エカチェリーナ・ボドロヴァ 5
本日2話目更新。
そして、完結です!
冒頭から嬌声に聞こえる叫び声から始まったりと、不愉快&気味が悪い&残酷描写が多くありますので、くれぐれもご注意下さいませ。
「ん、ぎひぃっ!」
痛みで噛み締めた唇からも血が零れ落ちる。
落ちた大量の血液が潤滑剤の代わりとなったらしい、首までが一気に外へ出た。
「いたい! いだいけど! やりましたわ、私!」
頭が抜けてしまえば後はどうにかなるだろう。
千切れてしまった耳を探して拾い上げ、腕を限界まで伸ばして、脱出の邪魔にならない場所へ置いておく。
元通りに治癒できる望みをエカチェリーナは捨てていなかった。
「あぁ! いたい! もったいない! もったいない! いたい!」
血液が凝固しないうちに上手く滑らせて両肩も抜き取れた。
舐め取るよりも、潤滑剤として使う方を優先せなばなるまいと解っていても、エカチェリーナは飢えを抑えきれない。
「はぁ! ちょっと、ちょっとだけなら!」
肩についた血を舐め取る。
真っ赤に染まっていた肩口が、綺麗な肌色になるほど丹念に舐め取ってしまった。
「はっ! 駄目よ! 駄目だわ、エカチェリーナ。目の前の欲に踊らされては、真実の至福には辿り着けないわ!」
ふぅと息を吸い込もうとしてエカチェリーナは、眉根を寄せた。
胸が窓枠に詰まって呼吸がしにくいのだ。
「ど、どうしましょう。このままでは窒息してしまうわ! 誰か! どなたかおられませぬか! 私の手を引いて、身体を抜き出して下さいませんか! 誰か! 誰かあああああ!」
必死に人を呼ぶ。
セラフィマを呼んでも無理だと解っていたので、彼女の名前は呼ばない。
呼ぼうとすると代わりに罵声を浴びせてしまいそうだった。
セラフィマも無様な格好で罵声を浴びせるエカチェリーナを間違っても助けはしないだろう。
「くっ! あ! そうですわ! ヴァルヴァラ様! ヴァルヴァラ様はいらっしゃいませんの! お願いですわ! セラフィマの策謀に嵌まって、抜け出せませんの! いらっしゃるのなら、助けてくださいませんか!」
セラフィマがいるのなら、ヴァルヴァラも来ているはずだ。
彼女ならばエカチェリーナを助けてくれるだろう。
セラフィマとは比べものにならない腕力を持つヴァルヴァラならば、エカチェリーナの両肩を掴んで、一気に脱出させてくれそうだ。
「ヴァルヴァラ様! ヴァルヴァラさまぁあ! 助けて! 助けてくださいまし!」
喉が枯れ果ててしまいそうな長い時間、エカチェリーナはヴァルヴァラを呼び続けたが一向に反応はない。
「けほっ! けほっ! おかしいですわ。どうしてですの? 何故、助けに来てはくれませんの? まさか、ヴァルヴァラ様まで、セラフィマの謀略に嵌まってしまったのですか?」
戦闘以外に頭が回らないヴァルヴァラであれば、あり得る話だった。
「何ということでしょう! ヴァルヴァラ様の愚かさもここまできましたのね! それでは……それでは、引き続き、私が頑張るしかありませんのね?」
両肩だけでも脱出できているのはありがたい。
エカチェリーナは萎えそうになる気力をどうにか振り絞って、両腕に力を込める。
「ぎぃ! うぎいいいいい!」
またしても女性として恥ずかしい声が出るが、エカチェリーナに躊躇している余裕はどこにもない。
「ぎゃあああああああ!」
すぽん! と小気味良い音がして、乳房が抜けたが、エカチェリーナは喜びの声を上げる前に、絶叫を放った。
力を入れていた腕が滑り地面に叩き付けられて、両方とも折れてしまったのだ。
明確には右手が手首、左手は前腕を。
左手に至っては骨が一部外側へ飛び出してしまっている。
「いだ! いだ! いだ! いいぃぃぃぃ!」
堪えきれるはずもなく滂沱するエカチェリーナの目の前で、皮膚を突き破った骨の辺りから派手な出血があった。
「あぁ! あぁあああ! 血! わたくじの、ぢがああ!」
流れてゆく。
どんどん流れてゆく。
「しけつ、だれか、しけつ。わたくしの、ちをとめて……」
血が地面に染み込んでいく。
貴重な食料が失われていく衝撃に、エカチェリーナは自分の置かれた現状を忘れて泣き叫んだ。
「私の血を! 地面如きが、飲むなぁあああ!」
狂った叫びだ。
だがそれは、エカチェリーナの心からの叫びだった。
乳房が抜けてしまえば、後は下半身だけだ。
痛みと出血に呆然としながらも、エカチェリーナは顎に力を入れる。
顎を地面に押しつけただけでも僅かずつ身体が外に出てきた。
そのまま頬も地面につけ、前腕から二の腕を使えば、時間を要したけれど、腰までは抜け出せた。
だが、そこまでだった。
危惧していたとおり、尻が引っかかってしまったのだ。
安産型と言われる見事な大きさだが、形は神が直接作ったとしか思えない完璧さで整っている。
エカチェリーナの尻に溺れて、人生を狂わせた者も多くいた。
その、報いなのだろうか。
尻が邪魔して、完全に脱出できないという現状は。
「いたい。おなか、すいた。おしり、じゃま。いたい。ちがもったいない。のみたい。ちがのみたい。たべたい。ほね。にく。おいしそう。おいしそう」
血の滴る肉が目の前にある。
生肉もエカチェリーナの大好物だ。
全てを食べ尽くすと誓い、腕を引き寄せようと試みたのだが、痛みの余り動かせない。
「だれか、あるか。にくを、わたしのにくをもってくるのです。うつくしいちでかざられた、わたしのおいしいにくを、もってくるのです。もってこれないのなら、くちのなかに、ちょくせついれる、えいよもあたえましょう……」
赤い視界の中、誰かがエカチェリーナの目の前に立っている。
随分と小さな人影だ。
エカチェリーナは、その見知らぬ誰かに、脱出させてくれとは、望まなかった。
ただ、望んだのは一つ。
「わたしのにくをたべさせて。ちをのませて。おねがいしますわ。おねがいしますわ。おねがいしますわ……」
黒髪の小さな人形は5体並んでいた。
1人は右手を、1人は左手を、3人は頭を持った。
小さな手が尋常ではない力でエカチェリーナを引っ張る。
複雑骨折していた右手首は、皮だけがだらりと伸びて、人形はつんのめった。
骨が飛び出ていた左腕は、飛び出た部分から腕が裂けてしまい、人形は尻餅をついた。
左耳が千切れた頭は、さすがに人形の力では引っ張りきれず、首だけに激痛を与える。
人形達は顔を見合わせて首を振った。
「いたいわ。いたいの。たべたいわ。のみたいわ。わたしの、ちを、にくを、ああだれにも、なににもわたさずに、たべたいの、のみたいの。いたいわ。いたいの。もう、ひっぱらないで。わたしはただ、のみ、たい、の、たべ、た……」
人形達はエカチェリーナが、捧げ物を食べた罪を許すつもりはなかった。
引っ張り出して屋敷へ引き摺っていき、食べられぬ恐怖を、自慢の身体が少しずつ欠損し醜くなっていく絶望を、美しい者が目の前にいるにも関わらず交われぬ飢餓を味合わせるはずだったのだ。
しかし、エカチェリーナは人形達が想像していた以上に心身共に弱く、我が儘だった。
人形達が手を出す段階まで、己の置かれた状況を知解できていなかったのだ。
人形達はひそひそと囁きながら、エカチェリーナを放置して消えてしまう。
エカチェリーナは僅かに残った気力で、その言葉を紡いだ。
「しにたく、ない、わ……」
もし人形達に言えていたのならば、その先に更なる絶望が待っていたとしても一時的に命は助かっただろう、その言葉を。
血に塗れた全裸の身体のうち腰までの脱出成功させたエカチェリーナは、下半身を牢屋の中に残し、ゆらゆらと足をぶらつかせながら死んだ。
死因は発狂による急性心不全。
目の前で零れ落ちる自分の血を飲めずに流れるままに任せた、本人的には絶望的な状況に精神が耐えきれず、心臓が脈打つのを止めてしまった。
人形達も呆れるエカチェリーナのお花畑思考。
永遠にバッドエンドループしそうな気がします。
手記とか読めば違うルートが開けそうですが、彼女は読まなそうですし。
『側室達の末路』やっとこさ完結しました。
これで提出できますよ!
期間には間に合いませんでしたが、書くつもりだった『側室達の選択』も、そのうち投稿していこうと思っていますので、そちらはしばしお待ち下さいませ。
最後までお読み頂きましてありがとうございました。
 




