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手の中の静寂なおと1

 師範の家での修行を終え、大河の謎の来訪を終え、私が実家で真っ先にしたことといえば、睡眠だ。

 自室に戻るなり、倒れ込むようにぐっすり眠り込んだ。


 (……ん? なんか、やたら外がうるさい気が……)

 朝がだいぶ近くなった頃だろうか、外が騒がしい事に気が付く。


 ばたばたした豪快な足音が飛びこむように、部屋に入ってきた。

「――葵衣、東の森の方角からどこかの国が攻め入ろうとしているらしい!」

 涼が開口一番に言った。

「本当に!?」

「あぁ、着付け師をすでに東の方へ派遣し始めているらしい」

「私も行かないと!」

 私と涼は立ち上がって、着の身着のまま外へと駆けだした。

 師範の家からもぱらぱらと着付け師が飛び出してくる。


 東の森に向かうにつれて、喧騒の色は強まっていく。

 喧騒の人ごみの中をかき分けて、朝陽に照らされる灰色の石畳がだんだん大きく見えてくる。


 セピアル国へと通じている森の手前。

 青緑の川が流れる上に架けられている橋のたもとで、心に静寂を満たすように瞳を伏せた、凛々しい立ち姿の剣士が大勢いた。


 その中の一人、大河と私は目があった。

「大河さん……」

「よお」

 大河は手を挙げて軽く挨拶をした。

「とりあえず、時間もない事だし小波の結び――で良いんじゃない」

 涼が私に目配せして言った。

「小波……」

「大丈夫、たくさん練習したでしょ」

「おい、出来ねえんなら別に――」

 俺は無くてもいい、そう言いかけた大河を制して、

「出来ます」

 と涼が、私を肯定するように言った。

「涼……」

「大河さんを助けられるかどうかは葵衣の腕一つだよ、いい?」

 涼が私にだけ聞こえる様な小声で言った。

「分かってる」

 そう答えたものの、次から次へと、兵士に着付けをしていく手際の良さを見せる涼の横で、私はまだ動けなかった。


 こんな、土壇場。

 師範の家で自分のペースでやるのとは、勝手が違う……。

 雑念を払う方法が分からない。

 私は帯を広げて、左右に振った。


 小波は海を揺蕩うささやかな波の音。それを衝撃波に変えて敵を圧する。

 その魔を宿らせるための結び――。

 

 でも、雑念をかき消す方法は?


 周りの喧騒。

 私は不安をかきたてられ、余計なことを次から次へと考えてしまい、集中することが出来ない。

「周りがうるさくて集中できない」

 心の声を漏らすように、私はそう呟いていた。

「前とは違って、随分元気がないな。……周りがうるさいなら、耳を塞げばいいだけじゃねえか」

 大河が私の顔を覗き込みながら言った。

「耳塞いだら、帯が結べない……」

「……仕方ねえな。俺がその仕事代わってやる、特別だぞ」

 私は吃驚しながら大河の顔と手を交互に見た。

 大河の手のひらは剣術の猛練習の末に固く張っていて、全体的に凹凸の目立つ手だった。


 その剣士の手から与えられる特別――。

 大河は、ゆっくり私の両耳を塞いだ。

 何も聞こえない。

 大河の手に包み込まれると、不思議と安心し、気持ちが一点に集中していくことが分かる。


 大丈夫、出来る。出来る。


 大河の瞳がそう言ってくれている気がした。

 少し背の高い彼の前に立って、耳に手を添えられたまま、私は帯を巻きつけていく。


 小波の結びは、波の音。

 でも剣を振って、衝撃波が出るのはいいけど、剣を振りかざすのなら、盾もいるんじゃないのかな?



 ――大河、あなたは国に忠誠を誓った戦士だけど、そんなあなただけを守る盾だっているはず。

 きっと、そうだと思う。


 敵国の誰か。

 そう、誰かを傷つけるかもしれないけど、それでも、誰を傷つけるとしても、私はこの剣士を守りたいと思う。


 私、本気ですから。



 一気に遠方から、この国めがけて馬を走らせ跳躍してくる軍隊の姿が目に入った。

 敵国、セピアルの奇襲だった。


 そしてようやく私が帯を最後の部分に通して、後ろに持って行ったとき、私の予想を裏切る事態が勃発した。

 着付けを終えた大河の後ろに、水色の波うち際が出現した。


 小波の魔が宿ったのだろうか?

 でも、これは……。


 私の耳を塞いでいた大河の手に私は重ねるように手をもっていき、そっと耳から手をおろさせた。

「終わったのか?」

 彼と距離がかなり近い状態だということに気付き、急に私は照れだしてしまう。

「は、はい。上出来だと思います」

 たぶん……。

「じゃ、行かせてもらうぜ!」

 

 颯然とした瞳を輝かせた大河が、鞘から刀を引き抜いたその一瞬、この空間を支配している空気の全てに違和感が生じた。

「なんか、雰囲気が……」

 涼が空を見上げて言った。

「なんだ――!?」

 大河の剣先が青紫の雷を纏い、閃光を見せていた。


 そして、黒馬にまたがった敵国の切り込み隊の一人が、森を抜け神威の国の敷地内に入ると、馬を前に倒すようにしながら大河に斬りかかった。

 その刹那、大河の周りに薄桃色のベールのようなものが突如出現し、相手の刀を弾き飛ばした。

「――天女だ。葵衣が天女を呼びつけよった!」

 白露流の誰かがそう言った。

「天女……!?」

 大河の後ろに見える薄桃色のベールをゆるやかに揺らしている、嫋やかな女の姿。

 

 あれが天女?


 大河が刀を振りぬくと、一気に青紫色の衝撃波が一面に広がった。


 小波、だろうか?

 これが世界に伝播していく、着付け師が呼び出す人型の魔の力なのだろうか。

 家元が教えてくれた右左理論がまったく理解できていないままだが、どうにかうまくいったようだ。


 馬達がわなないた啼き声をあげ、前足から風に浮き上がり、次から次へと敵軍の者を落馬させていった。

 セピアルの奇襲の軍隊の陣形は、原型を失い、みな地面にひれふした。

「これは……お前がやったのか」

「おそらくこれは天女の力……ですね」

 私は驚く様子の大河に微笑みを向けた。

「この前とはどうも感じが違うみたいだな……」

「今日は、凄く集中できました。私を静寂の世界に導いてくれた大河さんのおかげです。本当にこんなに着付けに一途になれたのなんか、久しぶりなんです」

 

 私の口から自然とそんな言葉が漏れていた。

 この世界と、魔の生まれる世界とをつなぎ合わせ、勝利を国にもたらす力を人に与える、この恍惚感。


 誰か、いや、この剣士を守り切ったんだという確かな感触。

 私は少しふわふわとした気持ちを抱いて、大河を見つめた。


「……大河」

「え?」

「大河でいい」

 大河は剣をキッチリと鞘に納めて言った。


「一緒に来てほしい場所がある」


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