19-2 花ヶ崎紗英
エリーを寝かし付けるのは超簡単だった。ベリーイージーどころかウチなんにもしてないし……。
ソファーに座らせて水を飲ませ、空のグラスを受け取ってふと顔を覗き込むと目を瞑っているエリー。耳を傾けてみると聞こえてきたのは穏やかな天使の寝息だった。
楽しい夢でもみてるのか幸せそうな笑みを口元に浮かべてる。
きっと城戸くんと映画を観に行ってる夢なんだろうな~とエリーの頬を軽くつつきながら、これからどうするんだろ? とまるで他人事のように今ウチらが置かれている状況を改めて整理してみる。
カラオケで、未成年が、飲酒。
うん。整理して考えるまでもなく至ってシンプルにアウトだね!
……けどウチらはソフトドリンク飲み放題のコースなのに、なんでお酒が出てきたんだろ?
「花ヶ崎、水瀬は眠ったか?」
「うん。グッスリーだよ」
ぼんやりと考えてたら城戸くんの声が聞こえたので振り向くと「そうか、ならこっちにきて手伝ってくれ」と呼ばれ、気持ち早足で向かう。
「それで城戸っち次はなにすればいい?」
「まず皆が急性アルコール中毒に陥っていないか念のため確認するぞ」
城戸くんの許には既にタロロン達が集まってた。遅れてウチもその輪に加わる。
見回してみると異様に落ち着いている城戸くん以外の皆の表情は一様に険しい。きっとウチも似たような顔をしてるはず。
「「「「確認って?」」」」
ウチらの返答と言うか疑問が見事にハモった。
4重唱ってやつだね! もしかしてウチらって才能ある!?
……そんなおふざけの思考を隅に押しやって、急性アルコール中毒ってお酒を一気に飲むとなるやつだよね、と真面目に考えてみる。
城戸くんはそうなることを予測してたのか、近くにあったグラスを掴むと一気にゴクリと飲み干した。
えっ!? ちょっと城戸くんまで酔っ払っちゃったらウチらなにも出来ないよ!?
「き、城戸っち!?」
「……氷が解けたことを考慮しても相当に薄いな。店側がケチってくれてることが幸いしたか」
「城戸くんはもしかして酒に強いんすか?」
「どうなんだろうな? 少なくともこの濃度なら酔いはしないな」
「城戸くんってもしかして普段から飲んでるの?」
「木崎、今はそんなことどうでもいいだろ? 取り敢えず各自、顔面蒼白で泡吹いてる奴、揺すったりツネったりしても反応しない奴、身体が冷たくなってる奴がいないか確認してくれ。その時出来れば一回起こして水を飲ませてやってほしい。もし何かあったら俺に言うように」
そう言うと城戸くんは近くで寝てる男子生徒に「おい、大丈夫か?」と声を掛け始めた。それを見てウチらもやっと動き始める。
「ウチと木崎で女子看るからタロロン達は男子頼むね」
「了解!」
「うっす!」
一番身近にいた子の肩を揺すりながら声を掛けると「うぅ……なぁに?」とちゃんと反応があった。
「ごめんね? お水って飲める?」
「うんー」
こんな感じでサッキーと分担して女子の確認をすべて終えた頃、タロと城戸くんが床で眠ってたひとりの男子をソファーに引き上げていた。
見ると蒼白とまではいかないけど顔色があんまり優れていない感じだった。
「回復体位にして……佐藤そこのゴミ箱を持ってきてくれ。タロは背中を擦っておいてもらえるか?」
「任せて城戸っち!」
「持ってきたっす!」
ゴミ箱を受け取った城戸くんはそれを横になってる男子の顔の辺りにセットすると、「気持ち悪かったら我慢しないでいいからな」と声を掛けている。
「花ヶ崎、そこのおしぼりを纏めてこっちに持ってきてくれるか? 木崎は部屋の窓を全部開けておいてくれ」
「「うん」」
手当たり次第のおしぼりを持って駆けつけると横になっていた男子が力無く言った。顔色はさっきより幾分マシになってる気がする。
「……すまん。大分楽になった」
「そうか。口ゆすぐか?」
城戸くんがそう問い掛けながらウチから受け取ったおしぼりで男子の口を拭っていた。
「はいよ。このままゴミ箱に出しちまっていいから」
無言でコクリと頷いた男子にグラスを手渡し「タロ、注文履歴って見られるか?」と城戸くんは言った。
「注文履歴なら電目で見れるよ」
近くのテーブルの上に置いてあった電目を手に取り、軽く目を通す城戸くん。
時折目を細めてディスプレイを眺める姿は普段の真面目で温和な城戸くんらしくなかったけど、異様に似合ってた。う~ん、これが素なら似合ってるのは当たり前か~。
「了解。俺はこれ洗って店側と話し付けてくるから、ここ頼むな」
ゴミ箱と電目を持って立ち上がった城戸くんに気が付いたら声を掛けていた。
話しを付けるって一体何をするつもりなの? そんな疑問からだった。
「城戸くんウチも一緒に行っていい?」
すると城戸くんはプッと小さく噴き出して笑うと、
「ダメに決まってんだろ」
軽い調子で却下を口にした。
「なんで? 邪魔しないからさ~」
「邪魔とかそんな問題じゃない。第一お前は誰だ?」
「え? どゆこと?」
「……読者モデル花ヶ崎紗英だろ?」
「うん?」
「そう言うことだ」
城戸くんのそんな言葉にぽけーっと口を開けたまま瞬きをしてたら、「なら俺が代わりに一緒に行くよ。いいよね城戸っち?」横からタロロンに割り込まれた。
「あぁ。じゃあタロと一緒にちょっと行ってくる」
え~っ!? なんでタロロンはOKなのにウチはダメなのさ!
……いや、城戸くんがウチの立場を考えて「ダメ」って言ってることくらいさすがに分かってるよ?
けどそれよりも好奇心が勝るって言うか、怖いもの見たさって言うか……とにかく気になるじゃん!?
それに当事者としてはやっぱりどんな感じで決着がつくか見届けるのは義務じゃん? ……よくわかんないけど。
だからウチはこっそりふたりの後をつけることに決めた。
誤解されるとあれだから言い訳……じゃなくて、理由を言っておくと、これは決して“ただ気になるから”なんて邪な気持ちじゃなくて、“真実を知りたい”というウチの中の野次馬根じょ……ゴホンゴホン、崇高なジャーナリズム精神? がそうさせているのである。……よし、それっぽい言い訳も考え付いたことだしスニーキングミッションスタート!
城戸くんが扉を開けて今まさに部屋を出て行こうとした時、不意に立ち止まってこっちに、正確にはウチに向かって振り向いてきた。
うん? なんか忘れ物かな~?
「ここの皆のこと頼むな? ……特に花ヶ崎」
「ア、アハハーマカセテ!」
ウチの野次馬根性が丸出し過ぎてバレてる!? なんで!?
とっさに動揺全開のカタコトに引き攣った笑みをプラスして返した。
あ~もうっ! これじゃぁ「うっそぴょん!」って自白してるようなもんじゃん!?
ウチ絶対女優さんにはなれないな~。
「大根役者にも程があんだろ。もう少し取り繕う努力をしろよ」
「努力した結果がアレなの! はいはい、どうせウチは大根ですよ~だっ!」
「はぁ~。どうせなに言ったってついてくるつもりなんだろ?」
「……別については行かないよ? だってウチは自由人だからね~風の吹くまま気の向くままに足を向けるだけで、もしかしたらそのコースが一緒になっちゃう可能性はなきにしもあらず? 的な?」
言っておいてアレだけど、なきにしもあらずってなんて意味なのかな? きっとニュアンスは合ってると思うんだけど……。
腕を組んだ城戸くんは少々……どころか大分あきれたような、あきらめた表情を浮かべると、ため息まじりにぼそりと言った。
「勝手に行動された方が困るからな、マスクとサングラスは着けろよ」
「……うっそ!? むっふっふ~ウチの演技力も捨てたも――あ~ちょっと、待ってってば~!」
ウチの言い終わりを待つことなく城戸くんが扉を閉めようとしたので、慌ててマスクとサングラスを装着しながら駆け寄る。
ちょっと城戸くんの対応が冷たいと思うのはウチだけじゃないよね!? うん……シツコクしてる自覚はあるんだけどね~。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
もぉ~! 全然聞こえないんだけど!?
カラオケ店とは思えない程静かなスタッフルーム。
そのまた奥のセキュリティールームなる部屋へと繋がる扉の前には怪しい人影があった。
目元は濃い目のサングラスで隠されてて、口元はマスクで覆われてる。これだけでも充分に怪しいのに、その人影は更に不審なことをしていた。
――それは、片耳を扉につけるという行為だ。
その行為が意味するのはセキュリティールームの会話を盗み聞くこと以外考えられない。
果たしてこの人影の正体とは? そしてその行為の目的とは!?
「つまんな~い! 聞こえな~い! 面白くな~い!!」
……まぁ~言うまでもなくウチのことなんだけどね~。
城戸くんとタロロンが店長他数名を連れてセキュリティールームに籠っちゃったから、なんとか中での会話を聞き取ろうとしたんだけど、何にも聞こえない……。
ちなみにウチは城戸くんから「廊下で待機」って言われてたんだけど、ドアの小窓からこっそり中の様子を窺ってたら、みんながセキュリティールームに入っていくのが見えたので秘密裏にスタッフルームに侵入したというわけである! う~んウチはもしかしたらスパイの才能が……大根役者だからやっぱり無理だね~。
それにしても本当に何も聞こえない。
城戸くんが「店側と話し付けてくる」って言うからわくわくしながらついてきたのに、これじゃあ大人しく待ってた方がよかったじゃん……。
……ぐぬぬ~! こんなことでウチはくじけないよ! 崇高な野次馬精神の底力みせ――、
「おっと……何してんだよ全く」
いきなりドアノブが回ったと思ったら、すぐに扉が開いた。
あまりに突然のことだったのでウチは当然扉に貼り付いたまま……どころか頑張って中の会話を聞こうと身体を預けていたので、支えを失って前のめりに。
……あぁっ、このままじゃ転ぶ! どうにかしなきゃ! なんて考えたけど、とっさに身体が動くわけもなくそのまま倒れこんでしまった――“城戸くん”に。
「……助かった~」
安堵感から自然と心の声が零れた。城戸くんがウチを抱きとめてくれたおかげで転ばずに済んだからだ。
そういえば初めて会った時もこんな感じで助けてもらった気がする、なんてどこか懐かしさを感じていると意地の悪そうな目がウチを捉えていることに気が付いた。
「え~っと、これはその……スパイ! そう! スパイ訓練のさいちゅ――」
「言いたいことはそれだけか?」
あぁっ! 絶対怒ってる!! ウチはヤバいと思ったらすぐに素直に謝れる良い子だからね……エリーイジリで散々鍛えられただけなんだけど。
「……ごめんなさい」
「そうかそうか、悪いことをしたっていう自覚はあるんだな」
「うっ!」
そんな返しは反則でしょ!? 最初からこうなることが読まれてたってこと?
「……ほれ、回れ右。皆のとこに戻るぞ」
そんな言葉とともに城戸くんに両肩を掴まれて強制的にクルリとターンさせられた時、視界の隅に一瞬だけ、人生の終わりだ、とでも言いたげな表情をした男の人の姿が見えた気がした。
……あれは一体どういうこと?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「んじゃ俺も寝るから皆が起きたら適当に起こしてくれ」
「え~っ!?」
ルームに戻った城戸くんはそのまま空いているソファーへと直行し、目を瞑ったかと思えばそう口にした。
不満を言葉にしたのはウチだけだったけど、見れば佐藤とサッキーも何か言いたそうな顔をして城戸くんを見ていた。
……当たり前だよね。
お店側とどんな風に話が付いたのか気になるし、そもそも未成年の飲酒って結構問題だと思うし、それに学校にこの事が知れたらかなりヤバいはずだからそのあたりどうなってんのかな~……と、まぁこんな感じで色々と聞きたいことだらけなのは間違いないし。
「タロ後のことは任せた」
「よし、任された! お疲れ城戸っち!」
「……どういうことっすかタロ?」
「うん。ちょっと説明してほしいな」
「タロロンが説明できるの?」
城戸くんからのバトンを受け取ったタロロンは居心地の悪そうな苦笑いを浮かべてから、焦ったように口を開いた。
「――あ、ちょっ、説明って程でもないけど、この後どうすればいいかは城戸っちから聞いてるよ」
「どうするんすか?」
「あ~、その、皆が回復するまで休んでてOKだYO!」
「……この場でふざけるのはよくないと思うよ? ねぇ?」
顔面に乾いた笑みを貼り付けたサッキーは、冷気を含んだ硬い声でタロロンを追い詰める。
その様を見てサッキーは絶対に怒らせないようにしようとウチは心密かに誓った。
「メンゴメンゴ! 木崎っちゃん怖すぎっしょ!」
「それでこの後どうするのタロロン?」
「それは城戸っちが店側と交渉してくれたよ。今日は普通に歓迎会をしただけ。酒も提供されてないし、俺らも飲んでない……そして誰もこの事を口外しなければここの料金もタダになるし、サービス券もいっぱいもらえる。って感じかな~」
「……そういうことっすか」
「そういうことっす!」
――ただ一言、城戸くんは凄い。
もしウチが城戸くんの立場だったらこんなことできないと思う。
一体どんな交渉をしたの? 大人相手にどんな手札を切ったの?
ダメ。想像つかない。今は頭が回らない。
「……よかった~」
知らず知らずの緊張感が消え去り、全身の力が抜けてその場に座り込んでしまった。
心からの安堵。今はそれが全てを支配してる。
ウチが思ってた以上に内心は不安になってたっぽい。
謹慎とか退学とか引退とかそんな言葉ばっかりが脳裏をよぎって、今その糸が切れてしまったんだと思う。
「ほんとよかったよぉ~」
そんな声とともに後ろからギュッと抱きしめられた。
見ればサッキーの頬には一筋の雫が。
――それを見た瞬間ウチも視界が滲んだ。
自分の意志なんて関係ない。リンゴが木から落ちるように、溢れた涙は行き場を求めて彷徨い、やがて重力に抗えずに落下する。
……あ~ぁ。泣くなんてウチのキャラじゃないのになぁ~。
お仕事でデスマーチが続き半ばエタってました。




