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ピースが導く――


 ――魔女の厥陰だ。


「厥陰とは病症……」


 姫様から怒涛の情報を食らい、みっともなく混乱してフラフラと帰ってきてしまったが……一人になってゆっくり休み冷静になってから、頭の中にある色んな記憶を掘り起こして情報を整理していると自然にそういった結論が導き出された。

 継ぎ接ぎでバラバラだった情報が、たったひとつの重要なピースを手に入れたことで一気に全て繋がってしまったような感覚――。


「不浄の過程は病魔に蝕まれている病症と同じ……」


 ――そう、不浄とはつまるところ病魔のことなのだ。

 司源(たましい)を堕落させる恐ろしい厥陰病。


 じわじわと精神を、司源(たましい)を蝕む病魔。その過程が不浄と呼ばれているのは話を聞いた限りで間違っていない解釈のはずだ。ガーベラ姫様から聞いた龍と神龍の違いについての話がその最たる例。

 龍は不浄であるが、神龍は不浄の()()()()()である欠片から及ぼされる害は無いが、不浄そのものは()()()が混ざろうとして危険なのだという。

 つまり、それ以上影響を広げようとしない完成された汚染物質よりも、影響を見境なく広げるように汚染されていく過程の物質が最も危険だということ。


「その浄化は……」


 魔女が担っているのだという。だが、私はその事実を今までずっと知らなかった。不浄の存在についても。意図的なものか偶発的なものなのかはともかく、何も知らなかった。

 母があんな死にかけのような酷い姿になっているのは、今も浄化を行っている最中だからで――しかし、母の力だけでは到底追いつかないほど不浄に蝕まれ続けてるのか浄化しきることが出来ておらず、むしろアザレアが母の命綱をなんとか繋げているほどにギリギリの状況。

 だからいずれは――。


「――――」


 ……そもそも、原作の『らぶさばいばー』に魔女という存在は一言も出てはこなかった。あるのはヤンデレと殺戮と理不尽な世界の終わりだけで、それ以外は出歯亀あるのみであった。

 暗転するのはいつも主人公が死亡するエンドの時。唯一、誰とも関わらずに過ごした時だけ謎の暗転だったように思うが、ゲームではよくある演出だからと気にしたことは無かった。

 ――完全に油断してた。


「もし……」


 世界の終わりの本当の原因がコレで。乙女ゲームの裏設定で魔女が実は存在していて、ゲーム進行中も浄化が行われていたのだとしたら。

 キャラたちがある日、急に人が変わったかのように理不尽に主人公を殺しに来ていたのが司源(たましい)を堕落させる病に侵されて狂ってしまった結果なのだとしたら。


「――三年も無い、としたら……?」


 ……恐ろしい事実に気付いた。


 あのゲームは最初の一年が肝要だった。その一年でルートのエンドが決まると言っても過言ではない。それは甘々エンドに行けたとしても何も変わらない。最初の一年でどのエンドか大体決まってしまっていた、それはヘビープレイヤーの記憶として間違いないと断言出来る。

 ……今は既に夏の盛りを少し過ぎた頃、もうすぐ秋が訪れる季節。


「半年……」


 ……いや。


「半年未満、もしくは数か月も経たずして――」


 ――世界が、終わってしまう……?


「そ、んな、こと……」


 嘘でしょ!? そんなのってあり!?


 アザレアが言っていた「魔女の厥陰」の発動と、ガーベラ姫様から聞いた「不浄」と「司源(たましい)の堕落」の症状についてが数々の状況とに結びついて飛躍して出た最終的な結論がこれだった。

 ――あの舞踏会の日。あの日だ。確実にあの日に何かがあったんだ。私の知らない、私の()()()()()何かが。


 ぴゅー、ぴゅー!


「……来ましたわね」


 鳥を使った速達便で、アザレアに緊急で飛ばした連絡の返事だろう。私の推測はあくまでも『らぶさばいばー』という原作を知っているから出て来た憶測に憶測を重ねたいい加減なもの。

 ……だから、もしかしたら実際の状況はそこまで悪いものではないのかもしれない。そんなわけはないという予感がありながらも、どうにか否定する為の材料が欲しかった。


「……不浄の浄化、魔獣、上級魔女たちの堕落浄化――」


 書かれていた内容は私の予感を否定するものではなく、憶測を憶測でなくすような情報ばかりであった。

 まずは、不浄や浄化について私が何も知らなかったことに気付かなかったことに対するアザレアからの謝罪があった。


 アザレアによれば普通、魔女の本能として産まれた時から不浄を感知出来るのだという。何故なら、――魔女は不浄を常に自然吸収して浄化して生きているそうなのだから。

 私も実は他の魔女達から見ると自然体に大量の不浄を吸って浄化しているそうだから、まさか全く不浄や浄化について知らない、感知出来ていないとは分からなかったそうだ。

 ……これは、仕方ない。どうやら誰が悪いわけでもないようだし。あえて言うなら私の鈍さが悪いのだろう。


 次に魔獣。魔獣が不浄による変異体であること。魔女と同じく不浄を自然吸収するが魔女と違って浄化が出来ない為に、討伐することで浄化の助けとしていたこと。

 しかしここ最近は広範囲の討伐を担当していた父が王都に、兄が行方不明になっているために適任者が足りず、魔獣討伐が追い付かずに強い個体の魔獣が通常よりも増えてしまっていること。

 そして――。


「……そう、皆がお母様と同じように」


 上級の魔女たちが母を助けるために元の自分の持ち場と、更に母が担当していた地域を担うことで浄化の負担が増し、母と同じ昏睡状態に陥っては規模が段違いで交代要員の居ない母と違って交代出来るので、自然回復を待っては交代交代で殆ど休めず繰り返し浄化を行い続けていること。

 司源(たましい)の許容量、不浄を受け入れて浄化する許容量があり、上級の魔女たちが人手不足のせいで魔獣討伐にも駆り出されていることもあり、かなりの負担によって限界を迎えて倒れる上級の魔女が増えて来て、更に切羽詰まってきているらしい。

 なんとか中、下級の魔女たちも踏ん張っているが、状況があまり芳しくないこと。

 ――大雑把にそんなことが書かれていた。


「ん? 不浄の臭いは……」


 事務的に羅列されていた報告書のような部分を読み終わって最後、ついでのように不浄がどれほどの悪臭なのかと質問した答えが書かれていた。

 アザレアの感覚では「この世に存在してはいけないもの」だそうで、魔女によって感じ方はそれぞれらしく、ある魔女はただの「腐敗臭」と感じたり、またある魔女にとっては「死の香り」と感じたりするそうだ。

 ただ共通する見解があって、それはとにかく心の底から嫌悪せずにはいられないような酷い悪臭だということだった。


「……あれ」


 この「この世に存在してはいけないもの」と「腐敗臭」に「死の香り」のような感覚を私はどこかで得たことがあるような気がする。

 ……でもどこで――。


「――あ、デイジー……?」


 と、母と対峙していた謎のそっくりさん!


 あ、でもデイジーは少し違うかも。なんというか、こう――ちょっと悪臭がする、なんて可愛いらしいものではなく――更におぞましい悪意の気配、だったような気がする。

 アザレアの「この世に存在してはいけないもの」に該当する気はするけど……比べて確かめようもないので、なんともいえない。


 後は母のそっくりさん。そういえばどうなったのだろうか。


 破壊され尽くした庭園を見て回った時に、死体はどこにもなかった。

 ――そう、死体。あれは死体だった。私の感覚では。


 こっちも「この世に存在してはいけないもの」と感じたが、デイジーと対峙した時とはまた別ベクトルの感覚だった。

 デイジーには何よりも芯から凍りつくようなとてつもない恐怖が一番にあったが、そっくりさんのほうは魔女たちの言う不浄に対するただの嫌悪感と似た感覚が多くを占めていた気がする。

 そうなると客観的に不浄はそっくりさんのほう? じゃあデイジーはなに……?


「うーん」


 ……しかしもし二人のどちらか、あるいは両方が不浄の存在だったとなるとおかしいことがある。私はどうやら客観的に不浄を感じ取れていない様子なのに、何故かその二人にだけは何かを感じ取れたことになってしまうのだから。

 あるいは、鈍い私でも感じざるを得ないほどに濃密な気配だったとか?


「…………」


 あ、そういえば。


「……ぼたん様」

「うむ。何でござろうか」


 ずっと部屋に一人で居たはずなのに、ぼそっと呼び出した途端にぬるっと暗闇の中からお下げの半裸が真顔で出現した。

 ……登場の仕方にビビるわ。


「……ぼたん様は不浄が何かお分かりになりますのでしょう?」

「うむ。不浄から漏れる悪臭、悪気は滅封刀の好物でござる故に」


 やっぱり刀の好物がどうのこうのというのがちょっと意味が分からないが、とりあえず魔女と同じく不浄を感じ取れているそうなのでおっけー。

 ついでに魔女っぽい見た目についても未だに気になってはいるが、母の知り合いにいちいちツッコんでたら負けな気もするので、今回は不浄についてだけ聞くことにする。


「その不浄の悪臭が、具体的にどのような香りなのかお聞きしても……?」

「悪臭は悪臭でござる故に……」


 そらそうですよねー。


「……うむ。何故そのような問いを?」

「実は私、周囲で聞くような不浄の悪臭が全く分からないようなのですけれど……どのような悪臭か聞いていたところ、似たものを前に嗅ぎ取ったことがあった気がして……ただ、本当にそれが不浄のものか自信がございませんの」

「ふむ。それなら二択でござる故に」


 二択?


「よほど濃密な不浄の存在であったか、もしくは――」


 凝縮された臭さだったから感じ取れたかもしれないってこと?

 まあそれは私も思いついたけど……もう一つはなんだろ。


「――相手が同族であったかでござる故に」

「どう、ぞく……?」


 どうぞくって同族のこと? つまり相手が魔女だったってこと!?

 え、あんなに臭かったのに!? どっち!? それかどっちも!?


「うむ。正確には、不浄を感じ取る本能が阻害されたとて同族であった故に共鳴し不浄を感じ取れただけ、でござる故に」

「――本能が阻害?」


 何かに邪魔されて、私が不浄を感じ取れていない封印状態ってこと?

 鼻詰まりみたいな感じで? えー? 心当たりが無いんだけど……。


「うむ。シオン殿の背にあるソレが阻害の原因ではござらぬだろうか。残念ながら拙者にはこれ以上詳しいことは断言出来ぬ故に」

「――え」


 う、嘘……なんでバレたの!?

 ――というより! 背中にあるものが阻害って……えっ。


「うむ……しかして、不浄に堕ちた魔女でござるか。シオン殿が感じ取った不浄が本物であるならば、――とても気分の良い存在ではないでござる故に」


 言いながら、酷く険しい顔で珍しくハッキリとした嫌悪を露わにした牡丹くんの表情に内心で凄くビビる。

 普段は柳に雪折れなしとばかりにどっしり飄々と構えてるぶん、たまに垣間見える感情の発露による迫力が段違いである。


「――不浄を浄化せず、溜め込み続けた魔女の喜ばしくない末路でござる故に」

「喜ばしくない末路……」


 聞いてるだけでヤバそうな「不浄」を溜め込み続けるなんて、生半可な覚悟で出来ることではないだろう。

 もしも私があの時に感じた吐き気を催すだけのアレがそうなら尚更。……正気では受け入れられないだろう。

 ――で、それより。


「どうして私の背のことを……」

「む? 不浄な神の気配がするでござる故に」

「不浄な神……」


 神は死を司るそうだから、間違ってはないけど……。


「――――」


 ……あれ。私、今なに考えた?

 もしかして、神と死と不浄を結び付けた……?


「――――」


 まさか。そんな。全部、別のもののはずなのに……。


「――ぼたん様」

「うむ」

「不浄な神とは、どのような存在ですの……?」

「ふむ……どのようなとなると色々な意味があるでござるが……」


 顎を片手で支えながら片目を瞑って首を傾げた牡丹くんが、悩むように言葉を選んでから口を開いた。


「――普通は邪神のことを指すものでござるが、シオン殿の背にある気配は正確には邪神ではないでござる故に」

「邪神」


 ……なんか、だいぶ昔に聞いた名詞である。たしか三段ギャグ系で出落ちしてたやつで、兄が無慈悲に倒していた気がする。

 そっか。邪神も不浄なものだったんだ。……そういえば、兄が言うには大量の魔獣を操ってたみたいなんだし、魔獣が不浄なんだから邪神が不浄な存在だというのも当然のことなのかもしれない。


「不浄の悪臭無き神、でござる故に。――しかして、不浄の痕跡を残す神もあるでござる故に……」


 それ結局どっちなの。

 いや、背中のこれが実は邪神との契約でしたーとかだったら嫌だからさ。そこはハッキリとしてほしいところだ。


「……ふむ。拙者が明かせぬ神の正体を気にするだけ無駄でござるな。シオン殿へ害を及ぼすような邪なる神とは到底見受けられぬでござる故に。ひとまずは安心すると良いでござるよ」


 えええ! なにそれー!


「いずれ、自然にその正体も分かろうというもの。――気長に待つに限るでござる故に」

「……そうですのね」


 うう、絶対なんか知ってる感じじゃん! おーしーえーてーよー!


 と、内心で地団太を踏んでみるものの、表には出さない。

 だって私、経験で分かるの。絶対教えてもらえないパターンだって!


 ……まあ、いいけど。確かめたかった本筋からかなり話が脱線したような気もするし。というかただの現実逃避?

 だってそうでしょ? このままでは……集めた情報のピースが導く――エンディング確定までのタイムリミットはかなり近いんだから。

 姫様があれほど「対応が遅い」と私に驚いてたのも無理はなかった。


「……半年以内に世界が滅びますわね」

「む? 魔女の予言でござるか。不吉なものはよく当たるでござる故に」


 なにそのジンクス。こんな時に笑えない冗談はやめてくんない?


「……一番の問題は、浄化速度が不浄が蔓延する速度に全く追い付いていないということ。それもかなり深刻なまでに」

「大変でござるなあ」


 他人事みたいに言いやがって……まあ魔女でもないから、協力出来ることもなくて他人事なんだろうけどね! というか他力本願?

 いやまあ私も不浄を感知出来ない点を見れば戦力外なんですけどね!


「――――」


 あれ。そういえばさっき――背中のやつのせいで不浄の感知が阻害されてるんだとも牡丹くん言ってたよね……?

 ならもしかして解除出来れば即戦力――いや、無理だ。破婚を直接、神頼みでもしない限り。だって、相手が破婚に同意してくれるような雰囲気じゃないんだもん……。


「どうにか不浄を感知出来るようになれないかしら……」

「ならば、不浄の痕跡を浄化するが手っ取り早い近道でござる故に」

「――えっ。そ、それは本当ですの!? そうしたら私にも不浄が感知出来るようになりますの!?」

「うむ。浄化してしまえば感知の通りは良くなるはずでござるよ。あくまでも不浄の痕跡のほうは後付けでござる故に」

「後付け……?」


 ぺたっとお札を貼られたみたいな感じで?


「――夫君がシオン殿から遠く離れるよう告げればいいだけでござる」

「遠く離れる?」

「今もシオン殿から片時も離れておらぬでござる故に」


 ………………はい?


 きょろきょろと辺りを見渡したが、どこにも夫の姿はない。

 しかし、短い付き合いではあるが牡丹くんが真剣な話の時に冗談を言ってくることはなかったので困惑する。

 え、私には見つけられないけど今も近くに居るの……?


「四六時中と傍に居られ続ければ、いくらシオン殿が無意識に多くの浄化を行っていても全くの無駄になるだけでござる故に」

「そ、それはどういう――」

「――あーあ。最悪。言わないでよね。シオンに気付かれちゃったでしょ。ざーんねん」


 は?

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