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えげつない夜のために  作者: 九木十郎
第一二話 廃棄物
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12-1 「造り上げられた屍人形」

 陽が落ちたばかりの頃、未だ残光の在る仄暗ほのぐらい路地にブレザー姿の女学生がひっそりとたたずんでいた。


 暗がりの中、手には大ぶりななたを持っていた。女生徒にはあまりに不釣り合いなシロモノだ。そして極めて場違いでもある。


 我が身は市民の安全をになうと、そう自負する者が在れば恐らく詰問されよう。だが彼女は特に周囲を気にする様子も無い。

 そのまま無造作に手にした得物をぶんと振れば、刃に付いていたヌメリのある液体がパッと散って路面を汚した。


「何者ですか」


 女生徒に投げかけられたのは唐突な誰何すいかだった。だが特に慌てる素振りもない。鷹揚に振り返ってみせる。

 視線の先、路地の奥には背の高いシルエットが立っていた。


 いつの間に現われたのか。

 少なくとも一瞬前までソコに人影は無かったはずである。


「ちょうど良かった。コレの後始末を頼んでも良いかしら」


 少女が名前の代わりに口を開けば、「ああ、アナタでしたか」と脱力したような返事と、視線を落とし路上を確かめる気配とが在った。


 薄暗がりの道端に転がって居るのはヒトの形に似た大きなカタマリだった。ただヒトと異なるのは頭部と思しき部分が見当たらず、少し離れた場所に小ぶりなスイカほどの大きさのカタマリが転がっているダケであった。


「この地区の担当者?」


「いえ正規の駆除者です。お初にお目に掛かります、直来なおらい祐太朗です。外回りをやっています。邑﨑(むらさき)キコカ女史とお見受けしました」


「よく知っているわね。でもソレなら話が早い。コレはあなたの獲物だったのかしら。勝手に狩って悪かったわ」


「いえ、手間が省けて助かります。最近の内回り組は外回り組の助力もするようになったのですか」


 軽口を叩きながらスマホを操作し自分の上司と思しき者へと連絡を入れ、そのまま立ち去ろうとするキコカを手で制し、待ってくれと押し止めるのだ。


「あたしは早く、あの子を此処ここじゃない何処どこかへ連れて行きたいんだけれど」


 軽くあごをしゃくる先には、ブロック塀にもたれ掛かり座り込んで居る少年と思しきシルエットが在った。


「クスリが効いているうちに暗示を仕込んでおかないと」


「ひょっとして彼が襲われていた?」


「自分の知人クラスメイトが喰われる場面なんて見たくないでしょう。こんなコトでも無ければ自分のテリトリーの外で仕事なんてしないわ」


「なる程。実はあなたには一度お会いしたかったのです。相談したいコトが在ります」


「自分の上司に相談なさい。そもそも何処どこであたしを知ったの。大々的に宣伝なんてして居ないはずだけれども」


「公安関係者であなたを知らない者は居ません」


「・・・・相談ってのも、あたしの上司を通してからにしてちょうだい」


「蟹江國子二代目がらみの話で。わたしの連絡先を受け取ってもらえませんか」


 うずくまって居る少年に屈み込もうとしたキコカは、少し悩んだ後にあからさまな舌打ちをし、「受け取るダケだぞ」と彼のスマホから秘匿コードの転送を受付けた。

 キコカはふと、犬塚伊佐美の時にも似たようなシチュエーションだったな、と思ったが何かを呼び込みそうだったのでそれ以上考えるのを止めた。


 そしてそのまま少年に肩を貸し抱え上げると、夜へと落ち込んでゆく路地を足早に立ち去るのだ。背後から「お疲れです」とねぎう声が在ったが、彼女が返事をするコトは無かった。




 キコカに上司から連絡が入ったのは、校内でアレの始末を終えて清掃作業に入っている最中の事であった。


 どろどろに為った教室にモップ掛けをしながらスマホを取れば、腹黒い自分の上司はいつもと変わらぬ横柄さで新人の教育をしろ等とのたまった。


「それは訓練室の仕事でしょう。あたしは駆除者であってトレーナーではありません」


 そもそも現役の駆除者が多忙なため、業務緩和の一助にと専門の訓練士という役職を作ったのではないのか。損耗率の高い新人の技量向上の為などと、ご大層な御託ごたくを並べ立てていたのは何処どこのどいつだ。

「寝とぼけたコトぬかすな」という台詞は辛うじて飲み込んだ。


「それにいまこの瞬間も現在進行形で『業務』の最中、そんな暇など皆無です」


 そう反論したら座学体術実技は履修済み、「屠殺体験」も完了している、足りないのは経験だけでホンモノの現場というものを教えてやれ言われた。


 実習も済ませていない「現場処女(ズブのトーシロ)」などモノの役にも立たない、次世代の育成は組織の必須、現場の知恵や技術を新参者に継承させることは先達者の役目だ、おまえも業務が立て込んで休む暇も無いだろう、これは将来の為の投資だ、実務担当者が増えておまえが困ることなど何一つ無い云々(うんぬん)


 さも、もっともらしい理屈をずらずらと並べ立てていた。


 休ませるつもりなど産毛の毛先ほども無いクセに、よくもまぁそんな台詞が口に出来るものだ。この腐れ腹黒の口の中にはいったい何枚の舌が生えているのやら。白々しいにも程がある。


 この上司が一度口にすればソレを覆すのは難しい。常に全てのお膳立てを整えた後の下命だからだ。抗うことは極めて困難。

 そもそもあたしには、出されたオーダーを完全に平らげる以外に道は無い。操演者の意図に反する駆除人形は廃棄される、ただそれだけの話だった。


 しかしだからといって真っ当従順、唯々諾々(いいだくだく)と従うのが当たり前と思われるのもシャクに触った。だから毎回ささやかな口論を繰り広げるのである。


 絶対上位者への抗弁?いやいやコレは単に業務内容の確認と、現場から管理者への意見具申に過ぎない。業務を支障なくし進める為の、実のあるディスカッションなのだ。


 まぁ大抵はあたしが一方的に言い負かされて煙に巻かれるか、理路整然とした屁理屈に、ぐうの音も出ない位にねじ伏せられるかの何れかであるのだが。


 だが今回はどういう風の吹き回しだろう。そこまでうのなら訓練費という名目で報酬に色を付けよう、と言い出した。


 どういうつもりだ?


「それ程問題のある『新規品』なのですか?」


 訓練室がさじを投げた物件ではないかと勘ぐったのだが、「普通だ」という返事があるのみ。ふんっ、とこれ見よがしに鼻息を荒げてみたが、返ってきたのは素っ気ない沈黙だけだった。

 お陰で嗚呼ああなる程こりゃあ間違いないと、そう確信するにいたった。


「初期設定は完了して居るんでしょうね」


 流石に駆除者のイロハも叩き込まれていないボンクラを相手にする暇は無かった。心配するな、ソコまで丸投げでは無いなどとヌカす。口では何とでも言えるものだ。


 いずれにしても、あたしの所におはちが回ってきた時点で普通ではないし、拒否権がある訳でもない。辛うじて出来るのは報酬の交渉と業務指示の緩和要求くらいのものだ。

 かなった試しは数える程だが、皆無という訳でもなかった。


 そして叶う時には大抵、大きな落とし穴が待ち構えているのが常だった。


「五割増しで手を打ちましょう」


 厄介ごとの手当込みだ。暴利と云うにはささやかすぎる要求だろう。ヤツだって、あたしが見透かしているであろうと見透かして訊いているのは間違いのない話なのだから。


「・・・・」


 返事が無い。十数えても反応が無かったので交渉決裂かと思ったのだが、「良かろう」という返答があった。


 しまった、と思った。


 二つ返事で了承されるとは思っても居なかったからだ。コレはあたしが見越していた以上の大穴が待ち構えている。

 先に情報の公開を求めるべきだったとほぞを噛んだが後の祭りで、拒否できないからと諦めるのは早計であったかも知れない。

 恐らく拒絶可能な道筋が在ったのだ。


 しかし刻既ときすでに遅し。コチラが要求し相手が呑んだ。断る術は既に無く、仕方が無いと小さく吐息をつくと再び口を開いた。


「業務内容の子細と対象者のプロフィールの転送を。あと、関連情報は全て開示して下さい。全て、です。出し惜しみがあった場合には責任は持ちかねます。折角の新品を廃棄したくはないでしょう?」


 了承するむねの返事と共に、秘匿回線を使って多量のデータが転送された。


 そして部屋に戻ってその内容を確認し、眉間にシワを寄せる羽目になった。



 ○○○○室○○○○年度

 新規調達品 第○○〇〇号 

 種別 D系統特殊駆除実務担当者

 等級 受刑者級別IS、番号第○○‐○○○○○○○○○‐HP○○号

 仕様 R級 ○○○○年型 M 

 認識名称 外園克己



 コイツはただの再生者ではない。受刑者級別がIS(不法な標準品イリーガル・スタンダード)、あたしと同じく「目的をもって造り上げられた屍人形」だったからだ。

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