ルフが死んだ
「はぁい、テディ。元気?」
ミサを終えて事務所に戻ってきたル・ルーさんから、見えない殺気が立ちのぼった。エリアーデさんは来客用のソファーに座り、ぼくが煎れた入った紅茶を飲んでいる。
「だれが、いつ、立ち入りを許可したのかしら?」
「あたしはボーヤについてきただけよ。ミサに行ってたんですってね。お疲れさまー」
ル・ルーさんはギッと目を細め、これ以上ない剣幕でぼくをにらんだ。視線だけで刺殺されそうだ。ぼくとしては、ル・ルーさんが戻ってくる前にライラさんになんとかして欲しかったのだが、相手が『力』と知って追い返せなかったのだ。
とにかく、これ以上事態が悪化しないよう願うばかりだ。
『死に神』と『力』のアルカナがもし本気で剣を交えたら、ただでは済まないはずだ。うっかりぼくの首が宙を飛んでいてもおかしくない。
「……なんてね、喧嘩をしにきたわけじゃないの。お仕事の依頼」
ティーカップを置いたエリアーデさんはゆっくりと立ち上がり、ル・ルーさんの元に歩み寄った。こうやって見ると身長が倍ほども違う。だけど交える眼差しの強さは対等か、いくぶんル・ルーさんのほうが押している。
「依頼ですって? アルカナとして? それとも軍人として?」
腕を組んで警戒を解かないものの、ル・ルーさんの目つきが和らぐ。
「どちらでもないわ。きょうはお休み。私人として、ここに来たの」
「短剣をチラつかせて?」
「これは護身用。知っているくせに」
エリアーデさんの笑い声で、すこしだけ肩の力が抜けた。彼女を引き入れたのはぼくだから、なにかあればぼくの責任になる。
「えーと、ライラちゃん、お茶が欲しいな。アイスティー」
ぼく同様に成り行きを見守っていたライラさんが、はっとしたように背筋を伸ばした。
「あ、はい。すぐに」
慌ただしく出ていくライラさん。
「うちの社員をこき使わないで」
「ごめんごめん。ボーヤが煎れた紅茶は渋いんだもん」
すいませんねー。
「いいわ、聞きましょう。お客様ならね」
諦めたようにソファーに腰を下ろすル・ルーさん。
「やっと商談に入れるのね」
エリアーデさんも向かいに座って脚を組む。
「あの、ぼく失礼しますね」
ふたりきりのほうがいいだろうと思って回れ右すると、ぼくの背中側から手が伸びてきた。掴みそこねたドアノブを、エリアーデさんの細い指先が押さえている。早い。
「気にしなくていいのよ。ここにいて」
視線をそらしたのはほんの一瞬なのに、いつの間にかバックをとられている。
恐るべし、女将軍。
しかも意外と胸が大きい。若干筋肉質な、硬い胸が背中に押しつけられてくる。
「ペットにちょっかいをださないで、エリアーデ」
「はいはい、ごめんなさーい」
鋭い声が割って入ってきたので、エリアーデさんは笑いながら体を反転させた。
ペットってなんだよ、と文句を云いたかったけど、拗ねたようなル・ルーさんの顔が可愛かったので黙っていた。
「マニュアルに沿って質問するから、クロは記録しなさい。はい、フォーマット」
と、葬儀の希望を書き入れる紙を渡される。
ソファーで向かい合うふたり。ぼくはテーブルの横に立ってペンを構えた。
「依頼人の氏名はエリアーデ・サロヴァニア。葬儀の日時は明日の正午」
「ずいぶん急ね」
「事情があってね、屍体防腐剤を使わないの。会場はもう確保済み。ロザンナ大聖堂よ」
「……かなり郊外ね」
「気に入らない?」
「べつに。中心地から離れている分、棺や花の移送に時間がかかるわ。それだけのことよ」
仕事の話をしているはずなのに、ぼくは背中に汗をかいている。この緊迫した空気の正体がわからないのだ。居心地の悪さを感じているのはル・ルーさんも同じらしく、思いのほか早く本題を口にした。
「それで? あなたのような軍事に忙しいアルカナが、民間の葬儀屋に出向いてまで葬送したい相手はだれなの?」
核心をつく言葉が放たれる。
ソファーに深く身を沈めていたエリアーデさんが、ゆっくりと口角を上げた。
「ルフよ。イルフィナ・アトラ」
その瞬間、テーブルが軋んだ。ル・ルーさんが前のめりに立ち上がったからだ。
「――……ルフが死んだの?」
驚きに見開かれる紫眼。初めて見た。




