問題を未来に向かって出荷しても、案外すぐに自分の元に帰って来る。
魔法の検証を終えた柚希とイルは、徒歩でダンジョンから帰還。
「おっと、そう言えばこのパーカーは結構汚くなっちまったからな……たしか、別の服があったな……お、これこれ」
ダンジョンの入り口付近に近づいたところで、自分の着ているパーカーが血まみれであることに気付いた柚希は、異空間から一着のコートを取り出し、パーカーを脱いでそれを羽織る。
「む? 着替えるのか?」
「まあなー。見ろよこれ、返り血で染まりまくっちまった。さすがにこれで外に出るのは目立ちまくるし、仕方ないんで、こっちのコート着るよ」
「そうか」
あまり興味がなさそうなイルに、柚希は苦笑いを零しながら、先へと進んで行くと、ようやくダンジョンの入り口に辿り着いた。
さっさと出て家に帰ろうと思っていた柚希だったが、ダンジョンの入り口の外に広がる光景に首をかしげることになる。
「ん? なんか人が多いな……なんだ?」
「なんじゃ、あれは普通ではないのか?」
「そりゃそうだろ。このダンジョン、そんなに人気があるわけじゃないしな。俺的に穴場だったんだが……」
ダンジョンの外では、かなりの人の姿があった。
見れば、上等な装備に身を包んだ者や、スーツ姿の男女の姿もある。
大多数はごくごく普通の服装をした者たちばかりではあるが。
「ふーん、そうなのか」
「お前、ほんと興味ないのな?」
「まあのう。儂は魔法大好きじゃが、別にダンジョンが好きってわけでもない。それよりも、人の営みを見る方が面白い。久しく見ていないのでな」
「そうかい……って、あ」
笑いながら答えるイルに、柚希どこかぶっきらぼうに答えながら、ダンジョンから出ようとして……そこでふと、気付いてしまった。
「ん? どうしたんじゃ? 柚希少女」
「いや、そう言えば俺、今女じゃん、って思ってな……?」
「何か不都合が?」
「不都合しかねぇよ……」
そう、今の柚希は男ではなく、女である。
ここがかなり問題となって来る。
そもそもの話として、ダンジョンに潜るには【ダンジョン探索許可証】というものが必要になる。
これは探索者がダンジョンに入る際に必ず持つことを義務付けられている許可証で、それを受け取る際に【探索者カード】と呼ばれる、探索者専用の身分証のようなものが必要になって来るのだ。
これらは【探索者協会】と呼ばれる協会にて登録を行い、そうして発行されるカードであり、偽造は不可能な代物。
しかも、特殊な機械を通すことで、その中の情報が得ることが出来、その中には当然登録者のパーソナルデータなんかが入っているわけだが……その中には当然、性別もある。
つまり、今の柚希がこれを提出したところで、拾ったものだと思われるし、最悪捕まる可能性さえあるわけだ。
……もっとも、ある一点でそれらは回避可能ではあるのだが……柚希的にはどっちみちあまりしたいとは思えなかった。
「マージか……俺、帰れないじゃん……」
「ん、そうなのか?」
「あぁ……探索者は帰還する時、必ず職員にこの許可証とカードを出さなきゃいけないんだよ。で、入退場を記録している関係上、帰ってこない期間が長すぎると調査が入るんだよ……例えば、俺の家に来たり、ダンジョン内に調査班が向かったりな」
ポケットから一枚の文字が色々刻まれた、なんとも不思議な材質のカードを取り出しながら、イルに説明を行う柚希。
「なるほどのう。ならば、普通に通ればいいのではないのか?」
「それが出来たら苦労しねぇ……第一、元の俺は男。しかも、入った時は当然男で入場しているわけだ。どう考えても……な?」
「なるほど、そういうことか。しかし、もう男ではないんじゃぞ? それならば、再登録が早いのでは?」
「……それもそうなんだが、探索者カードは原則一度しか作れないんだよなぁ……」
「面倒くさいんじゃなぁ」
心底面倒くさそうにそう答えるイルに、柚希はあぁ、と小さく相槌を打ってから、口を開く。
「まあ、これでも犯罪が起きないようにするための措置なんだよ。なんでも、ダンジョンが出来てから割と早い段階でこのカードが出来たらしいが、その時に偽造とか殺して奪ったとか、まあ色々あったんだってよ。で、それを判別するための技術が出来て、結果、偽造が100%不可能な物になった」
柚希の説明通り、探索者カードは過去に色々と問題が発生した。
偽造カードで悪さをするような者から、盗んだカードを使って何食わぬ顔で生活する犯罪者、その他にも資格を持っていないにもかかわらず成りすましてダンジョンへ入っていく者さえいた。
「ほう、それはすごいのう。興味深い。つまり、そのカードは一種の魔道具、というわけか」
「そうなるな」
「ふぅむ……しかし、おぬしはそうなってしまったわけだし、どうあがいてもどこかに知らせなければいけないのでは?」
「誰のせいでなったと思ってる、誰の」
「儂じゃな」
「もっと反省してくれますぅぅぅぅ!?」
「おぬしに魔法を教える時点で、既に帳消しじゃろう?」
「ならないが!?」
一体何を言ってるんだこいつは、と心の中で思いながら柚希はどうしたもんかと頭を悩ませる。
(さすがに、いきなり女になった、なんて言えば、とんでもないことにはなるだろうな……まず第一に、前例がない。というか、魔女がいる、なんて話すら聞いたことがないぽっと出且つ、突拍子の無い話題だ。だが、カードを提示すれば一応は俺だと判定はされるだろうが……)
探索者カードに魔力を流すと、ぽう、と一ヵ所が淡く光る。
これが探索者カードを偽造、もしくは盗んでも意味がないと言われる所以であり、これらは登録者の魔力を流すことで発光する仕組みとなっている。
ちなみに、魔力波形と呼ばれる物を感知しているとか。
これが、捕まることを回避するためのものだ。
魔力を流して光るのは、登録者のみなので、身分証明書としてはかなり信用できるものだ。
「はぁ……めんどくせぇ……行ったところで、どうせ精密検査だなんだを受けることになりそうだしな……」
「やはり逃げればよいのでは?」
「んなことすりゃ、わざわざうちに来るに決まってるだろ……ってか俺、ソロだからな……真っ先に家族に連絡が行きそうだし……」
「む、なんじゃ、柚希少女よ、家族がいるのか?」
「そりゃいるよ!? 単純に、色々あって一人暮らししてるだけだ! 別に不仲ってわけでもないし、むしろ良好なくらいだ」
「ほほう、そうか。ま、家族は大事せい」
「わぁってる。それよりも、どうやって出るか…………はぁ、今から精密検査は面倒だしな……仕方ない、お前の案を採用するか」
さんざん悩んだ結果、柚希はこの場から逃げるを選択。
どうあがいても精密検査はすることになるのならば、今ではなく、少し後……せめて後日の方が何かといいなと思ったためでもある。
というか、かなり空腹でもあるし、さっさと横にいる目立つ超美人な魔女をどうにかしたいとも思っていたので。
あと、やっぱり空腹だから。
「で、だ。今から俺は高速で逃げる。イル、お前はどうだ?」
「ん? なんじゃ。おぬし、高速で動くすべを持っているのか?」
「まあな。これもオリジナルだが、今までだと燃費が悪くて、よっぽどの場面じゃなきゃ使わなかったが……《魔装・纏雷》」
柚希が魔法名を唱えると、バチィッ! と雷が柚希の体を覆い、軽鎧のような形をとった。
よく見ると、柚希の体がうすぼんやりと光、ぶれているようにも見える。
「ほほう! 魔法を纏う魔法か! なるほどなるほど。雷ということは、移動系がメインじゃな?」
魔法を見せただけですんなり見抜くイルに、柚希はもう驚くことはせずに、軽く魔法の説明を行う。
「まあな。けどこれ、マジで燃費が悪いんだよ。一番消費が少ないのは氷だが、雷は常時新しい雷を纏ってるようなもんだから、消費量がなぁ……」
魔法のデメリットについてぼやくと、イルが小さく頷いてから口を開く。
「なるほどのう。見た所、改善点も多い。どれ、この後儂が色々と教えてやろうではないか」
「え、マジで!? お前もう改善点とかわかったの!?」
「それはそうじゃろう! 儂は大魔女じゃからな! それくらい、造作もない。……ま、儂は透過魔法でも使って、こっそりついて行くとしよう」
「おう……って、なんだその魔法!? え、消えた!?」
スゥ――……と消えていくイルに驚きの声を上げながらきょろきょろと見回す。
『光を屈折させて、透明になったように見せかけてるだけで、大したことではない。属性としては、光魔法の一種じゃな』
「な、なるほどっ……! ま、まあいいや、なんか人だかりがすげぇから、さっさと行くぞ!」
『うむ!』
柚希は勢いよく駆けだすと、ダンジョン入り口前の人だかりの直前まで突っ込み、直前で強く踏み込みを入れてから斜め上にカッ飛ぶ。
「な、なんだ!?」
「今何か通った?」
「メッチャバチバチ言ってたけど……気のせい?」
などと、突然雷が目の前に迫って来たと思ったら、すぐに消えたという謎現象に、ダンジョン前に集まっていた人々は少しざわついた。
尚、柚希的に、
(あ、あっぶねぇ~~~~!? こ、これも出力調整ミスったら大事故じゃねぇか!? くっそ、こっちも検証しとくんだったな……まあいいや、後日やろう)
とか思っていたが。
イルからの加護は魔法全般に及んでいたようで、《魔装》の出力もとんでもないことになっていたらしい。
尚、魔法の操作に長けていた柚希だったからなんとか回避できたが、普通の人だったら間違いなく突っ込んで大勢の人間が弾け飛ぶという、とてもスプラッターな状況になったことは言うまでもない。
それから二人は何とかダンジョンから脱出し、人が少なくなった辺りで魔法を解除。
「ふぅ……お前の加護有りでも、結構ヤバいな……消費」
イルの加護を得たことで、かなり魔力量が増えていた柚希だったが、それでも魔装の魔法はかなりの魔力を消費したようで、解除後にそれなりの疲労感が出て来た。
「じゃろうな。まあ、事前に一点問題点を言っておくと、おぬしの場合、発動後の魔法が常に大気へと霧散しているせいで消費が大きいんじゃよ」
「霧散? つまり、垂れ流しってことか?」
「そう言う事じゃ。魔法を組む術式の中に、魔法を放出しないように、上手く体を循環する物を組み込めばよい。というよりも、鎧の形は目立つ。故に、鎧を発現せずとも、同じ効果を得られるようにした方が、色々といいじゃろうな」
「なるほどな……いや、マジで勉強になるわ……」
イルの指摘を自分の中で咀嚼して行き、頭の叩き入れると、柚希は感嘆の声でそう返す。
「じゃろ?」
「帰ったら色々教えてくれ」
「もちろんじゃ。儂としても、物わかりの良い生徒は気持ちがいいからのう」
「そりゃよかったよ。……っと、腹減ったな……先に飯でも食うか……いや、今の俺たちは目立つ、か」
道を歩く柚希は、自分とイルに飛んでくる視線にあまりいい気分にはならなかった。
そもそも、コートについているフードで顔と体を隠しているとはいえ、どう見ても不審者みたいな出で立ちだし、その隣にいるのはものすごいスタイルの銀髪美女(魔女衣装)なので、相当目立つ。
今でこそ、過去にはコスプレとか言われるような姿で街を歩いていても変な目を向けられることは無くなったとはいえ、それでも目立つものは目立つし、イルなんて相当な美女である。
というか、色気を振りまきまくっているために、通行人たちの視線を一身に受けまくっている。
中には恋人と一緒に歩いていたと思われる男性もいたのだが、隣にいた彼女にビンタされている光景がちらほらと見受けられたが。
「しゃーないか……あーあ、今日は美味いステーキが食いたかったんだが……出前のピザで我慢するかー」
「む、ピザとな? それは美味しいのか?」
「あぁ、美味いな。美味すぎて、そればかりを食い過ぎた結果、ぶくぶく太る奴がいるくらいにはな」
「ほほう、そのようなものがあるのか。ならば、それで構わぬ。儂は食事がなくとも、魔力で生きられるが、そう言う楽しみが必要であることは理解しているからのう」
「お前、やっぱ人間じゃねー……」
「魔女、じゃからな」
などと、そんな軽口を言い合いながら、二人は柚希の家に向かった。
◇
それから数分ほど歩いたところで、柚希が住むマンションに到着。
すれ違う人からの視線がすごかったが、気にしないようにしつつ、部屋に入る。
「あー、やっとコートが脱げるぜ……春だってのに、地味に暑かったわ……」
家に入るなり、コートを脱ぎその辺の放り投げる柚希。
季節は春であり、ダンジョンの出現によって、出現前に比べれば四季がはっきりするようになったのだが、それでも春にコートは地味にキツイのだ。
「あー……ヤバいな、この体に合う服がねぇ……」
「そう言えばおぬし、かなり体が縮んだな。見た所……ふむ、140と少し、と言ったところか?」
「小学生かよ……っていうか、地味に胸があるのが腹立つなぁオイ」
手の平よりは明らかに大きいが、かと言ってめちゃくちゃに大きいと言うわけではない。
大きすぎず、小さすぎない、絶妙なバランスの大きさであり、張りよし柔らかさよしの、無駄にバランスのいい素晴らしい胸である。
「……身長的に、巨乳って言っても問題はないくらいか……邪魔だろ、これ」
「いや、儂の方が邪魔じゃね?」
「お前のはおかしい。ばるんばるんじゃねぇか。ってかそれ、何カップだよ」
「カップ、とやらはよくわからんが……あー、アレじゃ。大き目のタオルを丸めて入る程度にはデカい」
「マジででかいじゃん」
本当に何カップなんだこれ、と純粋に疑問に思った柚希だったが、くぅ~~、という自分の腹部から鳴る音を聞いてから、すぐにピザの注文を始める。
「イル、嫌いな物はあるか?」
「特にないな。もとより、食事は本当に嗜好品程度でしかなく、ちょっとした娯楽だったからのう」
「なら、好きな物は?」
「あー……肉?」
「意外だな……いや、そのスタイルを鑑みるに、意外でもないか……」
「どういう意味じゃコラ」
言外に、肉ばっか食ったから太ったのか、的なことを言ってきた柚希に、イルはちょっとピキった。
「いやー、食べまくって育ったんだなー、って」
「言っとくがこれ、儂の膨大過ぎる魔力が体に変化を及ぼしただけじゃからな?」
「え、じゃあ何か? お前それが真の姿じゃないの……?」
「んー、そこがちぃっと面倒じゃが……まあ、これも儂の真の姿みたいなもんじゃな。しかし、魔力を全開にすると、縮む。というより、体の変化を及ぼしている分が無くなり、縮む感じか」
「なるほどなぁ」
いまいちわからん、それが柚希の素直な感想である。
まあ、あとで教えてもらえばいいやー、程度に考えているのみであった。




