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宝石の駒  作者: 彩霞
第五章

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第86話 兄の思い

 唇に当たるふわふわな感触。口の中に入れるとすうっと溶け、同時に淡くて甘い味が姿を現したかと思うと、さりげなく消えてしまう。それを追うように、卵と牛乳の優しい味が、口の中でそっと溶けて行った。


「ん~……!」


 このようなお菓子は今まで食べたことがなかったので、ロバートは目を輝かせて率直な感想を述べた。


「お、おいしいです……! 生地がふわふわで、ふんわり甘いですね。あと、卵と牛乳の優しい味がします」


 感動に目を輝かせている弟の顔を見て、コンラートも嬉しそうに笑う。


「だろう?」


 そして彼もぱくりと一口食べて、「おいしい」としみじみと言葉をらした。

 ロバートは次に、皿に添えられていたアリューチュのジャムと一緒に食べてみる。爽やかな甘さが調和して、すっきりとした味わいになった。


「こっちもおいしいです。どちらの状態ももおいしくて、付けるかどうかも迷いますね」


「ふふっ、喜んでもらえてみたいで良かった。食べさせたかいがあったよ」


 暫く二人は黙々と食べていたが、半分ほど食べたところでコンラートが言った。


「屋敷ではさ、あんまりこういう、『ふわっ』としたお菓子って出ないだろう?」


 ロバートは少し考えてみる。

 確かにおやつに出されるものは、中に色んな木の実の入っている密度の高い焼き菓子や、しっかりと焼かれた固いクッキーが多い。

 このようなふんわりとしたお菓子は「あんまり」というよりも、一度も出たことはない。もし、フォルドレーネを食べていたら、しっかりと覚えているはずである。

 そのためロバートは正直に答えた。


「あんまり……というより、食べたことがないような気がします。何か理由があるんですか?」


 料理人がいるのだから、作り方を知っていても良さそうなものである。

 すると、コンラートは苦笑する。


「まあ、料理人には『作ってくれ』って言うと出してくれるとは思うんだけど、父上があまりこういうのを好まないんだよ。口に入れるとさっと消えちゃうんで、食べた気がしないんだって。だからお菓子として出てくるものは、いつも色んな木の実やら乾燥果実が入っている焼き菓子とか、クッキーとかが多いんだよ。美味しいけれどね」


「そっか……。それらは確かに、よく嚙まないといけないお菓子ですね……」


「僕の母上がいたころは、フォルドレーネも時々出してくれたんだけどね」


 初めてコンラートが自身の母親のことを口にしたので、ロバートは内心どきりとする。

 二人は異母兄弟だ。

 コンラートは父から話を聞いていてロバートのことを知っているかもしれないが、少なくともロバートは兄のことをよく知らない。そして、これまで知ろうとしたことはなかった。


 コンラートたちからしてみたら、ロバートと母の存在はうとましかったのではないかと思っていたため、関わらないほうがいいと思っていたのである。


 しかし、実際はそうではなかった。

 もちろん、お互いが一緒にいた時間は少ないためコンラートに腹積もりがあるのかどうかまでは分からないが、ロバートのことを好意的に思っているし、弟であることを嬉しく思っているのは確かなようである。

 そのためロバートは、兄のその心を信じて、少しずつ少しずつ歩み寄っているところだった。


「それは、お義母かあさまが好きだったから……ですか?」


 ロバートが言葉を選びながらそっと尋ねると、コンラートは柔らかな笑みを浮かべた。


「うん、そう。でも、母上が亡くなってからは全然出てこなかったから、多分、ロバートも食べていないんじゃないかと思って」


 コンラートの告白に、ロバートはハッとする。

 以前から気になっていたことだったのだ。どうして、あの屋敷には「当主の奥方」がいないのだろうか、と――。

 父の正妻はコンラートの母親のはずで、本邸にいてよいはずなのにいない。そのため、何か理由があるのではないかと思っていたが、まさか兄も母を亡くしていたと思わずロバートは驚いた。

 だが、彼はそれを言葉にはしなかった。まだ、そのときではないように思ったからである。


「はい、食べたことはなかったです。別邸でも、出されたこと、ないです……」


「父上ってそういうところがあるから。だからね、僕はロバートには知っていてほしかったんだ。こういうおいしいお菓子もあるんだよって。そしたら世界が、また広がるだろう?」


 ロバートは、ゆっくりと目を見開く。


「兄上……」


 この人は、どこまで自分を見てくれているのだろうか。

 忙しいだろうに、やることもあるだろうに、どうして――。


「父上のいる場所だけにいると世界が狭まる。自分がいいと思っていることを何でも押し付けてくるから。少なくとも僕はそうだった」


「……」


「確かに父上が用意してくれているものから、享受きょうじゅできるものも沢山あるけれど、それによって苦しいことも沢山あった。今もある。だから、ロバートはその中にいるフリをしながら、上手く父上との距離を取るといい。僕が手伝うから」


 コンラートはそう言って笑った。

 笑顔の裏に、底知れぬ苦悩があったことを感じる。

 きっとロバートに優しくしてくれている裏には、コンラートなりの父への反発があるのだろう。「同じようになりたくない」。そういった思いを感じる。


 そして、それを受け止められるのは、弟であるロバートだけなのだ。


 ロバートはにこりと笑うと「うん」とうなずくのだった。

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