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第8話 モルガナ・ヴィエイラ

(モルガナ・ヴィエイラだって?)


 アスレインの表情が驚きに染まる。彼はその名前を知っていた。


 モルガナ・ヴィエイラ。

 祝福者揃いと言われるレジスタンス幹部で、数少ない無能力者であり、女剣士。


 そんな女が、何故ここに。


「既に知っているが、君も名を名乗るのが礼儀じゃないか?」

「……アスレイン・ゼレステラ。2年ほど前に軍を除隊した」


 言外に、もうあなた達の敵ではない、と告げる。

 証拠とばかりに剣から手を離し、両手を掲げてみせた。

 モルガナは彼をジッと見つめてから、横に控えた二人に

「どう思う」と問いかけた。


「嘘はついていないかと」


 右の人物が答える。女性の声だ。


「あくまでも直感ですが」

「ココ。お前の直感はアテにならない」


 今度は左の人物が答えた。男性の声だった。


「ゼレステラ家の人間は皆、碌でもないのに決まってますよ」

「それは、おっしゃる通りで」

「ほお」


 身内の批判を肯定する姿に、好奇の目が向けられた。

 この回答次第だと直感が告げる。

 アスレインは出来るだけあっけらかんと聞こえるように、言葉を続けた。


「あの家は根本から腐ってる。殺しをなんとも思わないんです。それが嫌で、家を出た」

「それで?」

「……」

「家を出た後は? 君は何を成そうとしている?」


 モルガナはなおも問いかける。彼女には嘘も誤魔化しも通用しないだろう。

 ならば。


「子供が泣かない世界をつくる。僕にそう言った人がいます」

「……」

「ミカル。ミカル・アンプトン。かつてあなた達の仲間だった人だ」


 ご存知ですよね。とアスレインが続ける。

 モルガナの瞳が僅かに揺れた。


 ミカル・アンプトン。

 レジスタンス主要メンバーの一人。

 とある紛争で軍に捕えられ、人質として長く幽閉されていた男。

 幼いアスレインに、大陸の外を語り、檻の中から手を伸ばし頭を撫でてくれた人。

 教育によって施された洗脳まがいの思想を、少しずつ紐解いてくれた人。


 ──冷たい独房の中で、自死を選んでしまった人。


「……はじめは、知りたいだけでした。あの人の言うように大陸の外にも幸福があるのか」


 軍に所属し、様々な戦地に赴いた。そのどれもが暗い影を落としていた。

 軍を抜けて一人で足を運んだ島では、人々のあたたかい生活を見た。

 しかし幸せは、ある日突然崩れ去る。

 幸福を奪っていくのはいつだって、大陸側の人間だった。


「いろんな場所を見て、経験して、気づいたんです。僕がミカルの願いを引き継ぐべきだ」


 まっすぐ前を見つめるアスレインの眼を見て、モルガナは表情を変えない。

 視線を下に下ろし、しばらく考えていたようだった。

 やがて、纏う空気が柔らかくなる。


「そうか」


 小さくそう言うと、彼女は剣に伸ばす手を楽にした。


「ならば、我々の目的は一致している」

「モルガナ様」


 咎める声を制する。


「私達と共に来るか、アスレイン」








***








 まだ夜が深いうちに、宿舎に戻り旅支度を済ませる。

 と言ってもすぐ旅立てるように整えていたので、肩掛けの鞄一つと"相棒"を引っ掴んでくるだけで終わった。

 

 宿舎のカウンターに多めに金と、書き置きを残して出る。

 

 外で待っていた茶髪の男──、グランは胡乱(うろん)げにアスレインを見ると黙って歩き出したので、それに続いた。


 ロベルタ母娘のケガを手当てし、家まで付き添ったのは"ココ"と呼ばれたおさげ髪の女だった。

 彼女は死体をササっと片付け、母娘の目の触れないようにしてやった。

 二人は生まれ育った故郷を離れがたそうにしていたが、背に腹はかえられない。

 必要最低限の荷物をまとめていく。ココもそれを手伝った。

 最初は不安そうにしていたニィナも、物腰柔らかなココの態度に次第に心を開き、帰りは三人で談笑しながら道を歩いた。


 島の北。

 港とは反対側の森の奥。

 そこでアスレインは、小さな帆船が着岸しているのを見つけた。


「汽船じゃないんだね」

「当たり前だろ。泥なんて手に入るかよ」

「どうやって降りるの?」


 アスレインは尋ねた。

 ここは崖になっている。


「決まってる。飛び降りるんだよ」


 グランは面倒そうに答えた。

 

「そんな無茶な」

「うるせぇ口答えするな。いいか、俺はお前を信用したわけじゃねぇ」

「分かってる。僕はいいよ。それよりロベルタさん達はどうするつもり?」

「うるせぇ」


 言い争っていると、背後から人の声がした。


「兄さんやめて、みっともない」

「ココ」

「大丈夫。三人とも、私達の力で船まで下ろします」

「俺は協力しねぇ」

「兄さん」


 ふい、とそっぽを向くグランを見て、ココはため息を吐いた。

 空気が重くなる。

 ニィナがおろおろとココとアスレインの顔を交互に見た。


「いいよココ。この高さなら死にはしないし。僕は自力でなんとかするさ」

「そう言う訳にもいきません。アスレイン様はモルガナ様が招いた客人でもありますから、万が一のことがあっては」

「心配しないで。体は丈夫な方だから」


 ね? とアスレインが微笑む、とロベルタは「あら」と思った。

 微笑を向けられたココの頬が僅かに明るくなったのである。


「でも……」

「俺がやる」


 言い淀むココの言葉に被せるように、グランがそう言った。こめかみに青筋が浮かんでいる。


「俺が、手厚く、丁寧に、大胆に、下ろしてやるよ」

「助かるなあ」


 先ほどとは打って変わって意欲的に、至近距離でガンをつけながらグランはそう言った。

 アスレインはニコニコと笑っている。


「それでは、私達が先に行きますね」


 ふわり、と風が木々を揺らした。


 ココはロベルタとニィナを近くに寄せると、「怖くありませんからね」と声をかけて二人と手を繋いだ。

 そしてそのまま、とんっと、軽やかな足取りで飛び降りる。

 二人分の悲鳴は下の方へ吸い込まれていく。

 落下、とは言い難いほどゆったりとしたスピードで三人は下りていき、船の甲板にふわりと着地した。

 

 風の祝福である。

 

 アスレインはその様子を覗き込みながら考えた。


(三人を支えるほどの力があって、あの精度……。賜者(たまもの)かな)


 紛者は、人から奪って得た祝福だ。

 奪えば奪うほど、その祝福は歪になっていく。


「僕らも手を繋いだ方がいい?」

「叩き落とすぞ」


 グランが忌々しげにそう言った。

 アスレインの胸倉を掴み、吐き捨てるように続ける。


「ココは惚れっぽいんだ。手を出したら、マジで、ガチで、殺す」

「近いなぁ……」


 グランも同じように風の祝福を使い、アスレインを荒々しく船に下ろした。

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