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不浄の欠片


「……やることがありませんわ」


 登城してかれこれ二週間も経ってしまった。

 大きな問題の中でも皇女の件は一旦保留になったし、破壊された庭園については植物の育成に害がある魔力の除去後は庭園の専門家に後をパス済みだし、魔獣の対処については私が起きる前からアザレアが各地に魔女を派遣して現在進行形で対処中だ。

 ――つまり、私に現状で出来ることがない。


「なら僕と出掛けようよ」

「面倒ですわ」

「つれないなあ」


 あるとすれば真意の読めない夫との交流くらいだろうが……あまりに距離の詰め方がバグってて反応に困っていた。

 ――もしも夫に再会出来たら、まずは私たちの背中にあるタトゥーみたいな中ボス入れ墨模様の解除について話し合おうと思っていたのに……そもそもの解除に必要なとある条件の地雷を踏まれまくられるせいで話すに話せなくなっていた。

 その条件とは――。


「うーん。今度こそ僕たちの婚姻式を簡易的にでもしたかったんだけどなあ」

「――――」


 ――お互いの破婚同意である。


 しかもチャンスはたったの一度だ。一度でも同意を求めて拒否されたら二度と解除は出来なくなる。……いや出来なくはないが、約数百年後にトライ出来るチャージが溜まるとかいうクソ仕様なので実質不可能だ。

 王都に来てからは更に夫から積極的にそういう系の話をされてしまっていて、もしや条件を知ってて牽制されてるか言質取ろうとされてる……? と疑うレベルだ。


 安易に挑発に乗って「離婚したい!」とか言った日には「そっか。僕は離婚やだ」とか笑顔で言われてクソチャージコースに嵌められる気しかしていない。

 ちなみに私が逆に結婚生活に対して肯定的に同意しまくればしまくるほど結束は固くなっていくらしい。……タトゥーの広がりによって顕著に。

 唯一の救いは、必ず全ての条件ではなくいくつかの条件が満たせれば解除出来るということだろうか。

 ……問題はその条件が破婚の同意よりもかなり難易度が高いという点だが。


 ――そもそもからして! 面食いな私ならともかく、夫の私に対する好意の正体が分からな過ぎて不気味なのだ。

 能天気系なヒロインなら疑問なく受け入れるのだろうし、ガツガツ系のお姉様がたなら「ラッキー!」の一言で受け入れるのだろう。


 しかし……残念ながら私はそのどちらでもなく、どちらかといえばウジウジ系の面倒臭いほうの性格なので真っ先に疑ってしまうのだ。

 容姿はこの世界において平均くらい、能力は総合的に見てまあまあ、自分の性格に関してはそこまで素晴らしいという自信も無い。

 ――そんなどこにでもいそうな量産型の女のどこに惹かれるのか?


 いや、量産型にも量産型の良さがあることは分かってる。私だって、もしも馴れ初めが幼馴染とかからそのまま~とかのありがちで素朴なパターンだったらまあ一応は納得したかもしれない。

 ――しかし、私たちに関しては別だ。最初の出会いはまあロマンチックと言えなくもなかったが、実質ただの救護活動。結局どこぞに消えたし。


 その後、学園で助けられたらしい時には限界で気絶してて……そもそも私の記憶がまるで無いし。人伝に話を聞いただけなので微妙だ。

 その次の再会時も踊ったりしてまあロマンチックと言えなくもない状況だったが……後々の騒動を思えば正直、急になんかに巻き込まれたぞ感は否めなかった。

 ――そして今回。ロマンチックから急に変態チックに様変わりだ。


 いくらなんでもこれで何か芽生えるのなら私がチョロイン過ぎる。

 ……多少ドキドキしたりもあったが、あれは慣れない異性に急に距離を詰められて戸惑っただけだったので今や顔を見慣れて落ち着いたものだ。

 誰だって虚を突かれれば驚くものだ。綺麗な()に囲まれて育った私であっても、さすがに綺麗な()に耐性があるわけではなかったように。


 だからこそ私が顔面に惚れて猛アタックしたとかで落とせたというならともかく、何もしてないはずなのに何故か既に「篭絡完了してました」みたいな状況は嬉しいよりも先に不気味なのだ。

 身に覚えのない無償の好意ほど不気味なものはない。もしも相手が善人だったなら少しの疑問で納得したかもしれない。しかし、相手は普通に王子を無視したり、あの可哀想な皇女の話を知ってても悪魔のように追い出してしまえる人間性だ。ますます裏を疑いたくなるでしょう、普通に。


「――何考えてるの? あ、当ててあげる。僕のことかな?」

「……まあ、そうですわね」

「ほんとに!? わあ、嬉しいなあ」


 急に顔面十センチくらいの距離まで覗き込まれてドキッとするが、今はそれだけだ。……覗き込まれた時の深淵を覗き込んでいるような瞳に気付いてからは、ゾッとする感覚のほうがよほど重い。

 怖いとはまた違う。こう、なんというか……虚無? まるでブラックホールに吸い込まれているような、全身に重苦しく纏わりつくような怠くて眠くなる感覚。全ての気力を吸われているように錯覚してしまう――。


「――ずっとそのまま永遠に、僕のことだけを考えてね」

「…………」


 ――そう、錯覚してしまうほどにとてつもなく重い感情。

 形容し難いその感情はただの好意だけではないものが含まれている。

 ……つい最近までの私だったら一生気付かなかったことだろう。

 なんなら何の疑問も持たず、既に夫の押しに負けていたかもしれない。


「……ガーベラ姫様への訪問をそろそろ致しませんと」

「ええ?」


 のじゃ姫様との出会いが無ければ。


 今や足を向けては寝られないほど、姫様に教えて貰った例の魔法には常にお世話になりっぱなしだ。ガチで!

 これほど有用で便利な魔法も早々存在しないだろうってくらいに特にここ最近お世話になってる。習得は鬼ムズだったが。

 姫様に自作の感謝の舞を捧げたい、と思ってるくらいには心の底から感謝している。


 そんなことを考えつつも夫を部屋からすみやかに追い出し、支度を行う。何故か姫様を訪問する時に夫は付いて来ない。その理由は分からないが、その点についても感謝してもしきれない。

 姫様への訪問は、今や夫の押しに困った時の唯一の逃げ道だ。


「――妾をこうも堂々と逃げ道に使うとは、お主も良いご身分じゃな」


 そして当然のことだが、例の魔法を伝授した器用な姫様にとっては魔法を使わずとも私の心の内など駄々洩れ同然であった。


「申し訳ございませんわ。ベラ様」

「よいよい、好きに逃げ込むがいいんじゃシオン。妾は歓迎するぞ?」


 実は何度か駆け込み寺が如く逃げ込んでいるうちに「ベラで良い」と名を呼ぶお許しが出た。

 たまーに届くエリカ様のお手紙のせいで仲良くなったというのもある。


「そういえば……お主が度々逃げるほどに困っておる夫は確か、帝国の皇子じゃったかのう」

「ええ。その通りでございますわ」


 未だに夫がそうであるという実感は湧かないけどね。


「妾はアレらのことは好かぬ。この前通りすがりに見た皇女もそうじゃが、不浄の溜まり場から産まれた帝国の奴らは臭くて堪らぬわ」

「……不浄の溜まり場?」


 また、これだ。不浄不浄って、本当に何のことだろう。

 とっても臭いらしいけど……姫様なら聞いたら詳しく教えてくれるかな……?


「……その不浄というもの。相当臭いとあちこちで聞き及びましたわ。残念ながら私にはその匂いが全く分からないのですけれど、不浄とは具体的に一体どのような……」

「――なんじゃと!?」


 バリンッ! と持っていた陶器製カップを床に落として、姫様が驚いたような顔でピシリと固まっていた。肝が据わってて、何事にも動じ無さそうな姫様にしては珍しい反応だった。

 ……え。その反応……もしかして私以外は分かってる系だった!?


「シオン、お主――いや。そうか……どうにも進まずおかしいとは思うておったがそうか、これはそういうことじゃったのか……!」

「あの……ベラ様?」


 何やら何かに深く納得したように頷いた姫様が、かと思えばいきなりつかつかと歩み寄ってきて私の両肩を強く掴んだ。そして睨むように真剣な視線を向けられて、その迫力に私はビビって固まった。

 きゅ、急にどうしたの?


「――よく聞くのじゃ、シオン」

「は、はい」


 ごくり……。


「不浄とは司源(たましい)の堕落のことじゃ」

司源(たましい)の堕落……?」


 堕落って……まあ、臭いって表現の仕方からしてあまり良いものとは思ってなかったけど。


「龍と神龍の違いは分かっておるのか?」

「……体型?」

「あほう。そんなわけなかろうて」


 あほう言われた……。


「龍化とは、司源(たましい)の堕落によって引き起こされた禁忌症状の一種じゃ。そして神龍とは、元から堕落した司源(たましい)を産まれながらにして持っている生物のことじゃ」

「……似て非なるもの、ですわね?」


 などと適当を言ったが、正直この一瞬で違いを理解出来てはいない。


「そうじゃ。似て非なるものじゃ。皇女は前者、お主が龍太と名付けて可愛がっておる神龍は後者じゃ」


 うん……なるほど分からん。体型の違いくらいしか。


「元はといえば後者が前者から産まれたのじゃが……」


 え! そうなの?


「時を重ねるにつれ両者は全くの別種族となり、元となった不浄の龍たちによって神龍を劣化種である『()()()()()』だなどと今では揶揄されてもおる」

「不浄の、欠片……?」


 あれ……これ、どこかで聞いた……どこだっけ?


「実際には、純粋な堕落の属性を持てたことで『裁きの環』を抜け出せた神龍たちへの嫉妬による揶揄じゃろうがな」

「裁きの環?」


 なにその厨二臭そうなワード。とても気になります。


「裁きの環とは、かつて最期の審判で課された――うーむ。この話はなしじゃ。出来ぬ」

「え……それは残念ですわ」


 ゴキ、と話している途中で唐突に首を捻って鳴らした姫様が、首を戻しながら何かに心底嫌そうな顔になってそう告げた。

 話を中途半端で止められると少しは気になるけど、うちの母もよく話の途中で話題を変えたりがしょっちゅうあったので、それほど気にならない癖がついていたので追及せずにすぐに諦められた。


「――とにかくじゃ。司源(たましい)の堕落というのは、純粋なものよりも混ざり物のほうが危険なのじゃ」

「つまり混ざり物が龍、純粋なのが神龍ということでございますわね」

「その通りじゃ。司源(たましい)を堕落させるというのは、美味い水をわざわざ不味い水へと変換する行為に等しいのじゃ」


 ……やっぱり良くは理解出来てないけど、つまり元から不味いならともかく、美味しいものをわざわざ不味く変えたい人は普通いないってこと?

 だからわざわざ不味く変えること――司源(たましい)を堕落させることそれ自体が不自然で危険って言いたいのかな?

 うーん。結局、不浄が何なのかがイマイチ分からない……。


「一度不味くなった水を美味い水に戻す為にはコツが必要じゃ」

「コツ……」

「なかでも重要なのは浄化の方法じゃ」


 浄化……あ、待って。この例えって……。

 もしかして浄水器みたいに――。


「……もしや皇女様が龍化してしまったことも、堕落してしまった司源(たましい)の正しい浄化を行うことが出来れば元のお姿に戻すことが出来る、ということですのね?」

「実際にそうかどうか、試したことのない妾には分からぬことじゃがな」


 ガクッ、と思わず体勢を崩しかけた。

 両肩を未だに強く掴まれてたので物理的に無理だったろうけど。

 解決方法のヒントにしては、あまりに投げやり過ぎる。

 絶対に今の流れは答えを貰えるところだったはずで、酷い仕打ちだ。


「……正直言うてしまえば、皇女の浄化なぞどうでもよいのじゃ」

「どうでもいいとは、さすがにお言葉が過ぎますわよベラ様」


 皇女様可哀想なんだよ? 知らない? とってもハードなんだよ?


「お主も真実を知れば皇女のことなど……どうでもよくなるじゃろう」

「どうでもよくなるほどの真実でございますか?」


 知っただけで皇女様のことがどうでもよくなるってどんな話?

 さすがに可哀想な皇女様以上の話って思い浮かばないんだけど。


「――うむ。では話そうぞ。妾の住んでいた大陸が消失したのは知っておるな」

「勿論でございます。その件に関しましては……」

「よいよい。既に消えてしまったものを悼む必要なぞない。どうせすぐにでも後追いする運命じゃろうからな」


 ……後追い?


「西南大陸が消失した原因は、自然浄化も間に合わぬほどの大陸の急激な堕落によるものじゃ。司源(たましい)は大地そのものにも少なからず宿るのじゃからな」


 ……ん?


「そして堕落というのは連鎖しよるものじゃ。放っておけばいずれ同じ轍を踏み、同じ運命を辿るもの。本来であればこの大陸に住む優秀な魔女たちが表裏と待機し、そのようなことを起こらせなかったはずじゃったが……あちこちで人に影響が強く出ているところを見るに、何に邪魔をされておるのか魔女たちにそのような余裕なぞ無いように見受けられる」


 え? は、初耳……。


「魔女が司源を大雑把に扱う性質なのは、こういう緊急時の為でもあるのじゃ。でなければ浄化なぞとても追いつかぬ。ここに至るまでに妾が見た痕跡では……どうやらお主の母が先んじて大陸のあちこちを浄化して回っていたようじゃが――いずれその保険も尽きれば世界も終いじゃな」


 ――――。


「なにせ魔女たちはもはやこの大陸にしか残っておらぬから、ここが魔女ごと完全に失せれば後は堕落の蹂躙あるのみじゃ。妾は器用なだけで魔女のように浄化なぞとても出来ぬ性質の力じゃからのう……手助けなぞむしろ邪魔になるだけでとても出来ぬ」

「……つまり、」

「――いかにお主の母が裏で孤軍奮闘しようとも、たった一人の魔女の力だけではこの大陸もそう長くは保っておられん、ということじゃ。……いつまで保つかは表の魔女たち次第じゃが……まあ表の全てを任されておるはずのシオンが不浄を知らぬ感じられぬという様子では、そう遠くないうちに仲良く一緒にお陀仏じゃろうなあ」


 ――ふぁ!?


「――どうじゃ? 皇女のことなぞ、もうどうでもよくなったじゃろう?」


 怒涛の情報に対して、口から霊魂が飛び出てしまってるのではないかというほどに頭がパンクし、白目で茫然自失となっていた私がそれに答える余裕はまるで無かった――。

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