動き出した悪夢
「よくぞ戻った。『水の勇者』よ。此度はご苦労であった」
「……ハイ、ありがとうございます、王様」
謁見の間。
アルフィはいつもと違った勇者らしい凛とした雰囲気を纏って王様の前で片膝を着き、深々と頭を垂れる。むろん、俺とフロレンティーナもその少し後ろで同じようなポーズをとっている。
「騎士・クロウも魔導士・フロレンティーナもそれぞれご苦労であった」
「……勿体なきお言葉」「み、右に同じく」
騎士、か。王様からすれば未だに俺は騎士隊の隊長なのだろうか。
王様の隣には、例のごとく機嫌の悪そうな顔をした宰相のヘルマン・フォン・ダールベルクが控えている。どことなく、俺が旅に出る前よりも頬がこけている気がするのは気のせいではないだろう。
「……王も私もあまり時間がない。手短に報告を済ませろ」
それならわざわざこんな大層な謁見スタイルなんて取らなくていいのに……。精々、親父に報告をすればそれで済むと思っていたが、親父は留守で、代わりに宰相が無駄に気を聞かせて謁見の時間など作ってくれたのだ……周りには偉そうにするばかりで暇を持て余した貴族たちに、数人の護衛の騎士が控えている。パスティ達の姿はない。
「オッホンッ!……まぁ、時間など気にせず楽にせよ水の勇者たちよ…………宰相に聞いた話では、魔王と接触が合ったとのことだが?」
「!……はい。ボクたちは魔王と戦い……そして…………敗れました」
ざわ、と会場に居た貴族たちに緊張が走る。アルフィの実力は、俺が居ない間にやっていたと『勇者の試練』とやらで王様はもちろん、貴族たちの間でも評判である。
王様はそのざわめきを無言の圧で制すると、再び言葉を続けた。
「して勇者よ、其方の目からして魔王とはどのような人物に思えたか」
「はい。魔王は妖艶で、美しい容姿を持っていましたが、それは見かけだけで、恐ろしい戦闘力と残虐性の持ち主でした。ボクは、ボクは……最後まで一太刀も入れることが敵いませんでした」
「一太刀すら……!?」
馬鹿、自分の株を落とし過ぎだ!
王様の目には驚きと、明らかに失望の念が混じっていたので慌てて声を出す。
「王様!魔王が持っていたのは『炎の勇者』のみ扱えるとされていた『レッド・ブルトガングの剣』に、『土の勇者』が持つはずの『グランド・イージスの盾』でした。それらの伝説の武具を魔王は完全に使いこなしていたのです!」
「なんと!……魔王が『炎の勇者』の剣に『土の勇者』の盾を……?」
再び城内にざわめきが起こる。今度は驚愕よりも焦燥や恐怖といった感情が強い慌てた話声であった。すぐに、ヘルマンの一喝で場は静かになる……。
「むむむ……炎の勇者たちが敗れたとの知らせは聞いていたが、その武具が魔王によって利用されていたとは……騎士・クロウよ。其方の見立てでは、その件の伝説の武具を携えた魔王相手に、我が国はどれほど戦力を投入すれば討伐しうるだろうか?」
王様が肘置きに手をついて俺に向かって問いかけてきたので、唇を一度湿らせてから頭の中で話す言葉を選んで口を開く。
「……恐れながら、王様。今の王国の戦力では消耗させることはできても、討伐は些か難航するかと……」
「…………それは、お主の父、ジーク・クライネルト率いる近衛騎士団やそこのニクラス辺境伯の指揮する魔導士隊の全軍をもってしても難しい……そう発言したと受け取ってよいか」
最強を誇る王国騎士団ですら勝利は難しい。そう言った俺に対して、王様は鋭くどこか冷えた声音で問いかけてくる。
冗談でした。などという言葉を今ここで口にすれば、問答無用で首を跳ねられてしまいそうな、そんな緊迫した空気が流れている。しかし、答えは…………。
「……はい。問題ございません」
再びざわつき始める貴族たち。手も足も出ずにアルフィが負けた時点で並みの騎士では用意するだけ無駄だろう。
宰相は王様と2,3耳打ちで言葉を交えていたが、やがて正面を向いたので周りも空気を読んで静まり返る。
「細事を報告せよ!!」
「つ、疲れた~……」
「だな……」
すっかり日の落ちた空を見ながら城を出ると、大きく息をついてうなだれるアルフィ。思いのほか長く続いた質問攻めに、俺もすっかり体中凝り固まってしまったようだった。まぁ、確かにあの場の雰囲気は何度経験しても緊張する。
こんなに疲れたのも、あの宰相……ヘルマン・フォン・ダールベルクのせいだ。時間がないと言っておきながら、四天王とやらの一人も倒せてないのかとか、道中の金はどう使ったのかとか、聞かれたくない質問を根掘り葉掘り聞いてきやがって……。その上に、そういう質問ほど詰めてくる……。おまけに顔が知れていて話を振りやすいからか途中から、ほぼ俺にばかり質問が飛んできて!
喉が少し痛い。絶対、あれはソフィアの婚約破棄の件でたまったストレスの鬱憤晴らしもまじっていたな……。そのソフィア本人は父親に会うのは嫌だとか言ってコンを連れてさっさと宿屋に行ってしまったというのに……。
「本当にそうね……それに体よく面倒ごとまで押し付けられちゃったし……」
そう!あの説教親父……こっちの失態をしつこく追及するだけじゃ飽き足らず、アルフィの勇者としての資格を今一度確かめる必要がある~とかなんとか難癖つけて『厄介な魔物の退治』まで命令してきたのだ!クラーケンを倒したとか、冒険者を救い出したとかその辺の功績にはちっとも耳を貸さなかった。
「ううん、今は騎士団の人たちもみんな忙しいみたいだし、ボクが力になれるならちょうど良かったよ」
「お人よし過ぎよ、アルフィ」
「そうだぞアル。お前が馬鹿正直に失敗も話すからこっちはフォローするのが大変……?」
……ジトリとした嫌な気配を感じる。
それは、城の方からか、或いは街の方からなのか、好奇心によるものか殺気だったものなのか、どちらとも言えないような得体のしれない視線であったが、纏わりつくような嫌な視線だ。アルフィも、視線に気が付いているのか俺と目を合わせて口を結うとわずかに頷いた。
「?どうかしたの、二人とも」
「いや、とにかくアル。お前も昔ながらの街に帰って来て浮かれてるんじゃないか?」
「……うん、そうかも」
「そうだろ、綺麗な夕陽でも見て落ち着いたらどうだ?」
門を出たのとほぼ同時に、俺はフロレンティーナを腰から掬い上げるように抱えるとアルフィと二手に分かれて路地の方へと飛び込んだ!
「ヒャア!!?ちょ、ど、どどど、どうしたの!?クロウ!?!?」
「つけられてる」
「え?」
フロレンティーナが後ろを振り向くと、どうやらちょうど黒い影が俺達を追って路地に飛び込んできたらしい。さっきまでハッキリとしていなかったその陰影が夕日に照らされ姿を現していた。黒いマントを羽織った不気味な追跡者……フロレンティーナの俺にしがみつく力がわずかに強くなり、首がキュッと締まったような感覚を覚える。
「ど、どうするの?」
「撒くか……或いは仕留めるしかないな」
「……そう、わかったわ」
相手が何者かはわからないが、味方でないことくらい態度でわかる。
茶色い階段を数段飛ばしでジャンプするように降りていき、続いて、洗濯物で視界の隠れていた路地を曲がって、見えてきた樽を踏み台にして塀を上る。地の利はある。それに、アルフィと落ち合う算段もついている。複雑に入り組んだ道を右へ左へと縦横無尽に駆けまわるが……駄目だな。まるで背中に張り付いているように撒けやしない。
「……相手はかなりの手練れだぞ」
「……任せて、ウィンド!」
ビュオっと突風が吹いたかと思えば、後ろの方で物が崩れた音がする。どうやら、外に置かれていた積み荷を崩して道を塞いだらしい。
「トースカ!」
ちかッと視界が明るくなったのと同時に、自分自身の気配が薄くなったのを感じる。五感による察知を無効にする色々な意味でやばいフロレンティーナの操る変態魔法……もとい、秘術である。
「流石だな」
「ええ、今の内よ」
得意げに笑うフロレンティーナ。
走りながら、徐々に相手の気配が遠くなっていくのを感じる。路地を出て大通りに出ると人の波を縫って走り影の中を走り抜ける……。
やがてとある建物の屋上にやってくると、そこには額の汗をぬぐい、俺達の姿を確かめて微笑むアルフィの姿があった。
「お疲れさま、二人とも」
「あぁ、あいつらは……」
「うん。置いてきちゃった」
……まぁ、アルフィが本気になって走れば誰も追いつけないか。そんな俺とアルフィを見てフロレンティーナは不思議そうな顔をする。
「ねぇ。どうして、ここで落ち合えるってわかったの?」
「ん?あぁ、いや、別れ際に言っただろ。夕日の綺麗な所だって」
そう、アレは我ながら良い機転だったな。この街で夕日がきれいな所と言えばこの展望台の屋上。ここ以外にはない。俺とアルフィが初めて出会った思い出の場所でもある。幼少期から鍛えられた俺たちの阿吽の呼吸さえあれば……。
しかし、え?とアルフィは素っ頓狂な声をあげた。
「あれってそういう意味だったの?ボク、本当になんとなーくここかなって……あはは」
「……まぁ、結果オーライだ。それより今は、城を出たときから追いかけてくるアレについて話を…………っておい、アル。本当に撒いてきたのか?」
「う、うん、そのはずだけど……」
「どうかしたの?」
「……ティーナ、ボクたち囲まれちゃってるよ」
「えッ!?」
姿勢を低くして注意深く屋上から路地を眺めると、壁の隙間から凝視しないと気が付かないほど小さな黒い影がいくつもこちらを伺いみている……。初めは複数の人だと思っていたこの気配だが……この感じ、人間じゃ……ない?
「どう思う、アル?」
「……うん、たぶん相手は人じゃない『何か』だよ。魔物……だと思う。それに、何となくだけど、今飛び出していくのはとってもマズイ気がする……」
アルフィから明確な黄色信号が出る。
こういう時のアルフィの勘はまず外れない。飛び出したら何かマズイことになるのだろう。ただ、向こうから攻めてくる様子はなく、ずっと影に身を潜めている……こうなると籠城戦になるが、かといって、ずっとこんなところに居るわけにもいかない……。
「……ティナ。魔力の隠ぺいを頼む」
そう俺が口にすると、ティナもアルも驚いた顔をした。
「……クロウ。あなた囮になるつもりじゃ……」
「まさか、これを使うのさ」
そういって、取り出して見せたのはピンク色の輝く宝石、転移石。
二人は顔を見合わせると、声を出さずに口を開けて転移石を指さした。
早速、魔力の隠ぺいを受けると、転移石に魔力を込めていく……。そうだな、行く先と言えば……ここくらいしか思いつかないが……。
徐々に景色がゆがみ、転移特有の頭がクラクラとした気持ち悪さを味わったかと思ったら……!!
ぱっと、目を開くと、そこは帝国領カイサの街……
俺達3人はブロンシュ達の住む屋敷の目の前に転移していた。
「……成功か?」
「そうみたいだね」
辺りは、俺達が居た街よりも随分と暗い。日の沈み方が違うのだろう。
……心なしか、腹も減った。
「とりあえず、今日のところはこの帝国領で……」
瞬間、黒い影が二つ跳躍し、物陰の方から飛び出してきた!!
こんなところまで追ってきたのか!?
俺もアルフィも咄嗟に腰に下げていた剣を握るが、その影の正体が、見知った二人だと気が付いたために、手を止める。二人からの殺気はない、なんせ……!?
「ブロンシュ!?」「ジルヴィ?」
飛び出したのは妹分のブロンシュ・バルベルと、眼帯を着けたイケメン女ジルヴィ。二人は素手のまま俺に向かって飛びついてくると……。
「おっし、捕まえたぜ!!」
「はよ!それ奪うんやジルヴィ!!」
「はぁ?おい、ちょっと、お前ら!!?」
二人は俺を逃がすまいとがっつりと抱きつくと、大きなお山がぶつかってきて形がぐにょぐにょと変わる!?しばし、幸福感に包まれていたがその隙にジルヴィはサっと俺が首に下げていた転移石を奪い去った。そして、よっしゃー!とブロンシュと二人で俺越しにハイタッチをかましている……。俺はそんな光景を見てただただ呆然と立ち尽くすしかない……。
「ど、どういうつもりだ!?」
「どうもこうもあらへんよ、兄ちゃん」
すーっと、息を吸うと、ブロンシュは赤い目でこちらを上目遣いに見つめたまま、びしっと指さした。
「……兄ちゃんが悪いッ!!」




