第1話 赤い髪のお嬢様
「――次世代を担う、未来の魔法士たちよ」
広大な講堂に、低く威厳のある声が響き渡った。
壇上に立つのは、この魔界でも名高い魔法学園の学園長。
その視線が、ずらりと並ぶ新入生たちへと向けられる。
「入学おめでとう。今日より君たちは、この学園の生徒となる」
新入生たちは静かに耳を傾けていた。
「これから君たちは、この学園で様々な経験をすることになるだろう。楽しいことばかりではない。時には苦しみ、挫折することもあるはずだ」
講堂の中を、静かな緊張感が包み込む。
「それでも、決して歩みを止めてはならない」
学園長は、穏やかに微笑み、
「己の力を磨き、互いに競い合い、時には支え合いなさい。良きライバルたちと切磋琢磨しながら、この学園で多くを学び、そして一人の魔法士として、大きく成長してくれたまえ」
その言葉を最後に、静かに一礼した。
次の瞬間、講堂いっぱいに、大きな拍手が巻き起こる。
新たな学園生活の始まりを告げるような、盛大な拍手だった。
その中で、僕も静かに手を叩いていた。
今日から僕も、この学園の生徒になる。
――僕の名前は、ルカ・アルテミス。
魔界では、誰もが生まれながらにして何らかの能力を持っている。
炎を操る者、水を操る者、獣の力を宿す者。
他にも、この世界には数え切れないほどの能力が存在している。
それは、この魔界で生きる者にとって当たり前のことだった。
だけど――。
僕には、その「当たり前」がない。
僕は、生まれつき能力を持っていないし、魔法も使えない。
当然、周囲から見れば僕は、
「……無能力者」
誰かが、そう呟いた。
小さな声だったけど、僕にははっきりと聞こえた。
視線を向けると、何人かの生徒がこちらを見ている。
好奇心、侮蔑、同情。
いろんな視線が混ざっている表情だ。
まあ、仕方がない。
この魔界で能力がないなんて、珍しいことだから。
僕は苦笑しながら、もう一度前を向いた。
――別に、気にしてない。
能力がないなら、ないなりに頑張ればいい。
僕には僕にできることがある。
だから、今日から始まる、この学園生活もきっと、なんとかなる。
そう思っていた。
この時の僕は、まだ知らなかった。
この入学式の日、僕の人生を大きく変えることになる、一人の少女と出会うことを。
その少女が、魔界最強のドラゴンだということを。
入学式が終わり、僕は新入生たちと共に講堂を後にした。
これから各自の教室へ向かい、担任の先生から簡単な説明を受けるらしい。
僕も案内板を確認しながら、校舎の廊下を歩いていた。
それにしても……
「大きいなぁ……」
思わず、そんな言葉が漏れる。
さすがは魔界でも名高い名門魔法学園。
長い廊下の先には大きな窓が並び、外には広大な中庭が広がっている。
見たこともない花が咲いていたり、空を飛ぶ魔獣の姿が見えたりと、僕が今まで行った事のある場所とは、何もかもが違っていた。
「迷わないようにしないと……」
そんなことを考えながら歩いていると、ふと、前方に一人の少女がいることに気がついた。
長く伸びた赤い髪が、風に揺れている。
その少女は、僕と同じ新入生のようだった。
だけど……
「……なんだろう」
何となく、周囲の生徒たちとは雰囲気が違う。
背筋が伸びていて、歩き方にもどこか気品がある。
そして何より、首元で輝く美しいネックレスが存在感を増していた。
宝石が埋め込まれたそれは、僕にはいくらするのか想像もつかないほど高価そうだった。
(――お嬢様なのかな?)
そんなことを考えていると、
「……あの」
気がつけば、僕は少女に声をかけていた。
少女が足を止め、ゆっくりと振り返った。
「……何ですの?」
その声も、どこか上品だった。
「あ、えっと……」
僕は少し戸惑いながら、彼女を見る。
綺麗な紫がかった紅色の瞳に、整った顔立ち。
でも、何故か少し不機嫌そうだ。
「君、一人?」
「…………」
少女の眉がピクリと動き、
「……それが、何か?」
「いや……」
僕は周囲を見渡す。
「入学式が終わったばかりなのに、一人でいるから。もしかして、教室が分からないのかなって」
「……失礼ですわね」
「え?」
「わたくしが、この程度の学園で迷子になるとでも?」
「あ、ごめん」
素直に謝ると、少女は少し驚いたように目を瞬かせた。
「…………」
「?」
「……あなた」
「うん?」
「随分と、簡単に謝りますのね」
「え?」
「いえ……」
少女は小さくため息を吐き、
「別に、何でもありませんわ」
「そっか」
僕がそう言うと、再び歩き出そうとした。
でも――、
「あ」
僕はふと気がついた。
「そのネックレス、綺麗だね」
「…………」
少女の足が再び止まる。
「……そうでしょう?」
「うん。すごく綺麗だと思う」
「当然ですわ」
少女は嬉しそうに胸を張った。
「これは、わたくしの家に代々伝わる大切な品ですもの」
「へぇ……」
「…………」
「…………」
「……何ですの?」
「え?」
「いえ……」
少女は少しだけ顔を逸らした。
「あなた、変な人ですわね」
「そうかな?」
「そうですわ」
「そっか」
「……」
少女は何故か、少しだけ困ったような顔をしている。
「それじゃあ、僕はもう行くね」
「……え?」
「教室探さないと」
「あ……」
僕が歩き出すその背中を、少女はしばらく見つめていた。
「…………」
何故だろう。
たった今、初めて会ったばかりの少年なのに、何となく気になってしまう。
少女は小さく首を振った。
「……何を考えていますの、わたくしは」
そして、再び歩き出したその時だった。
「――おい」
背後から、低い声が聞こえ、少女が足を止める。
振り返るとそこには、数人の上級生が立っていた。
「……何ですの?」
「お前、新入生だろ?」
「そうですけれど」
先輩の一人が、少女の首元へ視線を向ける。
そして、不気味にニヤリと笑った。
「その高そうなネックレス」
少女の瞳が、細められ、
「……何ですの?」
「俺たちに寄越せよ」
「…………」
一瞬、少女の表情から感情が消えた。
「…………は?」
「聞こえなかったのか?」
先輩は下品な笑みを浮かべる。
「そのネックレス、寄越せって言ってんだよ」
「…………」
少女は、ゆっくりと首元のネックレスに触れた。
そして、
「……ふふ」
小さく笑う。
「あなた方――」
紅色の瞳が、先輩たちを射抜き、
「随分と面白いことを仰いますのね」
少女は優雅に微笑んだ。
「わたくしの大切な品を奪おうだなんて――」
そして、静かに告げる。
「……いいですわよ」
「……あ?」
「決闘、しますか?」
少女は一歩、前へ出る。
その口元に、不敵な笑みが浮かんだ。
「この私に――勝てるとでも?」




