もう一つの家
「にーちゃ、きたー」
「夜ご飯の匂いにつられてやってきたにゃー」
屋敷の扉を開くと早速盲目のエルフ少女・アリアと耳の片方ない猫耳少女・リムが現れ、その小さな手で俺達を中へと引きいれる。
「いや、俺達はだな……」
そして、食事が終わったらしい子供たちで騒がしい食堂に通されると早速子供たちがアルフィやらフロレンティーナの元へとごった返してくる。
「あ、ユーシャだ!」
「せんせーもいる!」
「久しぶりー!食事中ごめんね?」
「せ、先生……!?」
……フロレンティーナは何をときめいてるんだ。
そうして誘導されるがまま俺達は椅子に座ると、アリアとリムはニコニコ顔でパッと手を開いて俺へと向ける。そっと手を乗せると、ちがうー!と怒られてしまう。
「おみゃげ~!」
「え?」
「『像の人』が次来るときは、お土産持ってくるって言ってたにゃ!」
……言ったっけそんなこと。言ったような……気がする。
しかし、今の俺達は慌てて転移してきた身だ。そんなものは用意していない。
「お土産な。あぁ、お土産……」
一抹の望みをかけてアルフィとフロレンティーナの方を見てみるが、二人は他の子供たちへの対応で忙しいらしくこちらの話すら聞いていない。まぁ、そもそも二人も俺と同じでそんなものを準備する暇はないか。
「……まぁ、おいおい……な。うん、おいおい」
「おいおい?」
「おいおいってなんにゃ?甘いものかにゃ?」
「ほらほらどいたどいた。アルフィ。フロレンティーナさん、それから兄ちゃん。あまりもんで悪いけど……」
っほ。何とか誤魔化せたぞ。次来るときは確かに用意しておかないと。
ブロンシュが持ってきたのは大皿に乗った大葉と鳥の唐揚げに何かとろりとした粘り気のある透明なソースの掛かった代物だ。それから、白い米にサラダ、セロリのポタージュ!
良い匂いがする……!早速手を合わせてマイ箸を持ち……空いてきていた腹の中へと唐揚げを放り込む。うんうん、甘酸っぱいタレがサクサクのから揚げと絡んで絶妙な脂がしみだしている。そこに追撃とばかりに白米を放り込むと口の中は幸せだった。
「ん~美味しいね!ここの食事はブロンシュが作ってるの?」
「そやで、ウチとマリー、それから子供たちと一緒に」
「へぇ、大した腕ね」
「やっぱうめー」「なんかさっきより美味し~」
「こらこら、みんなはもう食べたやろ。はよ、あったかいうちにお風呂入っとき」
「え~」「ゆーしゃたちとお話したいー」
「みんな疲れとるからあとでな、後で」
「ちぇ~」
ブロンシュが子供たちを風呂場へ誘導すると入れ違いでマリーやジルヴィもやってきた。トレイに乗せたティーポッドとカップを持っていて、カップに中身を注いでくれると右手側に配ってくれて、それが終わると俺達のすぐ近くの席に腰を下ろした。
「ジルヴィ、マリー……悪いな、突然晩御飯までご馳走になって」
「いいさ。お前らなら」
「……そういえば敵の急襲を受けたんですよね?アルフィさんたちが逃げ出すなんて、どんな相手だったんですか?」
アルフィがスプーンを加えたまま腕を組んで上を向いた。
「うーん、ふぁんふぁか……よふわふぁらないんふぁよね」
「え?」
「あ~、よくわからないって言ってるな、たぶん」
「そうなのか?」
ジルヴィに翻訳してやると、アルフィがうんうん頷いてグッと親指を俺に向ける。なんのグッだよ、なんの。
「……私たちを追いかけているときは黒装束を纏っていたけれど、複数の魔物だったのかもしれないし、或いはそれ以外の『何か』だったのかもしれない……」
「よくわからない連中に襲われたのでとりあえず逃げた、ってことか……ま、下手にやり合うよりはいい判断だと思うぜ」
と、そこまで話を進めているとブロンシュが一人で戻ってきた。子供たちはみんな、あのバカデカい風呂に入っているのだろう。
「……最近、クート帝国でも密かに話題になっとる『神隠し』が関係しとるかもしれんな」
「あぁ……アレか」
「神隠し?」
「あまり公にされてる情報ではないんやけど、この帝国領では最近人が突然消える事件が多発しとるんよ。てっきり、アホな輩が人攫いでもして奴隷売買でもしとるんかと思ってたんやけど、その奴隷までもが奴隷商ごと消える事件が起こってますます不可解やねん、あ、マリー!ウチのは砂糖入れて!」
「はーい」
「ありがとな~」
マリーに入れてもらった紅茶を喜んで口につけるブロンシュ。そして、長い睫毛を閉じるとはぁと息をついて俺達に向けて笑顔を見せた。気を張った話の最中なのに、なんだか力が抜けるというか……。
「神隠し……私たちが関わった依頼も似たような事件だったわね」
「地下水道の時やな。あんときの事件も謎が多いねんな~。消えたと思った冒険者37人と一般人13人も未だに見つかってへん。兄ちゃんたちが救い出した4人以外一人もや……なんかおかしいねんな~」
「えっ?消えた人が見つからないって……」
アルフィの問いにジルヴィが答える。
「……金が目当てなら貴族のお嬢様一人でも攫えばいいさ。奴隷としてってことなら、少なからずどこかの闇市なんかでそういう話が流れてくるはず。なのに、これだけの人数、誰一人として死体すら見つからない……」
「ほんまに規則性もなく突然人がいなくなるねん。例え裏に魔王とやらが絡んどったとしても、こっちは『神隠し』いう他ないやろ?」
「はぁ……」
広い湯船に身体を沈めて大きく肺の底から息を吐く。
腹も膨れ、疲れた体に暖かいお湯。なんだか足先から脳天までふやけていくような気分だ……今日も……
色々なことが有り過ぎた。
魔王は人を攫って何をしているんだ?
生贄や人体実験……様々な理由が思いつくが、どれもこれも推測の域を出ない。魔王の目的がわからないからだ。
魔王の噂は耳にする。耳にするが、どれもこれも眉唾の情報ばかりで、直接的な被害が出たのはサンザラク大橋を落としたとか、魔王の顕現によって魔物が活性化したとか、そんな話しくらいだろう。しかし、今回の話を聞いて
俺達の知らない水面下で『何か』が起こり始めているという気がした。
それに、今日あったのはそれだけではない。
ソフィアの婚約解消に、俺の騎士隊の解散の話……ん?待てよ、ソフィア!
「アイツ、俺の家に泊るとか言ってたな。そういえば……」
となると!今も家で俺のことを待っているソフィアとコン、それから話を聞いていたであろうお袋の姿が目に浮かぶ!?ザバっと湯から飛び出すと、風呂の戸を開け「きゃ!」「うわ!」
「す、すまん!」
カラカラぴしゃんと、急いで戸を閉じる。
……なんか居た。
いや、間違いない。あれはジルヴィとマリーのマルール姉妹!
その二人が、服を脱いで、今まさに全裸にならんというそんな途中だったのだ。先に俺に入れと言ってくれていたはずなのに、な、なぜ……?
「お、おい!俺はまだ風呂に入ってる途中だぞ!」
「だからですよ!」
へ?カラカラとゆっくりと扉が開くと、湯煙に隠された中から二つの人影が姿を現す。
一つはジルヴィ・マルールのモノ。
眼帯を外し、やや白んだ目をした左目を晒しながらも日に焼けた肌と子供の頃に負った擦り傷、それに、なんだ、素晴らしいプロポーションを恥ずかしそうにバスタオルに包み、俯いている。
もう一つは、マリー・マルール。
その三つ編みにしていた金色の髪を降ろし、その姉とは対照的に白い肌、そして脚も腕も折れそうなほどにキュと締まりスレンダーであったが出るとこはちゃんと出ていて女らしい色気があった。
二人はツカツカと黙って俺に近づくと、その背中を押してポスンと木の椅子の上に座らせた。そして、後ろの方で黙って石鹸を泡立て始める……。
「え?え?」
「お姉ちゃんと一緒に、疲れたお兄ちゃんの背中を流してあげます♪」
「あぁ、そういうことか……って、そうじゃないだろ!?うひ」
ピチャっと、マリーの冷たい手が俺の背中に触れる!
当たり前だが、俺の知っている昔のマリーとは違って、その手は柔らかいながらも繊細で心地の良い『変な気を起こす』ものである。
「お、おいマリー!?」
「ほら、お姉ちゃんも」
「や、やっぱりマリー。や、やめないか?な、なんだかオレも目のやり場に困って……」
「何言ってるの!お姉ちゃんの嫌ってるそのおっきいおっぱいを十分に使う機会じゃない!」
「うおぉ!?」「ひゃあ!!」
ぬおおおおお!?
何か、何か何か何か!?背中にむぎゅむぎゅぬるぬると何か当たってるぞ!?ヤバいぞ!?俺のカメさんがリバイアスブレイドしかねないぞこれは!?
「おい、おいおいおい!まて、シャレにならないから!もう良いから!気持ちは受け取ったから!?」
「えー、昔はよく洗いっこしたじゃないですか!」
「それは小さかったからだろ!」
「せ、背中、硬かった……!」
「どうしてこんなことを?」
あまりにも刺激の強い洗いっこも終わり、気恥ずかしいムズムズした気持ちを抱えながらマリーたちと湯船につかり、明後日の方向を見る。
「クロウお兄ちゃんと、昔みたいにお風呂に入ってみたくって……」
「あのなぁ……昔みたいにってのはもう無理だろ?二人ももう大きいんだし」
「そ、そうだぞマリー!大体、こいつは男で、オレたちは……女、なんだしさ」
おい、やめてくれ。その表情は俺に効く。
……切なそうに、自らの身を抱くジルヴィ。なんかエロい。
「……でも、懐かしいなぁ。お兄ちゃん、昔もこうやって私たちがお風呂に入っていったら、今みたいな声上げてたよね?」
「……そういえばそうだな」
「そうそう。オレも面白がってこいつの風呂場によく突撃してたな。アハハ!」
そう、こいつら俺が嫌がるのを楽しがってお風呂に突撃してくることがあった……。その度に肝を冷やしたものだが、あの時は別に平べったいチンチクリンたちだったので全然気にならなかったな。しかし、今は……
「……」
「あ、お兄ちゃん。エッチな目してる」
「な、ななな、何言って……」
「……そ、そんなに裸が見たいなら、オレの、その、見るか?」
「へ!?」
……やや上気した目で、こちらを流し見るジルヴィ。
バクバクバクと突然の申し出に心臓が跳ねまわっている。
血液が猛スピードで流れ、目の前の景色がやたらとはっきりと見える。
し、しかし、恋人もろくにいなかった俺に、こんなチャンスもしかしたらもう二度と……!
ごくっと生唾を飲み込んだ。
「その、よ、よろしいのでしょうか?」
「……じょ、冗談に決まってんだろ。な、何マジな目してんだよ!バカ!」
バチっと背中を思いっきり叩かれる!?
いってー……生身には冗談じゃすまない一撃であったが、くぅう身体より、なんだか身内のジョークにそそのかされた心が痛い。
「く、そ、そんなことだと思ったよ!じゃ、じゃあ俺は上がるからな!」
もうヤダ。恥ずかしくて死にたい……。
ザバっと身体を湯船から出すと急いで風呂場を後にする。くそー、俺のガラスのハートをもてあそんで楽しいのかよ。くそ―。
「……お姉ちゃんって……ヘタレだよね」
「……うぅ、うっせ」
ブクブクと、真っ赤になった顔を湯船に埋めるジルヴィであった。
「ブロンシュ!」
バンと扉を開けてやってきたのはブロンシュの執務室である。
暗い部屋の中で小さな明かりを頼りに何か書いていたブロンシュが、俺の存在を確認するとペンを置いた。って、あれ、眼鏡?
「お前目悪かったか?」
「あ、これ?にへへ、似合うやろー。小さい字も良く見えるからたまに使うねん」
「まぁ、似合ってるな」
いつもは優しそうなイメージの強いブロンシュだが、そのメガネの存在がどこか知的なイメージをプラスしてなんとも似合っている。
今日は兄ちゃんに見せたかったから着けたー。などと健気なセリフを吐いてくれたのも満点だが、今はそれより。
「ブロンシュ。『転移石』を返してくれないか?」
「……」
俺が目を向けたのはここに来て早々ブロンシュ達にかっさらわれたピンク色の石、転移石だ。
ブロンシュははぁ、と大きなため息をつくとやれやれと大げさに首を振った。
「兄ちゃん……そもそもなんでこれが没収されたかわかっとるんか?」
「……俺が中々この屋敷に帰って来なかったからか?」
「そや」
どうもブロンシュ的には俺が約束をしておいて10日あまり放ったらかしだったことが気に入らないらしい。
「さっきも説明したかもしれないが俺達はずっと海の上を進んでたんだよ。そんなところから転移したら元の場所に戻れないだろ!」
船の上で転移して、まだ船の上に戻ろうとしたところで、あるのは一面の海。あっという間に溺れて死ぬのが目に見えている。それに、この石による転移も大雑把というかあまり細かい場所には移動できないみたいで、街とか名所みたいな指標がないと転移できないのみたいだった。
「それはそうやろうけど……ウチらもずっと兄ちゃんが帰ってくるの楽しみに待っててん!やから兄ちゃんが悪い!」
机を叩いてほっぺを膨らませながら猛抗議してくるブロンシュ。こっちの正論は聞かないというようなそんなスタンスが窺える。理屈よりも感情なのだろう。
「……ブロンシュ。俺が悪かった。とりあえず、一旦でいい、俺の家に帰らせてもらっても良いか?」
「なんかあるん?」
「何って、家でお袋がご飯を作って待ってた可能性があるから、一言こっちに泊ると言いにに行こうと」
「あ……」
そう俺が言うと、ブロンシュはハッとした顔をする。
「そ、そらあかんな。うん。兄ちゃんのお母さんが……」
「あぁ……まぁ一言言ったら帰ってくるからさ」
そういうとブロンシュは意外なほど素直に引き出しにしまっていた転移石を出してくれた。
席を立って、こっちまで持ってきてくれたので、手の平を出して石を受け取ろうとすると、ぎゅっとブロンシュがそれを握ってひっこめる。
「あ、ごめ……」
「……なんなら、ブロンシュも一緒に行くか?」
「え?」
驚いたようにその赤い目を見開くブロンシュ。なんでそんなに驚いてるかはわからないが……。
「ちゃんと可愛い妹分だってお袋に紹介するぞ?ま、お袋なんか紹介してもらってもしょうがないかもだけど」
眼をぱちぱちさせた後、顔を赤らめるとにぃっと笑顔を作って、次には歯を出して笑いは始める。
「……う、ううん!ありがとう兄ちゃん!……でも、今日はやめとくわ、まだ、なんか心の準備が出来てないというか……にへへ」
「なんだよそれ」
「はよいってあげなな!はい」
「そうだな……ブロンシュ」
ブロンシュの手から転移石を受け取った。
だが、どこか寂しそうなブランシュを見て、もう反対側の手をそっとブロンシュの頭に手を置いて、ゆっくりと動かす。
ブロンシュにとって、家族とはジルヴィやマリーここの子供たちのことを言うのだろうが、彼女たちはブロンシュと同じように全員身寄りがない。だから、俺のいうお袋がという言葉に、想定外な気持ちと、或いは……羨望や嫉妬のような感情を抱いたかもしれない。
俺はそれを誤魔化してあげるように、頭を撫でた。
「な、なんなん兄ちゃん」
「まぁ、何となく」
「なんなんそれ~……にへへ」
ブロンシュはくすぐったそうな笑みを浮かべていたが、甘えるように目を閉じてそれを受け入れてくれた。
「クロウ、あなた一日に2回も転移なんて使って大丈夫なの?」
「……まぁ大丈夫だろ」
「無理そうだったら、ボクの魔力を使ってよ」
「わかった」
ぎゅっと転移石を握ると、俺にひっつくアルフィとフロレンティーナ。
一人暮らしのアルフィはともかく、両親が二人とも存命なフロレンティーナは俺と同じように両親が出迎える準備をしていた可能性が高いということで3人で一度王国に戻ることにした。また戻ってくるとなると魔力不足になるかもだが……。
「転移石、よくブロンシュから返してもらえたな」
「まぁ、また戻ってくる条件付きだけどな」
「当たり前やん!お母さんに一言言ったら、すぐ帰って来てや!兄ちゃん!夜更かしでカード大会するんやから!」
転移石に魔力を込めると、そのピンク色の鉱石が発行し、何となく転移できるという感覚が伝わってくる。転移するなら、王国の門前かな。
「『あいつら』がまた出てこないとも限らないし、慎重に行かないとね」
「えぇそうね……今度は多少戦って探りを入れるのもいいかもしれないわ」
「……よし、じゃあ、跳ぶぞ」
「クロウお兄ちゃん、帰ってきたら、私とお姉ちゃんがさうふぇあい@!!」
「お、おいマわうw!」
私とお姉ちゃんが!?なんなんだ!?
そこまで聞いて、グニョンと景色が歪んでジルヴィたちのセリフがはっきりと聞き取れなくなってしまうのだった。




