第92話 暗殺
ゴウゴウと流れる水の音が響きわたる洞窟の通路を慎重に進んでいく。地下の川に沿って通路があるためか、等間隔で灯かりの魔道具が設置されていた。
水の音が衣擦れや歩行音を消してくれるので動きやすくはあるのだが、真っ暗だった今までの通路よりも見つからないように注意しなければならない。
とは言っても灯かりがある分だけ、光が届かない陰はより色濃く感じるものだ。灯りの下さえ足早に通り過ぎれば、今までよりも身を隠しやすい。
今まさに目の前を通り過ぎた男も、1,2メートルしか離れていない岩陰に潜む俺に全く気が付かなかった。闇に溶けこんだ抜き身の漆黒の短刀にも気が付いていない。
【潜入】を発動しながら音も無く忍び寄った俺は、背後から手を回して男の口をふさぎ、それと同時に漆黒の短刀を背中に突き立てる。
「んっ!? うぐぅっ……ん……んんっ!」
暗闇の中で突然に口元を抑えられた男は身を捩って抵抗しようとするも、間もなくビクンビクンと身体を痙攣させ絶命した。俺は崩れ落ちた男の身体を引きずり、なるべく音がしないように川に落とす。勢いよく流れる水は死体をあっという間に運んでいった。
「……ふう」
これで15人目。それにしても、次々に人を殺しているというのに全く動じていない自分に、我がことながら驚く。アスカを急いで助けなければならないという焦燥感と、敵地に一人で侵入しているという緊張感が、殺人の忌避感や良心の呵責を抑え込んでいるのかもしれない。盗賊の数を減らすことはアジトから脱出するための絶対条件なのだから致し方ないが……。
なんにせよ、これで盗賊どもの半数は戦闘不能に追い込んだわけだ。出来る事なら、あと20人くらい減らしたいところではあるけれど……。
隊商と一緒に連れ去られた支える籠手の傭兵は5人。もし殺されずに生きていて、彼らを解放することが出来たなら、このアジトから脱出する戦力になってくれるはずだ。隊商の商人たちも30人程いるはずだから、同時に助け出さなくてはならない。
……一斉に逃げ出せば、騒ぎを起こして良い囮になってくれるだろうから。
おそらく、この先には囚われた者が監禁される牢屋があるはずだ。川に並行して進む通路を突破するまでに、出来るだけ多くの盗賊どもを戦闘不能に追い込む。そして囚われた者達を解放して騒ぎを起こす。その騒ぎのどさくさに紛れて、アスカを助けだして脱出する。それが野営地を飛び出してから必死で考えたアスカの救出作戦だ。
ずさんで、しかも隊商の連中を巻き込んだ身勝手な作戦であることは百も承知だ。そもそも百人規模の盗賊団から攫われたアスカをたった一人で助け出すなんて、ハナから無謀なことなんだ。まともな作戦なんて立てられるわけがない。
陽動になってもらうつもりの支える籠手の傭兵と隊商の商人達には悪いが、俺の目的はあくまでもアスカの救出だ。このまま捕まっていたら良くて奴隷落ちで、運が悪けりゃ殺されてしまうだけなんだから、逃げるチャンスがあるだけマシだと思って欲しい。
ああ、そう言えば洞窟の入り口にいた間抜け達が、奴隷商がどうこうって言っていたな。だとしたら殺されることは無いかもしれない。
だけど、違法な奴隷狩りで囚われた人たちが、まともな経路で捌かれるわけがない。戦えそうなヤツは小規模な紛争を繰り返している北の小国家群に戦奴として売り飛ばされ、戦闘向きじゃない奴は裏ルートで鉱山送りといったところだろうか。入り口にいた間抜けが言っていた通り、女性は娼館に売り飛ばされてしまうかもしれない……。
少なくともアスカだけは、そんな道を進ませはしない。俺は逸る気持ちを抑えつつ、慎重に歩みを進めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
遭遇した盗賊達を闇に紛れて片っ端から片付けながら少しづつ進んでいたら、ようやく通路と川が分岐する場所にたどり着く。通路の先には両開きの木製の扉があり、少しだけ開いた隙間からは灯りが漏れ出ていた。扉の奥は広い空間になっているようで、盗賊共が騒ぐ声が反響している。
俺は扉に近づき、隙間から部屋の中の様子を伺う。そこは20メートル四方ぐらいの部屋になっていて、20人程の盗賊達が地べたに座り込んで酒盛りをしていた。どうやらここは盗賊達の集会所らしい。
集会所の奥にはさらに扉が見える。たぶん扉の奥は、牢屋か盗賊頭の部屋にでもなっているのだろう。
……さてどうするか。さすがに20人を一人で相手をするのは無理がある。
かと言ってここに来るまでに脇道は無かったから、アスカ達が囚われているのはこの集会所の奥ってことになる。つまり、こいつらをなんとか排除しなくちゃいけないわけだ。
酒盛りをしているようだし、しばらく様子を見るか? そのうち解散するか、酔いつぶれてくれるかもしれない。いや、それを待っていたら居住区で麻痺させている奴らが動けるようになってしまう……。
ここまで来るのに、まっすぐ歩けば10分たらずで来れるような距離なのに、闇に紛れて暗殺をしながら進んで来たから、2時間近くもかけてしまっている。麻痺が解けるまではまだまだ時間はあるはずだけど、そうのんびりもしていられない。
……幸いこの部屋はそこそこに広いけど、天井はさほど高くない。イチかバチかだ。上手くいくかはわからないけど、とりあえずやれることはやっておくか。




