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第54話 カラスと手紙

 儀式の間に姿を現したのは、ロイド様とメアリーだった。

 ここまで駆けてきたのか、二人とも息を切らしている様子が伺える。 


「メアリー、……君を苦しめた義妹だな」


 私が思わず零した言葉を聞いたサリオン様の目つきが、一気に鋭くなった。


「この騒動もお前達が仕組んだのか?」


 サリオン様の身体から黒いオーラが立ち上っていく。

 彼の腕の中に抱かれている私は、その壮絶な殺気と魔力に息が詰まりそうになる。


 メアリーはあまりの恐ろしさにその場にへたり込んでしまったようだ。

 その隣にいたロイド様は狼狽えた表情を覗かせつつも、何とか言葉を発してきた。


「待て、騒動とは何のことだ。僕たちは何も知らない。今ここに到着したんだ!」


「嘘を吐け。そんな都合のいい話が信じられるか。いや、仮にそうだとしても――」


 ギロリとサリオン様の視線がメアリーを射抜く。


「この女は、僕のカナリヤに随分と酷いことをしてくれたようじゃないか。万死に値する」


「いやっ、化け物!! ろ、ロイドぉ!」


 メアリーはロイド様の足元に縋るように腕を伸ばした。

 しかしロイド様はそれに応える様子はなく、引きつった顔でサリオン様を見つめたままだ。


「はっ、僕のカナリヤ?? 一体何を言っているんだ、きさ……貴方は、ノースフェル辺境伯だろう?」


「そうとも。僕のことは知っていたか」


 サリオン様の美しい黒紫色の瞳がゆっくりと細められる。

 悠然と、優雅に、そして何処か勝ち誇ったように、彼は高らかに宣言した。 


「僕はサリオン・ノースフェル。北の辺境伯にして、カナリヤの夫である」


 私はその堂々とした優美さに見惚れてしまう。

 ――それから、誇らしげな姿に少しだけ可愛らしいと感じてしまった。



「……っ!!」



 サリオン様の言葉を聞いて、ロイド様は愕然と目を見開いた。

 ロイド様の視線が、サリオン様からその腕の中にいる私に滑り落ちる。


 彼の表情が一瞬で複雑に推移して、その全てはとてもではないが読みとれない。 

 ただ、何かを堪えて、押し殺すような、長いようで短く深い沈黙が挟まれた。



 やがてロイド様は微笑みを浮かべた。

 それは完全に穏やかで優し気な――私のよく知る彼の笑顔だった。


「色々と誤解があるようだ。ノースフェル辺境伯、まずは話をさせて欲しい」


 ロイド様の言葉を受けて、サリオン様が私へ意向を伺うように視線を向ける。

 私はこくこくと頷いた。

 彼らの真意も分からないし、出来ればこれ以上の争いごとは避けたい。

 

「……分かった。"我が妻"に感謝するんだな。手短に話せ」


 渋々といった様子でサリオン様はそう告げながら、少しだけ黒いオーラを収めた。

 

「ああ、ありがとう。"僕の幼馴染"であるカナリヤに感謝するよ」


「僕だって幼い頃にカナリヤと遊んだことがあるが!?」


「さ、サリオン様。今はお話を……、お話を、聞きましょう」


「分かったよ。……なんだ?」


 半分拗ねたようになってしまったサリオン様を、私は何とか宥める。

 ロイド様は一連のやり取りを貼り付けたような笑顔で見守った後、言葉を続けた。


「まず、僕がここに辿り着いたのは、メアリーからの知らせを受けたからだ。カナリヤの行方を知っていると」


「私の行方を? どうして……」


 全員の視線が、一気にメアリーに集まる。

 メアリーは身を竦ませたが、ロイド様からも促されておずおずと喋り始めた。


「最初、北の街でカナリヤを見かけたの。だから私、捕まえて……あ、いや、またお話しようと思って、カナリヤを探すことにしたの。でも、ロイドには連絡が付かなかったから、富商の男に相談して――」


「……っ」


 私は無意識に身体を強張らせた。

 一体、メアリーは私を見つけてどうするつもりだったのだろう。

 サリオン様が私の不安を察してか、抱きしめる腕に力を込めて微笑みかけてくれる。

 私はその優しさに元気をもらい、話の続きに耳を傾ける。 


「でも、カナリヤはなかなか見つからなかったの。途方に暮れたある日、カラスが手紙を持って来てくれたのよ。そこには日付と、『この日の夜、北の街外れにカナリヤが現れる』と書いてあったわ」


「カラス?」

「手紙……」


 サリオン様と私が、それぞれに小さく零した。

 メアリーはその反応にびくびくしながらも、自分は悪くないと主張するように話を続けた。 


「富商に手紙を見せたら、後は自分が何とかするって言って、それっきり。私は完全に蚊帳の外よ。困っていた所にロイドが帰ってきてくれたの!」


「仕事から戻ったらメアリーから一連の出来事を報告されて、僕はすぐにカナリヤと富商の行方を探した。目撃者もいなくてかなり難航したが……」


 話を引き継いだロイド様が、崩れかけた神殿の天井を見上げる。


「怪しいと目星を付けた聖域付近で、大規模な魔力による破壊活動が起こっていると感知してね。まさかと思って急行したんだよ」


 そこで一旦、話は途切れた。

 彼らの話を信じるなら、二人はマルコスとは直接かかわりがなかったことになる。


 しばし思案していたサリオン様が、静かに口を開く。 


「お前達がこの男と無関係だという証拠はあるのか?」


 サリオン様は、縛られて床に転がったままのマルコスを一瞥する。

 延命の為かマルコスは出来るだけ気配を消していたようだが、視線を投げられて目を白黒させた。


 その姿を訝しげに見つめた後、ロイド様は眉をひそめる。


「そもそも、ここで何があったんだ。この神殿は本来、立ち入り禁止区域になっているはずだが」


「そこからか。僕も全ての事情は知らん。だが、こいつは僕のカナリヤを殺そうとした」


「何だと――!?」


「ひっ!!」


 サリオン様とロイド様から憎悪の目で睨まれて、マルコスが縮み上がる。


 彼が魔物を滅ぼす魔導砲を開発していたことを話すべきだろうか。

 私の魂を分解して兵器にしようとしていたなんて伝えたら、それこそ収拾がつかなくなる気もする。

 だが、伏せて置いて良い情報でもないだろう。


 私がおそるおそる口を開こうとしたとき、ヴァルクさんの声が響いた。



「そいつらが無関係だというのは、おそらく本当です、陛下」



 顔をあげれば、儀式の間にはヴァルクさんとその肩に乗ったミュラさん、そして沢山の兵士たちが駆けつけてきていた。


 サリオン様の傍まで歩いてきたヴァルクさんが、背負っていたものを床に乱雑に放り投げる。

 それは鎖で縛り上げられ、かなり負傷した様子の富商の男だった。 

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