第82話 兄と弟
「何で、それを……」
ロバートは目を丸くした。
クレイルンの町がティナが育った場所であることは、春に彼女の部屋に訪れた際に教えてもらったため覚えていた。
だが、まさか兄が知っていると思わず、驚いたのと同時に自分だけが知っていると思っていた優越感がなくなってしまい、がっくりとしてしまう。
「ちょっとね。時期的には、ティナさんの家庭教師の契約が終わった直後ぐらいに手紙をもらって、彼女のことを少し教えてもらったんだ」
「手紙を?」
ロバートはさらに目を見張った。
(先生、どうしてコンラートにまで手紙を⁉ 俺が生徒だったから特別に書いてくれたんじゃないの⁉)
手紙を受け取ったあの日にぽろぽろと泣いたことと、ただ今、その手紙を胸ポケットに忍ばせていることが恥ずかしくなり、首の辺りからじわじわと熱くなってくるのを感じる。
「うん。去年の秋、彼女と初めて会ったときに僕から連絡先を伝えたんだ。『ロバートのことで何かあったら手紙をください』って」
「ダシに使われたってこと?」
コンラートがティナと手紙のやり取りをしていることを暴露してくれたせいで、これまでのきれいな思い出が単なるロバートの思い込みになりかけている。
彼は、兄のことを冷たい視線で見つめた。何かを察したコンラートは、慌てて弁解する。
「仕方ないじゃないか。僕はロバートと違ってティナさんとの接点が、『弟の家庭教師』っていうことしかないんだから」
兄の言い分は分かるが、納得がいかない。
(俺は先生と手紙のやり取りができないっていうのに、どうしてコンラートはできるんだよ……)
コンラートと手紙でやり取りができるなら、自分にも送ってきてほしかったと思った。
しかし目の前にいるのは兄で、ティナではない。要望を言っても詮無いことである。
ロバートは小さくため息をつくと、続きを促した。
「それで、先生の手紙にはなんて書いてあったの?」
「家庭教師の期間が頼まれていたよりも短くなったことと、挨拶もせずに出ることになってしまったことを伝えてきたんだよ。察していると思うけど、ティナさんがロバートに挨拶もせずに出て行ったのは、父上かクイーズリーが行かせないように仕向けたからだ」
「……」
ロバートは、きゅっと唇を結ぶ。
父は、ティナを契約期間前に家庭教師の任を終了させ、それをロバートに伝えれば駄々《だだ》を捏ねることを分かっていたのだ。
そうなることを防ぐには、さっさとティナを解雇してロルディから出すのが賢明な判断である。彼女がロルディから出てしまえば、ロバートは追うことができない。彼にはスイングラー家の人材を動かせるほどの力も人望もないのだから。
「でも、ティナさんから手紙が来て僕はほっとした。彼女とのやり取りをお願いしたのは、元々ティナさんの安全を心配していたからなんだ」
「え……、そうなの?」
「金持ちっていうのは面倒でね。能力のある人がいると、お金を出して囲って、使いたくなっちゃうところがあるらしいんだ」
その瞬間、ロバートはティナが語ってくれた過去を思い出した。
確か彼女を雇った貴族は、リブームの能力を買ったと言っていなかったか。それも、闇取引のゲームの景品を手に入れるためだったという。
(まさか……)
ロバートはふと、父が闇取引のことを知っているのではないかと思った。
もしそうであるなら、兄がティナの心配をするのも分からないでもない。
父が、彼女のリブームの強さを知っていて、闇取引の出入りを望んでいたとしたら、彼女はスイングラー家の囚われの身となる。家に繋がれてしまえば、二度と出られなくなるだろう。以前、ティナが脱出できたのとはわけが違う。
ロバートは気づいたことを言い出せないまま、背中に冷や汗をかく。
一方のコンラートは、続きを話した。
「でも、ティナさんは賢い人だね。家庭教師になって以降は、父上の指示に忠実に従っていたみたいだから、面倒なことは起きなかったと思う。あの人なりの処世術何だろうね。お金持ちとか、権力を持っている人に対して逆らわないようにする……。お陰ですんなりと事が済んだだろうし、ティナさんも無事だった。ここで変にロバートに対する情を出していたら、彼女はどうなっていたか分からない」
ティナが自分に対して情を向けることと、彼女の危険というのがどのように関連するのか分からず、ロバートは緊張した声で「どういうこと?」と尋ねる。
すると兄は、声を潜めて遠慮がちに言った。
「ロバート。ここだから言うけど、父上はそんなにいい人じゃないよ」
「……分かっている」
こくりとうなずく弟に、一瞬コンラートは驚いた顔を見せたが、すぐにそれを引っ込めて「父親らしくないってことじゃないよ。自分の利益のことしか考えていないってことを言っているんだ」と言い直した。
兄が考えていることと、自分が思っていることは違うかもしれないが、少なくとも父が息子のことを思って行動しているわけではないことは知っている。
「……うん、分かっている。確かにね、去年の秋に先生が来てくれたときは、父上が俺のことを考えてくれていると思っていた。でも、やっぱり違うなって……。それに今の話を聞いて確信した。父上は、決して俺のことを考えているわけじゃないって……」
「うん」
「コンラートは、父上のことをいつから知っていたの?」
「ロバートくらいのときだよ」
「どうやって知ったの?」
尋ねると、コンラートは少し困った顔をしてから言った。
「嫌なものを沢山見せられたんだよ。スイングラー家の仕事の一部だと言っていたけれど、お金を稼ぐための卑劣な方法だと僕は思っている」
「卑劣ってどんな?」
聞き返したが、コンラートは答えなかった。
声を潜めるのをやめ、肩をすくめる。
「……そのことは近いうちにまた改めて話すよ。言いたくないわけじゃない。暗くなる話だから、今話したくないだけだよ。ただ一つだけ言っておくと、僕はスイングラー家の暗い影を見てからすごく嫌になったけど、同時に光も見つけたんだ。それがロバートだった」




