04: 提案と策略
やっと人族登場です。
「……王の、血。……私を、殺しにきたの?」
リリアはレオンハルトの腰にある重たそうな剣を、恐る恐る見ながら尋ねた。
てっきり混乱するかと思ってたために、予想外の返答に思わず疑問で返す。
「殺しに……?なぜですか?」
「だって、王様の血が流れてる人が他にいたら、争いの元になっちゃうでしょ……?」
ああ……なるほどそういうことか、とレオンハルトは納得すると同時にリリアの賢さに嬉しくなった。
人族の王位をめぐる争いを知ってそう考えたのか、と。
レオンハルトだけでなく天の民は皆、リリアにーー王の血を引いている方に対して、殺すどころか剣を向けることすら、考えたこともないに違いない。
自分の敬愛する神に、望んで歯向かう愚か者がどこにいるのか。今後、"あり得ない"という意味の慣用句として使えるくらい、あり得ないことだ。
「確かにそうですが、我が国にはもう王位を継げる方はいらっしゃいません。それに、我々が王の血を引いている方に剣を向けることなどあり得ません」
「王様、いないの?」
「はい。4年前から王座は空席のままです」
「じゃあ王様になって欲しくてきたの…?」
コテン、と首を傾げながら不安そうに言うリリアが可愛くて、つい笑みがこぼれそうになるが、真剣に聞いてくる彼女の手間で笑う訳にもいかず咳払いでごまかす。
「んん"っ…いいえ、貴女に王になることを強要するつもりはありません。無論、なって欲しくないと言うと嘘になりますが……。それと、この山に来たのは偶然ですーーが、今では貴女に会うための必然だったと確信しております。ああ、きっとこれを運命というのでしょうね。貴女と会うために、俺は国外を歩き続けていたのかもしれません」
「……う、ん?」
「あれ、今どんな話だったっけ……?」とリリアが小さく呟く。
ーーしまった、彼女との出会いがあまりに奇跡的で、つい、溢れる思いが言葉に出てしまった。
レオンハルトは話の筋を曲げたことに気づき、「……失礼しました」と前置きして、
「貴女が王になりたくないならそれを受け入れます。この山に住み続けたいのであれば、それでも構いません」
ーーもちろんその時は、この山ごと我が天の国の領土とするつもりだが。
「貴女の思うがままに、なさって下さい」
リリアは、「むー……」といいながら小さな顎に手をあてて考えこんだ。
いきなり王位につけるといわれても困るのだろう。天の国の存在すら知らなかったようだしな……。
だがーー、とレオンハルトは窓の外をちらりと見て思考を一旦停止する。
外の景色は、オレンジ色に染まりつつある。
ーー時間がないな。
「ーー申し訳ありません、先程好きになさっていいと言ったこの口で、貴女に提案する無礼をお許しください」
「どうしたの?」
「今後のことを考えるのは、我が天の国に一度帰還してからにして欲しいのです」
どうして?と首を傾げるリリアに、優しく諭すように話す。
「……ここは、貴女が思っている以上に危険です。ここに来る前に不届き者たちが山には化け物が住んでいると話しているのを聞きました。おそらく、この緑豊かな山を不思議に思ってのことでしょうが……。化け物には化け物を、と思って私を向かわせたのだと今では分かります」
" 化け物 "という言葉を聞いて、悲しそうに眉をひそめる彼女を見て、人間への怒りが募る。
「人間は、欲深い生き物ーーなにをするかわかりません。どうか、貴女の安全を確保するためにも私と共に一度国に戻って頂きたい」
「……ローたちも、一緒に連れていっていい……?」
「もちろんです」と返す私に、彼女は振り絞るような声で共に行くことを了承した。
一方、時間はレオンハルトが山に入って少ししたころまで遡る。
天の国の男に噂を流した村人ーーに装った領主は、国王のところまで足を運んでいた。
「そのほう、面をあげよ」
「ははっ。この度は突然の訪問に対し謁見の機会を頂きまして、誠にありがたく存じます」
「よい。ヘリオス卿、そなたは天の国との国境の領地を任されている領主であったな。緊急の用とは、何かあったのか」
「はっ。数日前から天の国の者の思われる男が国境周りを散策していると村から連絡がありまして、裏切り者を探しているのかと思い、例の山の噂を流し、その男を山に誘導いたしました」
「例の山というと……天の国の者が住んでいるかもしれないという、あの山か」
「はい。天の国の者は自国の信じる神に対してかなりの宗教心を持っているようなので、」
「わざわざ国から出て、人間の土地に住んでいる者を裏切り者と判断して処分する、か」
「化け物には化け物を、ということだな?」とニヤニヤ笑いつつ、国王は領主を誉めた。
「だが、山に住んでいる方が強かったり、処分しなかった場合は如何する」
「山に住んでいるのは女と子供だと聞いているので、そちらの方は心配ないかと。そして、処分しなかった場合についてなのですが、実はその事で国王様に相談しに参った次第でございますれば」
「相談だと?」
「ははっ。万が一のために軍の一部を私に貸して頂きたく」
「ふむ、細かく申せ」
「はっ。仮にその男と結託し、国境を超えることがあれば、我々は山に住んでいた天の国の者を捕らえる口実を得られるのではないかと考えたのです」
「うむ、確かに必要な納税を納めていない者が国境を超えることは国家間で禁止されているからな。……しかし、奴らが人間の法など守るとは思えんぞ」
「はい。そこで、軍が必要となるのです。見事女子供を捕らえられれば、そこにあるのは我がカルバート王国の軍事力の増大!天の国の化け物を量産し、いずれはグリホート大公国にも遥かに勝る大国となるのも夢ではありません!」
住んでいる間に捕らえてしまうと、その者の罪は未納というだけの軽い罪で終わってしまう上に、その処分は領主が行う。
しかし、未納の状態で国境を超えることは国同士の間で取り決めたことであり、その罪は重く、また、その処分はその国の王がすることになる。
ーーなるほど、なかなか頭のきれる男だ。
「そこまで考えておったとは!あっぱれじゃ!よし、見事捕らえた暁には、好きな褒美をとらせよう!」
「ははっ、ありがたき幸せに存じます」
こうして、軍を率いた領主は、城で文官になるという夢を脳裏に描きつつ、一歩一歩着実に山の麓の国境へと向かうのであった。
人の醜いところはスラスラ書ける不思議。
自分だったら、と想像がしやすいからかもしれません。………あれ?私、最低じゃね?