第0話 プロローグ
切り立つ山の中腹に築かれた砦……その周囲で、戦が起きていた。
攻め上がる敵と、それを迎え撃つアルス=ミュラーの軍勢。
「神速ウォルフ一番槍ー」
大木槌を振り回し、ウォルフが敵軍の横合いへと飛び込む。常人ならば振り回されるはずの得物を、まるで重さなど無いかのように扱い、そのまま敵陣を抉じ開けた。
「負けたか、ならアタイが二番槍だねー」
その妻の淑女ヘルガが、間髪入れずに続く。目の周りと頬に紅と黒の線を引き、棘だらけの鎧に身を包んだその姿は、どこをどう見ても、淑女などと呼べる代物ではない。
振り回される釘打ちの棍棒が、ぶつかるもの全てを叩き潰していく。
「お前ら、速いな。さあ真打ち登場。三番槍は紅旋風リッキー様だ」
半歩遅れて、紅毛の偉丈夫が二丁斧を振り回しながら押し出してくる。
三人に続き兵が流れ込み、戦場は一気に入り乱れた乱戦へと変わった。
砦に攻め込んできた敵軍は、急な登り坂の隘路に殺到し、詰まったところを横合いから食い破られる。想定外の事態に、敵軍は混乱を広げていた。
高台から二人の男がその姿を見下ろしている。
アルス=ミュラーとゼダンである。
「砦主、リッキーたちの突貫が上手く填まった模様ですな。ただ一番槍だの二番槍だのと叫んでおりますが、誰も槍を持っておりませぬな」
ゼダンは呆れながらも、冷静に戦況を主に伝える。
「ははは。そう言ってやるな。あいつ等も、最近活躍の場がなかったからな。張り切っているんだろう。ただ……このままでは孤立するな」
「いえ、そろそろでしょう」
ゼダンがそう言った、その直後だった。
「冷刃レオン、見参なり」
南西より、騎馬の一団が現れる。レオンの号令と共に、隊はそのまま乱戦の只中へと馬首を向けた。
乾坤一擲に見える突撃。しかしそれを率いるのは冷刃レオンである。勝算なき賭けを打つ男ではない。
続く騎馬隊が、乱れた敵軍を押し潰していく。その中で、ローザとトビアスもまた必死に手綱を操り、剣を振るっていた。
「ローザは化けましたな。元から才あり、手を抜かぬ子でしたが……そろそろ一隊を率いさせても良いやもしれませぬ」
「……そうだな」
アルスは短く応じ、視線をトビアスへと向ける。
「対してトビアスは、剣の腕こそ上がりましたが騎乗が追いついておりませぬ。この際、歩兵へ回すのも一案かと」
ゼダンの寸評に、アルスは暫し頭を悩ませるも、すぐその案を拒絶する。
「確かにトビアスの騎乗術は拙い。だが、もう暫し時間をやれ。あいつは単に不器用なだけで、才が無いわけではない」
二人は戦場を俯瞰しつつ言葉を交わしているが、決して観戦しているわけではない。
眼前では、隘路を登る敵軍を相手に、着実に押し返し続けている。
ただ、敵からすると場所が悪い。そして相手が悪い。
そもそも防衛戦を最近、得手としているアルスの横に、部隊運用に長けるゼダンが付いているのである。
しかも振り向けば、味方は大混乱に陥っている。引くに引けず、押すに押せずという状況に追い込まれながらの戦闘である。
「砦主、ご存じですか。最近、砦主のことを“鉄壁”と呼ぶ者が増えてきております」
ゼダンが不意に呟いた言葉にアルスは苦笑を漏らす。
「そうか……。ならば、今後は鉄壁ミュラ……。なんだ。妙な悪寒がする……」
アルスは不思議そうな顔をしつつ、自分の肩を抱くしぐさをする。
「では鉄壁アルスで」
「それもどうなんだ」
軽口を交わしながらも、二人の視線は戦場から外れない。そんな折、裏手から一人の男が二人の元へと寄り口を開く。
「砦主、山の裏手の状況報告です」
「ああ、マティアスか。どうだいあっちは」
マティアスに軽い口調でアルスが詳細を訪ねる。
「湖上はドレッシン三兄弟が圧倒しております。また崖上より弓王率いる弓隊が、斉射に狙い撃ちと好き放題に撃ち込んでおりますので、ほぼ終わりかと」
マティアスは淡々と事実を置いていく。どうやら裏手は圧勝の気配である。
「ティムが高笑いをしながら弓を乱射している姿が目に浮かぶんだが……」
アルスは遠い目をしながら、ゼダンへと語りかける。
「ええ。帰ってきたら五月蠅そうですな。面倒な……。お、砦主。こちらも決まりそうですぞ」
ゼダンも同調し呆れ顔を作り語り始めたところで戦場が動いた。
「さあさあ、まだ俺の分は残っていような。刻面ゲーフのお出ましだ。全て俺が刈り取ってやろう」
馬上でハルバードを掲げ、ゲーフ率いる別働の騎馬隊が敵軍後方へ突き刺さる。
一拍。
敵軍の均衡が崩れた。
指揮系統は断たれ、統制は失われる。やがて各所で潰走が始まり、戦場は一気に瓦解していった。
「砦主。当方の勝利にございます」
ゼダンの言葉を待つまでもなく、勝敗は決していた。
「さあ、皆の者。我が軍の勝利だ。盛大に勝鬨を挙げろ。えいえい」
「おーーーーーーーーー」
「えいえい」
「おお――――――!」
この日敵軍を退けた砦では、盛大な宴が開かれた。
「はーっはっはっは!見たか我が矢の冴えを!」
案の定、ティムが高笑いと共に戦果を語り始め、周囲の者たちは一様に顔をしかめる。
「……始まりましたな」
「ああ、長くなるぞこれは」
ゼダンの言葉に、アルスは小さく肩を竦める。止める気は、最初からない。
笑い声と怒鳴り声が入り混じり、砦の夜は一層の騒がしさを増していく。
それは勝利の余韻というには、あまりにも賑やかすぎる光景であった。
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