閑話 第一王子の愉快な勘違い
ルドベキア王子視点。
私にとっての最大の誤算は自身の能力の多寡を見誤ったことだ。
今ならばそう、断言できる。
私が自身を見誤ることとなった原因は、遡ればなんであったか。印象に残っている記憶がある。幼い頃の記憶だ。
関係があるかは分からないが、それを思い出したということは無意識に少なからず思うことがあったからなのだろう。
「ちちうえ。どうしてわるいまじょとなかよくするのですか」
幼い頃の私は新たな知識を得るたびに、それを父王にひけらかし、お褒めの言葉を頂くのをなによりも楽しみに過ごしていた。
実に幼稚な行いだが、父王も分かってない知識を披露出来た時を最も楽しんでいた気がする。
「……む? なんのことだ」
聞かれたくないことを聞かれてしまった、とでも言いたげな表情で取り繕えなかった父王も悪かっただろうが、それを見て真の正義を突き付けるべきだ! と浅はかな妄信をした私も悪かった。
歯切れ悪く返答する父の様子に、私は勘違いしてしまったのだ。――ああ、そうだ。勘違いだ。父は魔女に脅かされているのだ、という。
「なぜそんなことが気になる?」
父王としては強引に話を逸らすために誘導した、意図した話題変更であったろうが、私にとっては更に我が意を得たり! と朗々と語る原因となった。
「こてんのおとぎばなしでしったのです!」
「……ほう」
話を聞く姿勢の父王を見て調子に乗った私は、続けて物語の内容を事細かに父王へと伝えた。王家に伝わる古典に書かれていた内容だ。
思い返せば父が知らないはずはないのだが……それに思い至らず私は話を続けた。
物語自体はいわば勧善懲悪ものと言って差し支えない有り触れた内容だ。……今思えば、どことなく歪で不気味な話だった。
『 むかしむかし、とおいむかし。
かみとひととまじょがともにくらした、
とおいむかしのおはなし。
ひとりのまじょがいた。
まじょはひとにきらわれていた。
まじょはひとにわるさをするから。
まじょはかみにきらわれていた。
まじょはかみにしたがわないから。
あるひ、ひとのこがかみとあいをわかつ。
まじょはこどくになった。ひとりになった。
こわれたまじょはオちた。
くらいくらいばしょに、おちた。
そこでナニかにあった。
ナニかはまじょとこどくをわかつ。
せかいはわれた。まじょがわった。
たくさんシんだ。まじょがころシた。
コろせ。ころセ。
まじょをコロセ。
たくさんシんだ。
たくさんオちた。
ついに、まじょはシんだ。
ナいた、ナニかはオちた。
おちた、オちた。
かみがオちた。
にげろ、ニゲロ。
ひとはにげた。
ねむれ、ねむレ、ナニかよねむレ。
ちのはてでとわにねむレ。
わるいまじょは、もうイナい。 』
所々継承に失敗していたり、訳が不十分であったり、解釈が微妙であったりと諸々が完全ではなかったが、大筋では上記のような内容であった。
「だから、なぜわるいまじょとなかよくするのですか」
とにかく魔女は悪者。そういう殴り書きのような内容である。そうでなければならない、と怨念さえ込められていそうだった。
おかげで私は素直にそれを感じ取り、魔女は悪者なのだという先入観にとらわれることとなった。それを父王に伝えた。
「そうか……」
私の意気揚々とした根拠と疑問を聞いた父はそれだけを言うと、しばし考え込む仕草をした。
魔女は悪いものだ。そんな魔女と呼ばれる貴族と頻繁に会っているのはいくら隠そうが周知の事実であった。幼い私の耳にも届く。
きっと父は魔女に何か悪いことをされている。いつも魔女が帰ると父は隠すことなく死人のように疲れきっていた。助けなければならない。
だが、誰も魔女を咎めない。父に指摘もしない。影では魔女が怖いと言っているのに。だから私が、と声を上げたのだ。
「……ルドベキア王子よ。悪い悪いと言うが、具体的には魔女の何が悪いと考える」
普段は愛称で呼ぶ父が、急に公の場での呼び名で呼んだためにぎょっとしつつ、それでも私は自らの意見の根拠を告げた。
「みながわるいというからきっとまじょはわるいのです。それに、どれほどしらべてもむかしからわるいといわれてるのです。すごくわるいにちがいありません」
「そうか……凄く悪い、か。クク、それがお前の考えか」
「はい!」
父は私の意見を笑って受け入れたうえで、空気を一変しこう問うた。
「――では、お前は周囲が悪者だと考えるなら、この父も悪者であると考えるか?」
「え」
その問いは私にとって想定外であった。想定していたのはいつも通り、父に私の知識を褒めてもらい、最後には悪い魔女を退治してもらう、そんな浅はかなものだったからだ。
「ち、父上は悪者ではありません」
「何故そう言い切れる。お前一人が父を悪者でないと言い張ったところで誰も彼もがお前の父は悪者だと言うのだぞ。それでも父を悪者ではないと信じ、言い切れるのか」
「…………」
その問いは幼子には酷な問いだったろう。結局、私はその問いに答えることは出来なかった。沈黙を選んだ私はもはや答えを無言で肯定しているも同じであった。
沈黙の肯定を選ぶ不甲斐ない私に対し、父はこう告げた。
「――彼女は確かに悪い魔女なのかもしれない」
悪い魔女だと分かっていたのか、と驚いて顔を上げた私が声を上げる前に、すかさず父は言葉を続けた。
「だが、それは私にとってではない。もちろん、お前にとってもだ。この国を語る上で魔女の存在は必要不可欠なのだから」
「ちちうえにとってわるいまじょではないのですか?」
「分かりやすく言えば、そうだ」
悪い魔女だが、父王にとっては悪者ではない。ならば。
「……では、よいまじょなのですか?」
「それは違うな。あいつは悪い魔女だ。間違いない」
歯切れ悪かった父はどこへ行ったのか。とんでもない即応であった。私は再び頭が混乱した。
「ど、どういうことですか」
「混乱するのも無理はない、か。……いつかお前に話す時が来るだろう。今はその時ではない。それまではいたずらに魔女を調べてはならんぞ」
「……はい」
それ以降、父が何かしら手を回したのか、私が魔女に関わる資料に触れることや、件の辺境伯を見かけることは全く出来なくなった。
そのおかげか、興味関心が移ろいやすい幼少期であったことも幸いして魔女のことはすっかり忘れる手助けとなった。
そんな中、私は成長と共に次第に自身が優秀であると気付いた。周囲が一を知るために百の労力を用いるのに対し、私は一を知るために一か、どれほど多くとも十程度の労力しか必要としなかったのだ。
このことで私は勘違いしてしまったのだろう。何故こんな簡単なことが出来ないのか、と次第に周囲の人間に見当違いな哀れみを覚えることとなった。
転機が訪れたのは学園に入学する頃だ。将来の側近候補。学友として会わせられた彼らは、何かに特化して優れていた。
特別優れていると言っても私が一人居れば済む程度だったが。
そんな風に見下す私に、一人ではできることも限られると気付くきっかけを与えてくれたのが彼らだ。
容易に動けない私がそこそこ使える手足を多く持つことは将来の為になるのだ、と。納得し、感心したものだ。
それからというもの、私は一人でやろうとする考えを改め、優秀な者を優遇することとした。それが王となるものの土台に必要だと考え。
その考えの変化を父王に話した。最初は笑って話を聞いていたはずの父王は、何故か話が進むにつれて頭を抱えていたが、私の考案する政策には賛同を示すことから、大したことではないと判じた。
「お前の婚約者が確定した」
「カトレア嬢になりましたか」
「ああ。まあ順当なところだな」
父王はそう言って苦笑いした。
そろそろ建国当時からの功臣であるエーデルワイス家から姫を貰う必要のある時期だ。政治的な観点から見れば既定路線であるのは明らかであった。
「そうですか」
「……他に言うことは無いのか?」
苦い顔をした父が尋ねた。
「言う事、ですか?」
政略結婚はもはや生まれる前から決まっていたようなものだ。今更顔を合わせたことの無い姫との婚約について語ることはないだろう。
あるとすれば、
「……立場をわきまえた、王妃としてふさわしい姫であれば充分かと」
父は無言で天井を仰ぎ、そのまま何も言わず出て行ってしまった。何か失言でもしただろうか、と首を傾げたものの、私が真に父の態度について深く考えることはついぞ無かった。
――カトレアは優秀であった。想像以上に。
期待通り。いや、期待以上と言って良い。私が願った通り、王妃に相応しいこれ以上いないほどの姫であった。
……しかし何故だろう。私は常にカトレアのことを物足りないと感じていた。理由について久々に深く考えてみたこともあったが、全く見当もつかない。
「――悩む者はどうやって悩みを解決するんだろうね」
「珍しいな。君が悩みだなんて」
騎士訓練の休憩をしていたプラタナスを捕まえて、私は彼なら深く聞かずに答えてくれるだろうと確信し質問した。
鈍感ではあるが勘が良い。それがプラタナスだ。だが、勘が良いだけでは足りない。
「私の悩みではないよ。悩みがあるのか、使い物にならないのがいるからだ、プラタナス」
咄嗟の言い訳にしては稚拙であったが、案の定プラタナスは疑問に思うことなく「へぇ」と声を上げただけであった。今はその察しの悪さが非常に助かる。
「私もあんまり悩んだことは無いけど、そういえば妹が何か言ってた気がするよ」
「妹か。確かまだ幼く我儘だと聞いたけど」
「はは、確かに我儘だ。お陰でエリカと会うときには毎回妹が引っ付いてくるよ」
「それは問題じゃないのか?」
「さあな。エリカも気にしてない様子だし、大丈夫だろ」
大らかと言って良いのか、適当なプラタナスの態度に不安を覚えつつも話の先を促した。そしてプラタナスはあっけらかんと言った。
「――魔女に尋ねればいいんだと。魔女は真実のみ語るから、って」
「魔女……」
――どうして忘れていたのか。
深く考え込んで固まった私の目の前でおーい、と手を振るプラタナスの手をバシッと払い、急いでその場を後にした。
向かう先はひとつだ。ばん、と扉を強引に開いた。
「――父上。魔女についてですが、」
「……ついに来たか」
単刀直入に問いかけると、父と、父の周りで仕事をしていた官僚たちが訳知り顔で顔を見合わせた。
そのまま居残るのかと伺うと、気付けばそれぞれがさっさと部屋を退出し、あっという間に部屋には私と父の二人だけとなった。
それを確認し、私は尋ねた。
「……魔女についてですが、」
「待て。それを語るにはまだ時期尚早だ」
だが、父からは待ったが入った。
「まだ、ですか。……それではいつになるのですか」
「ふむ。何故今頃になって魔女に興味が湧いたのだ」
何故。何故か。
「……何故でしょう?」
「おい」
思わず、といった声を父があげた。私も自身の衝動に困惑した。
「知らねばならない、と。唐突な衝動に駆られました」
「いつだ?」
「魔女について、魔女と聞いた時に……」
「やはりそうか」
「やはり……?」
その口ぶりを疑問に思いつつ、それよりもどうしようもなく魔女について知りたいという衝動が溢れて止まらなかった。
自分ではどうしようもない。まるで何かに操られているかのようで自身が自身ではない感覚に陥っていた。
「これは王族の通過儀礼よ。だから詳細はまだ話せん。耐えろ」
「……この状態でですか」
「そうだ。耐えろ。言っただろう? いたずらに魔女を調べてはならんぞ、と」
幼い時の記憶が過ぎった。だが、おかしい。
「ですが、あの時はこんな感覚に陥ることはありませんでした」
「それはそうだ。魔女の気まぐれだからな」
父の言葉の意味が分からない。
苦しい表情なのか、自分でもどのような表情を浮かべていたのかは分からない。だが、父はそんな私を見て気の毒に思ったのか、少しだけ魔女について語ると言った。
「……東に広がる森林地帯は知っているな」
「もちろんです。我が国に横たわる危険な魔獣の生息地ではないですか」
「あれは本来、魔獣の森などではない」
「……別称があるということでしょうか」
そうではない。そうではないのだ、と疲れたような顔で語る父は、遠い昔、悪い魔女が帰った後の父と何故か重なった。
「――あそこには元々、魔女の国があったのだ」
……そこから少しだけ語られた父の話は、真実の一端にしては果てしなく途方もない話であった。気付けば、体中を渦巻く息苦しいまでの衝動は幾許か抑えられていた。
だが、父が全てを語ることは無かった。その話し方からも、まだまだ語るべきことは多々あると示していたにも関わらず。
「――これ以上は魔女の禁戒に障りがある」
真実を知りたければ来年、魔女が訪れた際に聞けばいい、と。
あれから一年ほど。魔女の娘が学園に入学した。彼女を見つけた時、未だに奥底でくすぶる衝動が沈静化するのを感じ取れた。――本物だ。
――本物の魔女だ。
なんとか接触を試みようとしたが、周囲が煩わしい。あの優秀だと思っていたカトレアでさえ邪魔をしてきた。煩わしい。
――私はただ、知りたいだけなのだ。真実を。この衝動の意味を。
機会は思っていた以上に、すぐ訪れた。唐突に。
「――あなたがルドベキア王子ね?」
「あなた、は……」
衝動に負け、彼女の娘に声を掛けてから幾日しか経っていない。厳重な警備を敷いているはずの、王宮最奥の私室にて魔女は音も無く出現した。
……不思議と、この場で殺されそうになったとして、抵抗など出来ない、しない気がした。
「――次の一年生の魔法実践授業。あなたの求める答えの一つはそこで見つかるわ」
「――――」
魔女は次の瞬きの間に、忽然とその場から消えてしまっていた。奥底に渦巻いていたモヤモヤとした苦しいほどの衝動が再び湧き上がってきた気がした。
魔女の思惑通りならその通りだろう。おかげで衝動に抗えず、魔女の言葉に従った結果、私はいくつかの真実を得ることとなったのだ。
――ひとつが、辺境伯一族の秘密の一端が父から明かされたこと。
――もう一つが、その辺境伯一族を知ったことで、今まで己が優秀であると己惚れていた恥ずかしい勘違いに気付かされたこと。
――そして最後に。
最も知りたかったこと、それが次代の魔女から語られた真実だった。
「……ひとついいかな。これは今回の件とは別の疑問なのだけど」
「なんでしょうか」
「完璧であることを物足りないと感じるのは何故だろうか」
口の渇きを感じながら尋ねた疑問は、魔女の衝動に一時かき消され、しかしいつまでも残っていた問いだった。
ここにはまだ騎士たちが残っている。出来れば具体的なことを聞くために人払いしたいが、立場上出来ない。
「――ああ、そういうことですか」
固唾を呑んで答えを待つ私を意に介せず、次代の魔女は淡々とした態度で応じた。そんなことか、と言わんばかりの態度であった。
……彼女の兄、それに親もそうだが、彼女も大概似た者同士だ。
「本当に知りたいですか」
それは、内心を見透かしたような問いであった。迷いを感じ取られたのだろう。私は深く頷き肯定した。
この機を逃せば、次の会話がいつ出来るか分からない。
今後魔獣関連の後始末で忙しくなるのもそうだが、気軽に会っている父や当代の魔女とは状況が違う。会うにはどうしても私の立場上の問題が根強いのだ。
そうして全てを理解しているとでも言いたげな態度で、次代の魔女は皆まで言わずとも欲しい答えをくれた。
「――完璧であると思い込んでいるだけ、とんだ勘違いですわ。元から完璧などではありません。完璧でいることは生物にとって不可能なことですから」
おそらくこの場に居る者は、彼女が私に対して私を指して痛烈な言葉を浴びせていると思い込んでいることだろう。
だが、そうなることも理解した上で私は問うた。そして魔女は答えた。
「……そうですわね。いつも同じ状況でしか見ていないから完璧であると思い込み、勘違いするのです。それはひとつの側面でしかありませんわ。物足りないのは、完璧でない部分を無理に補完してしまったせいでしょうね」
「どうすれば修正出来るだろうか」
「剥がす……つまり、全く違う状況に陥れば違う見方も出来るでしょう」
「なるほど。それはそうだね」
ここら辺で周囲の頭上に疑問が浮かんだことだろう。察しを付けられる前に会話を終わらせることにした。
「ありがとう。参考にさせてもらうよ」
「こちらこそご迷惑の代わりになったか分かりませんが……」
そうして彼女は退出の為に立ち上がり、足取り軽く去ってしまった。
「――ああ、そうですわ。乗馬と下町。それが進展の鍵ですわ」
――とだけ言い残し。どうやら全てお見通しだったようだ。
……なるほど。魔女の語る真実。とても参考になった。
後日、魔獣騒動が落ち着いた頃、私はカトレアとお忍びで乗馬で視察に出掛け、ちょっとした事件に巻き込まれながらも有意義で素晴らしい数日を過ごすことが出来た。
おかげで愉快な勘違いと、曖昧であった自らの心を知る機会を得られ、父王にも王太子として成長したと喜ばれ、後に魔女がもたらす苦労以上に幸運が重なり、生涯魔女に感謝することとなったのであった――。




