イケメンとはっちんの惚気大会
私は何故か今、イケメンお兄さんにメイクを施されている。
「都ちゃん、肌も髪もちゃんと手入れしてるんだね。すごく綺麗。」
はっちん並に背が高いお兄さんは、寺田さんって名前らしい。モデルの人かと思ってたら、メイクアップアーティストだって。超絶イケメンだけど、はっちんのが可愛くてカッコいいと私は思う。
「秋、もう終わるか?」
「はい、終わります!」
上司?師匠かな?的な人に確認されて、寺田さんは私の唇に刷毛で紅を引いた。明るめピンクだ。こんな色付けるの、初めて。似合うのかなぁ?
「彼氏、びっくりするよ。」
「彼氏って言っちゃって、良いんですかね?」
良く考えたら芸能人な訳だし、恋人発覚は問題かなって思ったけど、寺田さんはにっこり優しく笑う。
「エイトは自分で公言してるよ。オレは偉いと思うな。それとも、都ちゃんは嫌?」
「瑛都の迷惑にならないなら、嬉しいです。」
「オレもさ、彼女が有名人なんだ。たまに外野がうるさいけど、本人達が堂々としてたら大丈夫だよ。」
「ほえー、実体験ですか。彼女さんはモデルさんですか?」
「東華って画家なんだ。マジ可愛い!」
なんだかメロメロって感じの笑顔だ。画家かぁ…しかも、聞いた事あるな。
「確か前にテレビで見ました。寂しい絵と、あったかい絵。あったかい絵が最近のだって…」
「うん。今はもう、華が描く絵に寂しいのはないよ。」
「それ、寺田さんの愛のパワーですか?」
「どうだろう?そうだと嬉しいな。」
メロメロゆるゆる幸せそうな笑顔。
きっと二人は、素敵な関係だ。
「あ!婚約発表!あれ、寺田さん?」
つい最近だ。ニュースになってた。
「そう、オレ。結婚するんだ。」
「おめでとうございます!あの絵、すっごい素敵でした!」
「ありがとう。…そろそろ、エイトの嫉妬の視線で焼き切られそうだな。」
苦笑した寺田さんの視線を辿ったら、ブラックはっちんが降臨してた。
「愛されてるね?」
「はい!すっごい愛されてます!寺田さんに負けません!」
「オレの華への愛に負けないなんて、凄いね。」
「むしろ、瑛都の愛に勝てる寺田さんは凄いです。」
ぷはって二人で噴き出して、寺田さんにお礼を言ってから私ははっちんの所に向かった。
「何話してたんだ?」
「んー?愛について。」
「秋さんの惚気話って事?」
「なんだ、知ってるんじゃん。なのになんでブラック降臨?」
「秋さん、すっげぇ良い男だろ。その上彼女に一途。モデルの中でも大人気なんだよ。」
「それで?」
「……それで、みゃーも、憧れたりするかなって…」
目線逸らして頬掻いて、不安気なのがまた可愛い!
「憧れるのは、寺田さんと彼女さんの関係にかな。でも私とはっちんも負けない程ラブラブだと思う!」
満面の笑みで言ったら、はっちんが真っ赤になった。
「みゃー、最近益々可愛くなった。俺の心臓、持たなくなる。」
「ドキドキしまくり?」
「しまくり。しかもメイクとかいつもと違くて、それもまたすげぇ可愛いし綺麗。」
学校の後はっちんに連れられて来た場所で、私はにっこり笑った女の人に着せ替え人形にされた。それで、メイクに興味あるならお化粧もしましょうって寺田さんの前に突き出されたんだよね。なんか、面白かった。
「元が地味顔だから、寺田さんの腕が良いんだねぇ。化粧映えする顔なのかな!」
にひって笑って言ったら、はっちんが何か言いたげな微妙な顔。
「なんじゃい?」
「いや、まだそんな事言ってるって思ってさ。みゃーは超絶可愛いから。」
「だから、それははっちんの愛によるフィルターが掛かってるんだって。でも嬉しい!」
きゅうってくっついたら、はっちんがまぁいっかって感じで笑った。
「エイト、都ちゃん折角メイクしたんだし、二人で写真撮らない?記念に。」
話し掛けて来たのは私を着せ替え人形にした女の人、牧さん。はっちんが良く出るメンズ雑誌の編集長さんだって。名刺もらった。
「記念に、ねぇ?」
なんだか含みのある言い方だ。そんなはっちんの視線を受けて、牧さんがにっこり笑う。
「記念よ、記念。勝手には使わないもの。それにエイトも、彼女との写真欲しいでしょう?」
ニヤニヤ笑いの牧さんに見られて、はっちんはほんのり赤くなってからの小さな舌打ち。どうやら写真、欲しいらしい。
カメラマンさんはワイルド系の男の人、照屋さん。この人も名刺くれた。大人は名刺ばかりで大変だ。
まずは一人の記念撮影。自由に動いて良いよって言われても、出来る訳が無い。素人ですから!
「みゃー、顔変。引きつってる。」
「当たり前じゃん!暑いー」
「ライト暑いよなぁ。」
「汗掻いちまうよー。はっちん良くやってんねぇ。さっきのもカッコいかったー」
カシャカシャ、他のモデルさんも一緒にポーズ取って写真撮られて、顔が真剣でプロって感じだった。なんか恥ずかしくてはっちんの載ってる雑誌見た事無かったけど、仕事してるはっちんはすごい格好良かった。はっちんの新たな一面発見だ。
「でもなんか、別世界の人って感じで、寂しい。」
ここにいるのは、私のニャンコなはっちんじゃない。芸能人の"エイト"だ。私の知らないはっちんは、なんだか遠い。
「かぁわいいなぁ、みゃーは!」
デコチューされた。
「破廉恥だ!人前だ!」
「デコじゃん。しかも濃ゆいのじゃねぇし?」
「こんな所で濃ゆいのしたら逮捕される!」
「なんでだよ。」
「猥褻なんちゃら罪。」
「テキトー。なんちゃらって何?」
「思い付かないから、なんちゃら罪。てかさ、さっきからずっとカシャカシャされてんの、何故?」
「んー?構えるとみゃーの顔強張るから、自然な表情撮り中。」
「マジかー、絶対変な顔だー」
「多分デコチューも撮られてる。記念。部屋に飾ろうかな。」
「飾るな、そんな物!」
珍しくはっちんが余裕綽綽で悔しい。
カシャカシャは終わって、私はお着替えして化粧を落とす。そしたらまた寺田さん登場で、普段用メイクに直してくれるみたい。
「寺田さん、聞いても良いですか?」
「何かな?」
「この仕事、就こうと思ったきっかけって、なんですか?」
進路、真剣に考えようって決めたけど、まだ全く自分の未来が見えない。やりたい事も、よくわからない。だから、お仕事してる大人の人の話を聞いてみたいって思った。
私の視線の先で、寺田さんはふわりと優しく、笑った。
「都ちゃん高三だっけ?進路、悩み中?」
「はい。やりたい事とか、良くわからなくて…」
「悩むよね。オレも、すげぇ悩んだ。」
「そうなんですか?」
「うん。オレ、彼女と早く結婚したくてさ、夢は追わずに就職しようって思ってたんだ。」
目元のメイクをされながらで表情は見えない。でも寺田さんの声は、優しい。真剣に答えてくれようとしてるって思った。
「でもこの仕事にも興味あった。華の…彼女の髪結うの、オレの仕事だったんだ。オレの手で、華を可愛くすんのが楽しくて、華の為にメイクも覚えたいって思ったのがきっかけ。」
「それで、どうして普通の就職じゃなくてこっちを選んだんですか?」
「それはね、母親の言葉があったから。夢も華も、全部手に入れろって言われた。」
「寺田さんは、全部、手に入れるんですね?」
寺田さんとはっちんは、似てる気がする。はっちんも、結婚を焦ってる。私の為に。でも私は、結婚が怖い。
「学校の先生にも言われてると思うけどさ、今の時期って本当に大事だと思うよ。だから都ちゃんは、たくさん悩んで、色んな人に相談してごらん?答えが出るかはわからないけど、それは、都ちゃんの糧になる。」
「……寺田さんって、素敵です。彼女さんは幸せですね。」
「華が幸せって思ってくれたら、オレはすげぇ嬉しい。」
寺田さんの笑顔は、まるで太陽。やっぱり東華の絵があったかくなったのは、この人の力だ。私にとってのはっちんと、同じなのかもしれない。
「ありがとうございます。初めて会った人間の進路相談、真面目に答えてくれて。」
この人だから、切り出せた気がする。寺田さんなら、ちゃんと答えてくれそうな気がしたんだ。
「答えは一つじゃないよ。人それぞれの答えがある。だから都ちゃんも、自分の答え、見つかるといいね。」
「探してみます。自分と、瑛都の為に。」
はっちんの人生食い潰すのは、嫌だ。だから見合い結婚が良いって思った。赤の他人なら良いって…でも私、はっちんを手放せないよ。
寺田さんにお辞儀してお礼を言って、私ははっちんを探しに行く。寺田さんが教えてくれた場所に行ったら、はっちんはもう着替え終わって私を待ってた。
「みゃー、疲れた?」
「いつもナマケモノだから疲れたー。お腹も空いたー」
「飯食いに行こうって、牧さんが。行く?」
「んー、行こうかなぁ。でもママン、ご飯の用意してるんじゃない?」
「メールしておいた。」
「そかー、なら行くー。久しぶりに腹ペコだー」
無性にはっちんにハグしたかったけど、外だから我慢。だから手を繋いで、にぎにぎして遊ぶ。
「はっちんってさー、カッコイイね。この仕事、好き?」
「突然どうした?」
「なんとなく。好き?」
見上げたはっちんの顔は、考え中って感じ。唇への字にして、悩んでる。
「好き、かな。楽しいよ。」
「そかー。これを仕事にするの?」
「……まだ、わかんねぇ。演技も、興味がある。でも俺、普通に就職しようかなって。」
「ふーん。それまた、なんで?」
「みゃーと、早く結婚したい。」
「こりゃまー、はっちんも寺田さんのお話を聞きなさいな。」
「なんで秋さん?」
「色んな人の話を聞くのです!そんでね、私は逃げないよ。はっちんから離れられないもん。私も自分の事真剣に考えるから、はっちんも私じゃなくて自分の事を考えて欲しい。」
重荷になるのは、嫌だ。
自分の為だとよくわかんないしやる気出ないけど、はっちんの為って思うと、頑張れる気がする。
今はそれで、前に進もう。
よくわかんないって顔してるはっちん見上げて、なんだか、ガソリン満タンの車な気分。
それでも明日の事を考えると、ずしんて胸に何かがつかえるけど、はっちんがいてくれる。
はっちんがいてくれるなら、私は、大丈夫。
『絵を描く黒猫』の秋。
結婚式の約一月前で幸せ一杯。




