九話:鈴の能力
佐藤優子は考えていた。何故、奈緒の素肌を触っても毒の鈴の能力が発動しないのか。
発動条件に、素肌で触れる以外のものがあるのか。それとも、巫女にしか効果がないのか。
ここ数日、優子はそのことが気になり、夜も考え込んで睡眠時間を縮めるような始末であった。
シロガネに聞けばすぐにわかるのであろうが、なんとなく自分で答えを出してみたい。そんな考えが、優子を神社から遠ざけていた。
果たして、鈴の能力には知らない制限があるのだろうか。
「……優子さんや、何をやっているんだい?」
「あ!ごめん、つい!」
そのようなことを考えながら、優子はつい、奈緒の頬を揉んでいた。
学校の帰り道、駅前でクレープを買った二人は、仲良く並んでベンチに座って食べていた。
「もうっ!私が好きなのはわかるけどさ、こんな人前でお触りしてくるだなんて、大胆すぎやしませんかねぇ!」
「奈緒、その言い方は誤解を生むからやめて……」
自分が発端なのを棚に上げ、優子は呆れたようにため息をついた。
「でも、優子が元気になったようで良かったよー。金のもう……鈴鹿さんになにかしてもらったの?」
「ええ、まあそんなところよ」
優子はつい先日まで、柔道の花梨に負けたことを引きずり、考え込むことが多かった。しかし、美波から『音を消す』能力の鈴ともう一つの鈴を買ったことで、自信を取り戻したのだ。
(これであのジャージの人にも、他の戦い慣れた巫女にも、負ける気がしないわ)
「しかし、私以外にも友達ができたみたいで良かったよね、優子。まあ、それが鈴鹿さんなのは少し心配だけど」
「友達……?そうね、親しくさせてもらってるわ」
あくまで鈴のやり取りのためだけの関係だが、それを奈緒に説明する義務もないため、優子は黙っておくことにした。
「ねえねえ、鈴鹿さんってどんな人なの?やっぱりお金に執着してたりするの?」
「そうね、確かにお金が……あら?」
美波の話題になりかけたところで、優子の目にある光景が入ってきた。眼の前で、セーラー服姿の女性の鞄から、スマートフォンが落ちたのである。
優子はベンチから立ち上がると、スマートフォンを拾い上げ、女性を呼び止めた。
「すいません、これ、落としましたよ」
「え?ああ、ありがとうございます」
女性が優子の手から、スマートフォンを受け取ろうと手を伸ばす。そして、女性の指先が、優子の肌に触れた。
「……うっ……」
その瞬間、女性の顔色が青白くなり、急にその場に蹲った。
「え、ちょっと、大丈夫ですか?」
優子の言葉に返答する間もなく、女性はその場に倒れ込んだ。その目は白目を剥いており、口からは白い泡が吹き出している。
「なっ……!大丈夫ですか!?」
「きゅ、救急車!」
「奈緒、この人の介抱お願い!私が救急車呼ぶわ!」
「あいよ任された!」
突然の事態に、辺りが騒然とし始める。何事かと人が集まり始め、渦中の優子たちはその視線を一斉に浴びる。
(この症状、毒の鈴の……まさか、この人……!)
救急車を呼びつつも、優子は倒れる女性の方に集中する。奈緒に介抱される女性のポケットから、何か光を反射する、小さな物体が転げ落ちた。
それは、複数個結び付けられた、鈴の集まりであった。
※※※
「……なるほど、それで僕のところに来たと」
「ええ、このことに関してと、他に隠してることがないか」
茜色に染まる神社の軒下に、優子とシロガネは座っている。
見知らぬ、戦いを挑んでいない巫女を病院送りにしてしまった件を反省し、優子は自分で考えるのを諦めたのであった。
「隠してるだなんて、人聞きが悪いなぁ。僕は聞かれたことしか答えなかっただけだよ」
「それ、味方のフリした悪役がよく使うセリフだけどね」
ニコニコと笑っているシロガネを、優子は軽く睨みつける。
「その後大変だったんだからね。こんな短期間に、二度も警察のお世話になるなんて思いもしなかったわ」
「それは申し訳ない。優子の言う通り、鈴の能力は巫女にしか効果がないんだ」
シロガネは、軒下から立ち上がると、夕日の照る下へと歩き出した。銀色の髪に日の光が反射され、キラキラと輝いて見える。
「例えば、炎を操る能力があったとするだろう?その炎は、ただの人間や物を燃やすことはできないんだ。巫女になった者しか燃やすことができない」
「じゃあ、剣や銃みたいに武器を出す能力は?」
「その武器でただの人間を斬ったり撃ったりしても、傷一つもつかないよ」
「なるほどね……」
よほど都合が良く、かつ万能ではない能力なのだと、優子は少し残念に思った。
「私、『透明になる』鈴を持っているのだけれど、もしかして巫女からは見えていないだけで、これも普通の人には見えているってこと?」
「そういうことだよ。どの能力にも例外はない、って考えたほうがいいね」
「そっか……これで疑問は一つ解消されたわ。奈緒が無事だった理由が良くわかった」
「他に聞きたいことはないかい?聞いてくれたら、全て答えてあげるよ」
優子は頭を捻る。そして、一つの疑問が浮かんできた。
「そういえば、鈴は身につけていると効果を発揮するって言ったけど、どれくらいなら離れても能力を使えるの?」
普段、優子は使う鈴を制服のポケットに仕舞っている。それ以外の使わない鈴は、鞄にまとめて仕舞ってある。鞄に入れている鈴の能力も使えるのか気になったのだ。
「よほど離れてなければ使えるよ。そうだなぁ、今で言う五十センチだったかな?それくらいまでなら大丈夫だよ。ただ、身体から離せば、その分鈴を奪われる危険性は増すからね」
「それはそうね。実際、鞄を盗まれたことがあったもの」
あの時、メインである毒の鈴を鞄に入れていなくてよかったと、優子は改めてほっと安心した。
「質問は……以上ね。ありがとう、シロガネさん」
「また聞きたいことがあったらおいでよ。と言っても、次に来た時には、もう鈴が集まり切っているかもしれないけどね」
「ふふ、そうだと嬉しいわね」
優子はすでに、半分である五十を超える鈴を奉納していた。運良く鈴を多数所持している巫女と遭遇できたこともあるが、他にも要因があった。
(まさか、探知能力がここまで役に立つとはね)
優子は、『周囲の鈴を探知する』能力も持っている。この能力を使い、鈴を多数持っている巫女を狙って戦いを挑んでいたのである。
(このペースで行けば、今月中には集まってしまいそうね。戦神楽が終わってしまうのは残念だけど、願いのためだもの、割り切らなきゃ)
早くも鈴を集め終えた気になりながら、優子は軒下から立ち上がる。
「今日はこの辺りでお暇するわ。ありがとうね、シロガネさん」
「気をつけて帰るんだよ。優子は強いとはいえ、油断して鈴を奪われたら一発で終わりだからね」
手を振るシロガネを背に、優子は鳥居をくぐった。
※※※
「あら、あなたは……」
「……佐藤、さん……」
神社への階段を降りたところで、優子は黒野恵果に遭遇した。
恵果は驚いた表情をした後、すぐさま落ち込んだように俯いてしまった。
「黒野さん、でしたっけ?奇遇ですね。また神社の付近で出会うだなんて、私達は戦ってはいけないのかしら」
「……」
語りかける優子だが、恵果は何も喋らない。相変わらず俯いたまま、地面を睨みつけている。
「……ありがとう、佐藤さん」
「え?」
ようやく口を開いた恵果から出た言葉は、優子が予測していたものと大きく異なるものであった。
「ありがとうって、何が?私、あなたに何かしたかしら?」
「少し、お話させていただけませんか?あなたには、言わなければならないことがある」