Destiny.9 決死隊
安全圏が、なくなる。
その真の意味は、言われなくても分かっていた。
死、私たち全員の。
「なら、どうしろってんだよ」
声を荒げる男子に、千代は冷静に答える。
「とりあえず、この円の外側、それに欠けた部分がどうなってるかを確認しないといけないと思う」
「確認って?どうやって」
「それは……」
「学校の外に出るしかない」
千代の代わりに私が繋ぐ。誰も口にしなかった、できなかったことを。
教室内がざわめき立つ。何人かが顔を見合わせ、自分の意見を言い合っている。
「そんなの、俺はやだね。死にに行くようなもんだろ」
「そう、死にに行くようなもの」
私はあえて肯定した。ざわめきが一瞬止まる。
「だから、私だけでいい」
「さくら?」
「私だけで行く」
私の中で覚悟が落ちる音がした。世界が次第に灰色に染まっていくような気がした。
「そんな……ダメ、わたしも」
「いいよ、千代」
手を伸ばす千代に私は首を振った。
「私さ、元から生きてるのが嫌だったんだよね。勝手に挫折して勝手に悩んで、勝手に生きて。いろいろと嫌になっちゃった。だから、死にたかったんだ」
「さくら……」
沙知の呟きを気にもとめず、私は言葉を続けた。
「でも、気づいたんだ。死には、いい死と悪い死があるんだって。だから」
バシッ。
私の頰に強い痛みが走る。顔を上げると、千代の表情に怒りが滲んでいた。
「ふざけないで」
「……」
「いい死?悪い死?そんな区別、あるわけがない。あっていいわけがない」
千代の手は、まだわずかに震えている。叩いた自分自身に驚いているのか、それとも怒りを必死に抑えているのか、私には分からなかった。
「わたしには、さくらにどういう過去があったのかは分からないよ。でも、それは死ぬことを肯定していい理由にはならない。だって、だって……」
千代は膝から崩れ落ちた。床に涙がこぼれ落ちる。
「わたし……わたしは許さない、さくらがそんな死を選んだら……」
床に落ちた点は、いつの間にか円になっていた。
「……千代」
私はゆっくりとしゃがみ込んだ。理屈ではなく感情で訴えかける千代の姿に、胸の奥が鈍く痛む。
「わたし、怖いの……。怪獣もそうだし、魔物もそうだけど……、なによりも」
千代の震えた手が私の制服の袖を掴む。
「さくらが居なくなるのが、いちばん怖い」
千代の弱々しい言葉は、確かな強さを持っていた。
「わたしたち、なにも始まってないじゃん……。三年間を共に過ごすはずだったのに……わたしたち、なにも知れてない……」
「千代……」
「わたし、さくらが名前を知りたいって言った時、嬉しかった。仲間として認められた気がした……。なのに、こんなのってあんまりだよ……」
千代の涙は、私の袖まで濡らした。ぬるい温度が手に伝わる。
「でも、誰かが外に行かないと……私たち全員……」
私は黒板の文字を見上げた。
"POPULATION:36"
残り三十六人。その数字は、とても冷酷だった。
「なら、わたしも行く!」
千代が私の目を見て言葉を振り絞る。
「わたしが先導する!さくらが戦わなくていいように!」
千代は震えそうになりながらも、必死に言葉を紡いだ。涙に満ちた瞳が、逃げずに真っ直ぐこちらを見ている。
「わたしは、さくらみたいに戦うことはできないよ……でも、戦えないなら戦えないなりにできることはある……わたしだって、何もできないわけじゃない……!」
「わ……私も!」
言葉に振り向くと、沙知が拳を握って立っていた。顔には決意の表情が浮かんでいる。
「私だって、さくらのためになれる!さくらのことをこの中でいちばん知ってる!」
沙知もしゃがみ込み、私たちの輪に入る。
「……知ってるってそんな大層なことじゃないよ」
私は苦笑したが、沙知はブンブンと首を振って否定した。
「ううん、私、知ってるもん。さくらが笑ってる時は、辛い思いをしてる時ってこと」
「……え?」
「大会の後、無理して笑ってたことを、帰り道で何度も膝の心配をしてたことも……」
――見られてたんだ、そんなところまで。
「あはは、私、隠すの下手だなぁ」
「だから、今度は隠さないで、私たちに頼ってよ!」
目を瞑り必死に懇願する沙知を、私は断ることができなかった。
「……いいよ。沙知も来て」
「ほんと!?」
「うん、そっちの方が私も気が楽だから」
沙知が嬉しそうに「ありがとう!」と言うのを見て、私もどこか胸があったまった。
――自分って、恵まれてたんだなぁ……。
「それじゃあ、三人で外に行く?」
千代がそう言った時、背後で「あの!」と叫ぶ声がした。
「あの……僕も、連れてってください」
振り返って見ると、一人の男子が腕を上げていた。
「僕も、三人の力になりたいです」
「あの……」
「須崎くん、須崎倫也」
千代が彼の名前を呟く。
「須崎くんも、来たいの?」
「はい!こう見えて柔道部だったので、力になれるかと」
千代がそっと私の瞳を覗き込む。どうやら決定権は私にあるらしい。
人数が多すぎるといざの時に危険だが、かと言って女子だけというのも無理があるような気がするのも確かだ。
私は「うーん」と熟考し、
「いいよ、来ても」
と承諾した。




