19-1 花ヶ崎紗英
長くなってしまったため分割します。
けれどこれは短めです。
ウチの目の前にはイヤイヤと無邪気な子供のように首を目一杯横に振るエリーの姿があった。どうしよう、可愛い。キュートすぎるよエリー!
「やーっ! えーぃーがー!」
間接照明を反射して煌めく長い黒髪は艶やかで、その1本1本に目が奪われる。
同性のウチから見てもエリーの髪は魅力的に映る。
それは髪質が、とかそんな簡単な問題じゃない。あれだけ艶めいているのにサラサラで、それなのにボサボサにならないで纏まってて、毛先でハネることなくピンと流れるようなストレートに至ってはクセっ毛のウチからすると羨ましいどころの騒ぎじゃない。拝んであやかりたいくらいなのである。……あぁ、エリーの天使の輪が神々しいよ~。どうか、どうかウチの髪もツヤツヤストレートに……ってちょっと脱線しすぎちゃったね。
……えぇっと、今のエリーは普段からは到底考えられない状態になってる。
幼い言動に無邪気な仕種はまるで子供そのもの。
腕に抱き付かれている城戸くんの笑顔もさすがに引き攣っているように見える。
一頻り引き攣る城戸くんとエリーのイヤイヤを眺めた後、ふとあることに気が付いた。
これってひょっとしてギャップ萌えってやつなのかな~? ……多分違う気がするけど。
う~ん。ギャップ萌えじゃないとしてもひとつだけウチにもハッキリと分かっていることがある。
――それはこんな可愛いエリーの姿が今後見れない可能性が高いってこと。
だからウチはどうするべきなのか一生懸命考えてみた。そしてひとつの結論に辿り着く。
見れぬなら動画を撮ろう水瀬愛理
はい完璧! 時代が時代ならウチは俳人か天下人になってたかもって思える程の出来だよね……なんて冗談はその辺にポイして、決まったからにはすぐに撮影に入らなきゃ。
「…………はぁぁぁっ! もう我慢できない! エリーがめちゃ可愛いよ~! 動画撮っておこーっと! 後でコレ見せたら……グヒヒ……」
スマホを取り出してすかさずカメラモードを起動して動画撮影を開始。この間わずか4秒。ウチの持ってるスマホの売りである【カメラモード高速起動】が初めて役に立った歴史的瞬間かもしれない。
……いいよ~! もっと首振ってイヤイヤして? ……そうそう、その感じ! 最高に可愛いよ~エリー。世界一プリティーだよ! ワールドワイドなKawaiiだよ! ゲヘヘ……。
気分は完全にカメラマンさん。
ヤバい……カメラマンさんがノリノリになる気持ちが分かるかも。
「……水瀬さん酔っ払ってますよね?」
「よっぱら? ……ちがうよ? ……制御不能!」
――なっ!! いただきました~! 今日一のスマイル!
もうウチなにも思い残すことは無いかも……あと100年くらいは生きるつもりだけどね~。
あどけなさ全開の笑顔を咲かせたエリーは右手をピンと伸ばして「えーがー!」と楽しそうにはしゃいでる。
エリーの中ではもう映画を観に行くことは確定してるっぽい。それと呂律が更に怪しくなってきてる気がする。可愛いからウチは大歓迎だけどね!
城戸くんもさぞ盛大に笑顔を引き攣らしているんじゃないかなと、カメラはエリーに固定したまま目だけを向けた。
…………あれ? 城戸くん?
そんなウチの予想は大外れだった。
まず笑顔じゃなかった。それも笑顔の余韻すら一切感じさせない……完全なる無表情。
エリーが普段してる表情ともまたちょっと違う感じがする。エリーのは少し頑張ってる感があるけど、この城戸くんの表情は……素っていえばいいのかな? ホント何も取り繕ってない正真正銘の素顔っぽい感じだ。
「水瀬。映画は今度一緒に観に行ってやるから今は大人しくしててもらえるか?」
……………………え? 城戸くん?
流れるような動作でエリーの拘束を逃れた城戸くん。なに今の動き?
……それよりもビックリしたのは口調が変わっていたことだ。
エリーよりも馬鹿丁寧なあの口調の影すらない、至って普通の男子生徒がするようなものだった。
前にカフェでふたりを見かけた時の記憶を手繰り寄せてみると、その時の口調と同じっぽい気がする。
これって100%城戸くんの素だよね? 何が切っ掛けになったのかは分かんないけど、やっと城戸くんの素が見れた。
「やーっ! いっしょ、いっしょ……えーがみたいの!」
「おい。あんまりワガママ言うと行ってやらないぞ?」
頭を振るエリーの頬を両手で挟んで動きを止め、少し屈んで目線を合わせた城戸くんは強気に、けれど宥めるような優しくて落ち着いた声音で言った。
「……ぜったい、いっしょいく?」
瞳に潤いを湛えたエリーは確認するように城戸くんに問い返した。
あぁっ! エリーの涙目初めて見た! 反則、反則過ぎるよ涙目は! よーし。この録画データは花ヶ崎家の家宝にしよう。そうしよう!
「あぁ。今度絶対に一緒に観に行ってやるから……今はゆっくり眠っとけ」
城戸くんはそう言うと不意にエリーの頭をポンポンと撫でた。その手付きには一切の躊躇がなく、普段からやっているような慣れさえも感じる。
飼い主に撫でられて気持ち良くなる猫のように、エリーも驚くこともなく、むしろ手の感触に集中するように目を細めて恍惚感に浸り、円満具足な顔で「……んっ」と呟いた。
撫でられたことが嬉しいのか気持ち良いのか、はたまた別の感情なのかは分かんないけど、目がとろんとしてきたところを見るとエリーはそろそろ活動限界っぽい。
「花ヶ崎、そろそろ撮影やめて水瀬をソファーに連れて行って寝かしつけてくれ」
「えっ? ……あ、うん」
泣く泣く撮影を打ち切りスマホをしまっていたら、すっかりおとなしくなったエリーが重くなった瞼に逆らうように目を擦っていた。
あぁっ! 城戸くんに釘を刺されて動画切っちゃったから、今のゴシゴシエリー撮れなかった……なんて落ち込んでいたら「いこ?」と声を掛けられた。
その声に顔を上げるとエリーが右手を差し出して眠気の滲んだ儚い微笑を浮かべていた。
天使。エリーが天使にしか見えない。
すぐにその手を取って「行こっか」と天使……じゃなくって、エリーをソファーへと導いていたら……、
「それとその動画消せとは言わねぇけど、水瀬には見せるなよ? 自殺しかねないからな」
真顔の城戸くんから警告が入った。
「は~い」
……ウチとしてはこの動画をエリーに見せて赤面する姿が見たかったんだけどな~。
う~ん。今の天使エリエルが見れたし、我慢だね。
自然と緩みそうになる頬を引き締めてウチは天使をソファーへとエスコートした。




