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「水瀬~何観るか決めたか?」
「……ん。まだ待って。城戸くんはもう決めたの?」
「あぁ。決めたぞ」
駅前のカフェから徒歩数分。この繁華街で最大規模の映画館に着いたところまでは良かったのだが……水瀬の持ち前の頑固さが遺憾無く発揮され、今に至る。
まぁ、何があったかと言うと遡ること10分前……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「着いたぞ~。ほら、ご要望通りここいらで一番デカい映画館」
「……ん! 映画館! シネマコンプレックス!」
「……あの、水瀬? 映画館を見て惚けてないで、観る映画決めてくれよ? 時間がもったいないから」
なんで映画に惚けないで、映画館見て惚けてんだよ? ……まさかコイツ、映画館フェチか!? マ、マニアックすぎるぞ!?
このシネコンの5番スクリーンのDOLBYY ATMOS対応、4K PURE CINEMA、4,096×2,160画素がやっぱり最高ですな! とか言われたって俺はついていけないぞ!?
「ちょっと待って城戸くん? なぜ私が観たい映画を決める権利を持っているのかしら?」
「は? だって映画が良いって言ったの水瀬だろ?」
「た、確かにそうだけれど、それでは――」
「次にお前は、アンフェアだわ、と言う」
「……不公平だわ」
「うおぉぉぉぉぉぉい! なんでアンフェアって言わないんだよ!? そこはお決まりだろ!? アンフェア……ハッ! って言ってくれよ!」
くっそぉぉぉ! 今のはどう考えても黄金パターンだろ? なんで、なんで言ってくれないんだよ!
「……その、ごめんなさい。城戸くんのボケを生かすことが出来なくて。私には元ネタが分からなかったの。後、城戸くんの言う通りになるのが癪だったのよ」
「……あ、スマンスマン、悪かった」
そりゃあそうだわ。万人が知ってる訳ないわな。まぁなんか、癪だった、とか言ってるけど俺が悪かったな。反省。
「Exactly」
「知ってるじゃねぇかぁぁぁぁぁ!! ……まぁ、ちょっと分かったわ、ネタが通じない辛さが」
「……ん。それでどうして私が観たい映画を一方的に決める権利を持っているのかしら?」
なんでそこにこだわり続けるんだよコイツは。
そもそも俺がサボりに巻き込んだんだから、水瀬の観たいやつでいいじゃねぇか。って言ったところでどうせ納得しないだろうしなぁ~。さてどうするかな。取り敢えず水瀬の観たいやつが分かればそれに乗っかればいいし、そうするか。
「別にそういう意味で言ったんじゃないぞ? んで、ちなみに水瀬はどれが観たいんだ?」
「……言わない」
はい、拗ねたー。頑固者がへそ曲げましたー。
口を真一文字に結び、顔ごと明後日の方向に向けた水瀬。表情はほとんど見えないが、多分以前していた拗ねた表情を全開でしているのだろうと思う。
あぁ、鈴奈だったら上手くいったんだけどな、さすがに水瀬じゃ無理か。なら、取り敢えず公平な方法を取ればいいか。
「分かった分かった、それなら多数決にするか。んで、票が割れたら平等にじゃんけんで決めるってのはどうだ? これなら水瀬が言うところの、フェア、だろ?」
「……ん」
俺のその提案を聞いた水瀬はゆっくりと向き直ると、小さくこくりと頷いた。
さぁ、後は全て俺の計画通りにさせてもらうか!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
と、まぁこんなことがあったのだ。
映画館に来て、観るものを決める、方法を決めるのに10分だぞ? 全く貴重なサボりタイムに俺達は何をしてるんだか……。
「城戸くん、決めたわ」
「随分と悩んでたな」
そう。水瀬はかなり悩んでいたのだ。ふたつの映画のどちらを観るかで。
さっき俺は公平な方法と言ったが、あれは嘘だ。全ては俺の有利に事が進むように調整した結果だ。
先ず多数決だが、これは水瀬の観たい映画を把握するために言っただけである。上映中の映画のポスターが並べられた一角で、水瀬の目線、表情、仕草が普段と変わるポイントに注視すればいいのだ。まぁ、前にも使った『コールド・リーディング』てやつだな。
そこで水瀬はふたつの映画で迷っていた。さすがにここから会話もなしにどちらの映画を選ぶかは、プロのコールドリーダーでもない限り読み取れないので、保険にじゃんけんを仕組んだのである。
「えぇ」
「んじゃ、同時に観たい映画のポスターを指差す、でいいか?」
「……ん」
「じゃぁ行くぞ? いっせーのーせっ」
「…………」
俺が指を指したのは水瀬が悩んでいたもののひとつ、邦画のラブ・コメディー物の映画のポスターだった。女性はラブコメが好きという、俺の中での価値観から選んだ偏見である。
対して水瀬が指差したのは悩んでいたもののもう片方の、洋画のカーアクション物の映画のポスターだった。
そっちを選ぶか。正直予想外だった。
まぁ、この1/2を外した時のためのじゃんけんだからな。後は俺が負けて、水瀬の観たい映画を観て万々歳。いやぁ~保険ってものはいついかなる時も掛けておいて損は無いな。
「最初はグーじゃんけんポイ」
「……ん!」
そして俺は間髪入れずに“気持ち大きめの声”でじゃんけんを始めた。
少々強引かもしれないがこれも作戦なのだ。
じゃんけんとは運で勝敗の決まる平等な勝負だと思われがちだが、実際はそうではない。
単純な確率論で言えばグー、チョキ、パーを出す確率は33.3%だが、確かな統計データーによるとチョキを出す確率は最も低く29.6%。この結果がじゃんけんという勝負には、どの手を出すか? という心理的な思考があり、純粋な運のみの勝負ではないことを裏付けているのである。
先ず、じゃんけんの最初の掛け声である某お笑い芸人が考えた「最初はグー」。これはただの掛け声であって実際の勝負としてはノーカウントではあるが、初めにグーを出すことになる。心理的に見ると人は勝負事の際に思考を読まれることを無意識に嫌い、続けざまに同じ手を出すことはあまりないのである。
故に一般的に初手はパーが多いと言われている。
だがこれは常人がじゃんけんをした場合に限ることであり、捻くれ者ならば構造的に一番複雑で出しにくいチョキを、曲者ならば無意識の心理に逆らってあえてグーを出すという可能性も大いにあるのだ。
それを踏まえて俺が今回のじゃんけんに仕掛けた罠は2点。
1点目は間髪を入れないこと。目的は相手の思考する間をなくし、出す手を変えさせないことである。
2点目は気持ち大きめな声で掛け声を行ったこと。これにより相手は無意識に威嚇されたと思い、委縮し防衛本能から攻撃するための形の手を出しがちになる。
散々熱く語ったが、ここまで来たら俺が水瀬に何の手をださせようとしているかは明白かと思うので、結論を言わせてほしい。
「こ、この俺が、か、かかか、勝ってしまった……だと……? 嘘……だろ……?」
はい! 所詮確率論の話だね! 当たり前だけど100%思い通りに行くなんてことはありえないんだね! じゃんけんは運! みんなわかったね?
キエェェェェェェェェェイ! なんでだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! なんでそこでパーを出すんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!? とことんズレてるよ水瀬ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!
……ふぅー、落ち着け。先ずは敗因……じゃなくて勝因を冷静に分析しよう。
勝因その1、水瀬がとことんズレているという、天然要素を考慮していなかった。
勝因その2、主に男にとっての攻撃の形の手は、殴る、を想定させるグーだが、女性にとっての攻撃の手は、ビンタであるパーだった。
最後に勝因その3、やっぱり運。
「クソ、なんで俺が勝てるんだよ……天然御嬢様?」
「……ん?」
え? コイツなんで勝てたのに泣きそうな顔して悔しがってんの? きっも! とでも思っているのだろうか、水瀬が心底不思議でならないといった表情を浮かべて、パーを出したまま首を傾げて固まっていた。
うん。なんか関係ないけどそのポーズだと握手を求めてるように見えるな。うんマジで関係ないんだけどね、と思っていたら……、
「……その、なんて言えばいいのかわからないのだけれど……コングラッチュレーション?」
「……はぇ?」
水瀬が困惑気味に祝いの言葉を口にしながら握手をしてきた。
あぁぁ! また「はぇ」って言っちまった! 今日何回目だよ!? もう癖になってきてるのかも……って、そんなこと全然ないし!? 「はぇ」なんて大っ嫌いだしっ!
それよりも水瀬って天然を通り越して、もはやアホの子なんじゃないのか?
「……えっーと、つまり、おめでとう、ってことなのだけれど?」
「いやそれはさすがにわかるわ! はぁ~。いや、まぁ、ありがとうな」
「……ん」
「んじゃ観るもん決まったし、チケット買うか」
長かった……やっとチケットが買える。チケット買うまでに20分もかかってるってどういうことだよ、ホント。
「城戸くん、ここは私に出させて頂戴」
「は? なんでだよ?」
残念! チケットはまだ買わせてはもらえないらしい! なんだよ!? 新手の焦らしプレイかよっ!?
「ドラッグストアで色々と買ってきてくれたじゃない。そのお返しがまだ出来ていないからよ」
「いや、してくれたじゃねぇか? お・も・て・な・し。おもてなし」
「……あれは私が勝手にやったことだから気にしないで」
コイツたまに悪意なのか天然なのか分かんないけど、人のネタを完全スルーしやがるよな。
まぁ、それは今いいとして、体調悪くてぶっ倒れるまで病人がおもてなしをしてくれたのに、それを「勝手にやったことだから気にしないで」っておかしいだろ!? 俺ちょっとおこだぜ? そんなこと言うんだったら説き伏せてやるわ! クックック、我に従うがよ……あ、あぶねぇ! 昔の血が……よし。ここはクールに決めるぜ。
「それなら言わせてもらうけどな、色々と買ってったのは俺が勝手にやっただけだ」
「……ん。買ってに勝手を掛けるなんて、城戸くんなかなかやるじゃない」
やけに落ち着いた表情でどうでもいいことに感心している水瀬。
うん。この子やっぱりアホの子だわ!
落ち着けー! 俺落ち着けー! ツッコんだら負けだぞー!
「ふぅー。じゃあ普通に割り勘で良いな?」
「……けれど、城戸くんには看病もしてもらったから……その、お礼がしたいの」
コイツ真面目かよ!? 病人が看病されるのなんて当たり前なんだからいちいち気にしなくていいのにな。あ~もうめんどくせ! 俺が風邪ひいた時に看病してくれ、って適当に言えば納得せざるを得ないよな?
「お礼ね~。それなら俺が風邪ひいた時に看病でもしてくれ。それで今はチャラ! ほら、チケット買いに行くぞ~」
そう言いながら水瀬の言葉を待たずに踵を返してチケットカウンターへと歩き出す。
水瀬を説き伏せるのはめんどくさいということが分かったので、半ば強引な方法を取った。
あ~かなりサボりタイム潰しちまったなぁ~。最終的にチケット買うまでに25分か。まぁ、なんだかんだ水瀬が面白いからいいか。
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切っ掛けなんて些細なものだ。
適当なことを言うものではない。
そう思いながらも、俺はこの時言った思い付きが全ての始まりだったんだなと、今は感謝している。
ドル○ーの綴りはわざと変えてます。間違えじゃないです。ほんとの本当に間違えてなんかないんだからね!
コホン。ではちょっと真面目な後書きを。
え~、文末にもあります通りこのお話の本当の始まりはこれからです。
え? もう散々書いておいておかしいって?
はい、もう本当にその通りで何も言えません。




