


「あなたよりは具が詰まっていると思う。掃除をするという意味は理解出来るもの。そして教導役には従えと、事前に教わらなかったのかしら」


「痛い目に合わないと分からんタイプらしいな」


「そうね、世の中には意外に多いわね。チンピラとかは特にそう」


 大柄な男の目の色が変わったのは、本当に瞬時のことであった。




「何ですか、あの躾《しつけ》のなってないガキは」


 キコカは一晩の清掃業務を終えて部屋に戻り、タンクトップに下着のみといういつもの格好になると、冷蔵庫の中からビールを取り出しながら上司に本日の報告を行なった。


「今どきあんな三文台詞を吐くバカ、現実に居るとは思いませんでしたよ」


 五〇〇㎖缶を煽《あお》ると、一息で半分がキコカの胃袋に消えた。


「一般社会人として最低限レベル、そういう前提で引き受けたんです。仕事の調教は兎《と》も角《かく》、素行性情を矯正というのは範疇外《はんちゅうがい》……は、本人の資質?アレは単に世間知らずな阿呆に過ぎません。そんなヤツに……いえ、ソコは特に……はい、腕は悪くないかと。しかし手綱は握る必要が」


 通話しながら缶を傾ければ程なく空となり、二本目を冷蔵庫の中から取り出す羽目になった。


「程ほどと言われても……チンピラは基本的に図に乗るか、尻尾巻いて逃げるか、媚《へ》びへつらうかの三択です。責任を自覚して背負えるのなら、それは既にチンピラではありません。

 ……はい、ソコソコには教育しましたが、中途半端ではただ逆恨みするダケで……良いのですか?……はい、分かりました」


 通話を終えると「やれやれ」と吐息を吐きながら、二本目を三分の一まで飲み干した。


「簡単に言ってくれる。流石は腹黒さまってところだ」


 ふと気付くと、カラーボックスの上で丸くなっていたほぼ真っ黒な白黒ブチ猫がジッとこちらを見つめていた。


「別にあんたの事言ってる訳じゃない。腹回りの毛皮じゃなくて、中身の方が暗黒物質よりもクロいヤツの話だよ」


 さて、今晩ヤツはどう出て来るのだろう。マトモに現場に出てくなら良し、バックレて二度と姿を見せないならそれもソレで良し。いずれにしても打てる手立てが揃《そろ》っているから、対応はし易かった。


 面倒なのは分不相応な自尊心ばかりを増長させて、周囲に八つ当たりするヤツだ。当の本人へ挑むのではなく、手前勝手な理屈を叫きながら無関係な者に当たり散らす、はた迷惑なド阿呆である。

 とばっちりを受ける方はたまったものではない。


 願わくば対処し易いアホであってくれ。


 心底そう願うのだが得てしてこういう場合、悪い方の予感がよく当たるもの。そしてそれがヒトの世の理であるというコトも、よく理解していた。

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