第91話 作られた運命(★ロイド視点→カナリヤ視点)
俺はその場にいたメアリーと富商を適当に言い含めて、急いでカナリヤの後を追った。
だが、街を駆け抜ける俺の心は暗く淀んでいた。
『さようなら』
カナリヤから告げられた別れの言葉が、胸に深く刺さり続ける。
――許せなかった。
それは許されない言葉だった。
たとえ優しい彼女が俺を思い遣った末の台詞でも、到底許容できるはずがなかった。
俺は全てをかけて、カナリヤが俺に依存するように仕組んできたのに。
つまらない罪悪感で、俺を切り捨てようというのか?
俺はカナリヤにとって、結局、その程度の存在なのか?
(どうして! どうして、彼女は俺のものにならない!?)
忘れかけていた心の底にたまった澱みが、ぐらぐらと煮え滾っているようだった。
「……!」
随分と走って、街外れでようやくカナリヤの姿を見つけた。
俺は声を掛けようとしたが、近づこうとして足が震えた。
俺を拒絶するカナリヤの声が、頭の中で木霊する。
冷静な自分は理解している。
きっと落ち着いて話し直せば、素直なカナリヤは俺を信じて付いてきてくれる。
――でも、それでは駄目なのだ。
無条件に、心の底から、カナリヤは俺に依存している訳ではない。
それが証明されてしまった。
「……ッ!!」
俺は唇をきつくかみしめる。
(どうせ、全てを手に入れることが、出来ないのであれば……)
それは半ば、衝動にも近い動きだった。
俺は短剣を抜くと、カナリヤの背後から迷いなく突き刺した。
真っ赤な血が噴き出る。
彼女がゆっくり、倒れ伏していく。
そこでようやく、俺は我に返った。
(……俺は、何を)
全身に冷たい汗が伝っていくのを感じた。
息が詰まって、これは全て夢に違いないと、一瞬、心が逃避する。
けれど間違いなく、目の前に広がる光景は現実。
(違う、違う、俺は悪くない……!)
空に浮かぶ丸い月が、俺を断罪するように静かに見下ろしている。
(これで、そう、これで良かった!!)
俺は笑った。泣きながら笑って、逃げるようにその場から駆け出した。
(これでカナリヤは、永遠にどこにもいかない)
カナリヤは、ただでさえ衰弱している。
あれだけ深い傷を受ければ、もう命はないだろう。
(俺だけのものだ!)
人の気配のない夜道に、俺の足音だけが虚しく響いていた。
◇ ◇ ◇
「君は知らないだろう! どれだけ俺が、君の為に人生を捧げてきたのか!」
ロイドは声を張り上げる。
私はその気迫に、ベッドに膝をついたまま、身を竦ませることしかできない。
「ご、ごめんなさい。確かに、迷惑は沢山かけたと思うけど」
「違うっ!!」
怒鳴るように否定されて、私は息をのんだ。
一瞬、燃えるような憎悪に満ちた瞳を浮かべたロイドは、すぐに柔らかく微笑んだ。
「全てだ。全て、君の為だったんだよ、カナリヤ」
愛を囁くような声色でそう告げられても、意味が分からなくて恐ろしいだけだった。
サリオン様の為にも、この男に立ち向かわなくてはいけないのに。
過去の弱い自分が、どうしても顔を出す。
「……何を言っているの?」
「俺の運命を、愛を、今度こそ受け取っておくれよ!」
「わからないわ。運命って、愛って、なに?」
「全部だ。家族や友人から君を切り離したのも、君が虐められるようになったのも、……君の母親が死んで、君が大火傷を負ったことさえも!」
理解できない言葉の連続に、私の頭は完全に凍り付いていた。
私の苦しかった最初の人生が、脳内で再生されていく。
何度も心が張り裂けそうになった。
挫けて動けなくなってしまいそうになった。
――あの、全てが?
「全部、俺がやったんだ。君の人生を形作るもの全て、俺が作っていたんだよ。これって、この上ない運命だろう!?」
己の犯した罪を誇らしげに叫びながら、ロイドは身を寄せてくる。
再び、彼の両手が私の肩へと触れそうになる。
いけない。このままでは、いけない。
私は必死に心を奮い立たせ、拒絶の意志を示した。
「いやっ、来ないで!!」
その声に呼応するように、薬指の指輪がもう一度煌めいた。
魔力による防御が働いたのか、ロイドの伸ばした指先はバチリと音を立てて弾かれる。




