第63話 中央の塔で決着をつけよう
今日は、全体イベントの当日だ。
朝は最近少し疎かになりつつあった筋トレと勉強を済ませておいた。
ゲームばかりやっていると、結局日常生活の方で不利になるからな。しかも俺には、引きが悪いというデバフが現実世界でも俺だけ実装されている気がする。それに対抗するには、こういう地味な積み重ねを怠らないことが大事だ。
それに、今日は朝から入らないと決めていた理由がもうひとつある。
余計なトラブルに巻き込まれたくなかったのだ。
なんかゲーム内では、俺は特に何もしていないのに、引きだけじゃなく運そのものが悪いことが多い気がする。
ラザロの下っ端から始まった抗争だって、元を辿れば単に案内させただけのことだし、昨日のれいにゃに当たったのだってそうだ。……まあ、両方とも最終的にはメリットもあったから、完全に運が悪いと断言していいのかは微妙なところだが。
それでも、今日も朝から入っていたら何かに巻き込まれていた可能性は否めない。
そういったことからも逃げる意味で、今日は昼からのログインにした。
ログインすると、イベントのバナーがでかでかと表示されていた。
「お、出たか」
前に見た告知とは違う。今度は実際に触れられるようになっている。
どうやらここから、イベント専用の特設フィールドへ飛ばされるらしい。
特に他に準備することもないし、後から入ろうとして何かトラブルで入れない、みたいな事故も十分あり得る。そう考えて、俺はさっさと入ることにした。
転移した先は、真っ白な空間だった。
何もない。
いや、正確には何もないわけじゃない。空間の中央にはマップの全体図が浮かんでいて、その横にルール説明と報酬一覧が並んでいた。
「へえ……」
まず目を引いたのは参加報酬だ。
文字通り、参加するだけでもらえる報酬。
その中身は――スキル経験値の書。
「これ、当たりでは?」
思わずそう呟いた。
どれだけ経験値が入るのかはわからない。だが少なくとも、参加するだけで確実にプラスなのは間違いない。イベントで負けようが何しようが、一冊もらえる時点で十分うまい。
次にポイント報酬。
一ポイント、十ポイント、百ポイント。
そして順位報酬は、一万位以内、千位以内、百位以内、十位以内、それから一位、二位、三位だ。
ざっと見た感じだと、参加報酬みたいにプレイヤー側へ直接使えそうなアイテムばかりというわけでもない。モンスターに使うっぽいものや、使い道がいまいちわからないものも混ざっているし、利用施設の無料回数券なんてものまであった。
「……これ、無料回数券とか俺でも使えるのか?」
ふと思った。
無料券が金の代わり扱いなら、俺は拒否されそうだし、そもそもそんなものを報酬に入れていいのか、という気もする。
そのまま金でいいじゃん。
「まあ、考えるのは手に入ってからか」
今気にしても仕方ない。
そう思って、今度はルールの詳細へ目を通す。
勝ち残るための方が、今はよほど重要だ。
そんなふうに読んでいた時だった。
「よう」
「……またお前か」
後ろから聞き覚えのある声がして、俺は嫌そうな顔で振り返った。
レグルスだった。
久しぶりに聞いた気がする声だが、顔を見た瞬間にげんなりした。
イベント会場にまで来て絡んでくるのかよ。
レグルスは相変わらず、見るからに不機嫌な顔で俺を見ている。
「俺にデメリットしかなかろうが、俺はお前がむかつく」
「正直だな」
「このイベントでも真っ先に潰してやる」
粘着質すぎるだろ……。
思わず遠い目になる。
だが、ここで真正面からやり合うのはまずい。何しろイベント開始直後だ。こんなところでレグルスと潰し合って、参加報酬だけもらって終わりとか、流石にそれはもったいない。
どうにかできないか。
そう考えたところで、さっき読んでいたルールの一文が頭に浮かんだ。
倒されたプレイヤーは、その後観戦モードになる。
「……あ」
使える。
俺はすぐに口を開いた。
「レグルス」
「何だ」
「俺はお前が強いのは認めてる」
レグルスが少しだけ目を細める。
露骨な持ち上げには弱いらしい。
「だが俺も、あれからお前を倒す秘策を編み出した」
「……ほう?」
「戦えば、お前が負けることも十分にあるだろう」
そこで一度区切って、俺は肩をすくめた。
「もったいなくないか?」
「は?」
「このイベント、やられた後は他のプレイヤーの戦いを観戦できるんだろ」
俺はルール表示の方を顎で示した。
「真っ先に戦って、どっちかが即退場。残りは観戦とか、むなしくないか? せっかく強いのに、お前の戦いを見るやつもおらず、報酬も参加報酬だけで終わるんだぞ」
レグルスは少し考え込んだ。
よし、食いついた。
だったらもうひと押しだ。
「それにだ」
俺はわざと、いかにも今思い出したみたいな顔で言った。
「俺、れいにゃとフレンドなんだよな」
レグルスの眉がぴくりと動いた。
やっぱりそこか。
「きっと、れいにゃがやられた後にプレイヤーの戦いを見るなら、俺の戦いを見る可能性も十分ある」
「……」
「そして、お前が俺に勝ったってのをれいにゃに見せつけたいなら、序盤で早々に戦うのは機会損失でしかないんじゃないか?」
そこまで言うと、レグルスは露骨に考え込んだ。
我ながら、こいつの急所を突いてる気がする。
レグルスと戦うこと自体に否はない。
だが、どうせ戦うならふさわしい時に、ふさわしい場所でというのがセオリーではある。少なくとも今ここでぶつかる意味は薄い。
「ちょうどこのイベント、三時間あるんだろ」
俺はマップを指さした。
「残り三十分で、この中央にある塔の下。そこで戦うってのはどうだ?」
そして、最後に少しだけ煽る。
「それとも逃げるか?」
レグルスは数秒黙った後、俺を睨みつけた。
「そこまで言うなら、その挑発を受けてやる」
「おお、そうか」
「絶対に塔まで来いよ! そこでお前をやっつけてやる!」
そう言い放つと、レグルスは意気込んだまま去っていった。
……よし。
俺はその背中を見送りながら、小さく息を吐く。
「ふぅ……」
これで、塔の近くに行かなければとりあえずやり過ごせるな。
残り三十分になっても、まあ、その時はその時だ。レグルスには行く途中で挑まれまくって時間内に辿り着けなかった、とでも言っておこう。
「便利なやつだな、あいつ」
我ながらひどいが、向こうが勝手に乗ってきたんだから仕方ない。
そうして俺は、ようやく落ち着いてイベントマップへ視線を戻した。
さて。
余計なトラブルをひとつ回避したところで、今度こそ真面目にどう立ち回るか考えるとしよう。




