交易商人に荷運びが便利になるロバを融通してみよう
さて、キルベト・クムランでアースオーブンを作ってからエリコのマークを作ったり、鳩の塔を立てたり、生活に必要なものを揃えようとしていたら、いつの今にやら夏はもう終わりの時期になってしまった。
もともと秋のどんぐりの収穫が始まるまでは割と暇だからと、キルベト・クムランにきてこちらでも長いこと住めるように仕込んでおく予定だったが、小麦やヤムイモなどの農地の整備拡大などには着手できていないので、正式な移住の準備は今年の夏だけでは難しいようだ。
まあ、開墾を含んだ農業なんて一つの季節で終わるわけもないんだけどな。
「そろそろ夏も終わるしエリコに戻るか」
俺がリーリスにそういうと、彼女は頷いた。
「ええ、そうね。
そろそろ戻ってどんぐり拾いなんかの準備もしないと」
というわけで俺達家族はエリコに戻ってきた。
まあ、キルベト・クムランからエリコに持ち帰るようなものは特にないので帰りは特に問題なくエリコに帰り着いた。
あ、野生に戻られても困るので山羊は連れて帰ったけどな。
そして、リーリムの家に世話を頼んでいた、その他の家畜や家禽は元気でやっていたので安心した。
「それにしても家畜や家禽も結構増えたな」
俺がそういうとリーリスも頷いて言う。
「そうねぇ。
どこかの家となにかで交換できるといいのだけど」
「ちょうどよく交換できるものが出そうな状態でもないもんな」
この時代は通貨・貨幣などはないので、他人と何かを交換して手に入れようとしたら物々交換しか手段がない。
そもそもからして必要なものは自分で手に入れる自給自足が基本。
さらに個人や家族の持つ私有財産が基本的に家そのものと家畜小屋の家畜を含んだその中にあるものだけだしな。
なのでこのあたりではどうしても手に入らないもの、例えば打製石器用の黒曜石や打製石器そのもの、あるいは装飾品として価値のある宝石などを交易商人と物々交換して手に入れる事はあるが普段は何かが余っていたら足りない家などにお裾分けする程度だ。
「まあ、増えすぎたなら家畜や家禽は締めて食べるしかないか」
「そうね。
まあ急ぐこともないと思うわ」
「まあ、そうだな」
ガゼルやイノシシなどに加えて水鳥も飛来する季節だから、肉に困ることもないんだよな。
祭りのときに山羊や羊などを神に捧げるというのも、おそらく神に捧げるという名目で家畜を間引いて、皆で食べるようにするために必要な習慣なのだとも思う。
そして例年通りドングリやナッツ類などを拾い集めたあたりで交易商人がエリコに訪れた。
そしていつものようにマリアのところに泊まっているらしい商人のもとへ俺はリーリス、アイシャ、アーキルと一緒に向かうことにした。
「家畜や家禽を石器の交換材料にしてもらえると助かるんだけどな」
「それは難しいと思うわ。
家畜には休むための小屋や餌が必要だもの」
「まあ、そうだよな」
俺とリーリスはそんな話をしていたがアイシャは久しぶりに商人が来てると強いてはしゃいでいた。
「きれーないし、またあるかなー?」
そして不思議そうにしているのはアーキル。
「きえーないし?」
「そうだよー」
アイシャがそういうとアーキルも笑顔になった。
「きえーないしー」
良くはわからないがいいものらしいと思ったらしい。
男の子でも小さいうちはきれいな石とか好きそうだもんな。
何なら普通の石でも集めたりするし。
「まあ、今年はドングリもナッツもたくさん取れたし、良さげなものがあるといいわね」
リーリスの言葉に俺は頷く。
「そうだな。
キルベト・クムランにはまた行くつもりだし、あっちの持って行けて役に立ちそうなもんもあるといいんだけども」
「例えばどんな物が?」
「そうだな、芋の種芋みたいになにかの作物を増やせる元になるものがあればエリコでも、キルベト・クムランでも試してみたいとおもう」
「今年はドングリもたくさんとれたのに?」
「できれば、ある程度の大人数でもキルベト・クムランで食べるものが十分に確保できるようにしたいんだよな」
「今の状態だとそれはちょっと難しそうね」
「そうなんだよな」
今回は山羊を連れて行ったが、羊やアヒル・ガチョウに鳩などの家畜や家禽の飼育は多分なんとかなるが、ドングリやナッツなどはキルベト・クムランなどにはほぼない。
その分を小麦などの穀物や芋などで補おうとすると本格的に農業をしないと厳しいだろう。
ヨルダン川周辺は定期的に水があふれるから連作障害や施肥などは気にしなくてもいいのだが、その他の場所ではおそらくそうは行かない。
しかし、三圃農業のような耕地を春耕地・秋耕地・休耕地の3つに分けて1年ごとに順次利用する輪作農法をするには農具が貧弱すぎるし、灌漑の問題もある。
まあ作物は春に大麦や豆、秋に小麦やライ麦、残りは山羊や羊などの家畜の放牧地として回すならできないこともないとは思うが、家畜が地面を踏み固めてしまったあとを石鍬で耕すのは多分大変だろう。
牛や馬のような大きくて重い家畜はいないが、そういった家畜を使って地面を耕すことも逆にできないしな。
そしてマリアの家の前で商人は様々な黒曜石の原石や石器などを並べてニコニコしている。
「さあ、みなさんどうぞ見ていってください」
そしてアイシャは目を輝かせている。
「いしがいっぱー」
そしてアーキルも目を輝かせている。
「いっぱー」
「ああ、たくさん石があるな、でも危ないから触るなよ」
「あぶなー?」
「あぶな?」
子供たち二人がそう言うので俺は頷く。
「ああ、下手に触ると指を切ったりするぞ」
「わあったー」
「あぶなー」
ちなみに商人は今回石器用の黒曜石だけでなく紅玉髄や瑪瑙、瑠璃、翡翠やオパールにくわえて、アメジストやオニキスなどの水晶やトルコ石にくわえて美しい貝殻や真珠などの装飾用の宝石なども持ってきたようだ。
「とーしゃ、これきれー」
アイシャが目をキラキラさせて指差したのは真珠だ。
「あ、真珠か。
このあたりだと本当珍しいからな」
ニコニコしながら交易商人が言う。
「ヘヘ、娘さんは目が高いですよ。
それは本当に希少ですからね」
そしてリーリスも乗っかってきた。
「あら、これは私も欲しいわね」
ますますニコニコする交易商人。
「奥さんもですか。
なら2つで革袋20個でどうです」
それはさすがに悩む。
革袋20個はさすがに高いように思うが、このあたりではまず手に入らない貴重な宝石であるのも間違いない。
身につければ魔除けとしても珍重するかもしれないしな。
「うむむ、高いが極めて貴重なのは間違いないしなやむなぁ」
真珠の宝石言葉は「健康」「長寿」「富」「純潔」「無垢」「円満」「完成」など。
「ねえ、この機会を逃したらもう手に入らないかもしれないし買いましょうよ」
リーリスがそう言うとアイシャも言う。
「あちしもほしー」
リーリスとアイシャは買いたいみたいだな。
「まあ二人がそういうなら買っておこうか。
それを2つくれ」
俺がどんぐりのたっぷり詰まった革袋を20個を商人に手渡した。
ちなみに息子は悩んだあとブラックオニキスを指さした。
「とーしゃぼくもあれほしー」
「それでしたら革袋5つですな」
「あ、ああ。
じゃあそれももらおうか。
ちなみに前に手に入れてもらった芋の種芋みたいな珍しい作物はないかな?」
「残念ながら今回はございませんね」
「そうか」
まあ、保存が効き、種子などが比較的軽く、食べて美味しいものというのはなかなかない。
「ああ、そういえば南の方で胡麻は手に入るかな」
胡麻は紀元前3000〜4000年頃、すなわち6000年ほど前にはすでにアフリカやインドで栽培されていた、最古の油料作物の一つだ。
「それならば手に入ると思いますよ」
「じゃあこんどそれが手に入ったら持ってきてみてほしい」
「わかりました」
そして俺は話を続ける。
「ところで荷運びに便利な家畜を俺達は飼っているんだが、よければ使ってみないか?
きっと交易が楽になると思うぞ」
「ほう。
それはどのような?」
「ああ、じゃあちょっと連れてくる」
そう行って俺は家畜小屋へ向かい、ロバを一頭連れてきた。
「これが俺の言う便利な家畜のロバ。
乾燥した環境や山道などの不整地に強いし、比較的少ない餌でも維持できるぜ。
まあそういった場所への適応力では山羊ほどではないが、力も強いから背中に荷物を載せて運ばせるといいぞ」
「なるほど、動物に荷物を運ばせるとは初めて聞きましたが、なかなか便利そうですな」
「少なくとも人間が荷物を全部背負うよりはずっと楽だと思うぞ」
「では、こちらのお代は?」
「んー、とりあえずさっき言った胡麻にくわえてモロヘイヤ・オクラ・バオバブ・バンバラマメ・ササゲ何かが手に入ったら持ってきてほしいかな」
これらはアフリカが原産の野菜等だが手に入れば便利になりそうだからな。
「わかりました。
ではそうさせていただきます」
まあ、ロバを潰して食べてしまうより交易商人に渡して、便宜を図ったほうが後に役に立ちそうな気がする。
俺は真珠とブラックオニキスを受け取ったあとリーリスとアイシャ、アーキルにそれぞれ手渡した。
「じゃあ、これはみんな一つずつな」
「わー、とーしゃあいあとー」
手の中の真珠を掲げて喜びを全身でアイシャは表してる。
「本当嬉しいわ」
リーリスもとてもニコニコ顔だな。
「あいあとー」
前回は興味が無さそうだったアーキルだが今回はブラックオニキスが手に入って嬉しそうだ。
ま、みんなも喜んでるし今年は豊作で食べ物に困ってるわけでもない。
アフリカ原産の作物が手に入ればいい事ずくめだ。
もちろん家に帰ったらそれぞれの宝石に以前ラピスラズリでやったようにう石錐で穴を開けて糸を通せるようにして糸を通そうと考えたのだが、真珠の場合はその構造の問題で、ブラックオニキスの場合はその硬度から穴あけは難しそうだ。
ではどうするかと悩んだがスマホをつかって色々調べた結果、現代で言うペンダントのような吊紐を通せるような穴を開けた宝石受けになる小さな受具を作って、宝石の吊り下げ具を作ることにした。
無論、現代のように金やプラチナ、銀と言った貴金属を使うのは無理なので粘土を焼いて作る炻器で何とかする。
試行錯誤で結構苦労したがなんとか炻器で作った宝石の吊り下げ具を作るのに成功したのでそれに糸を通してなんとか完成はできた。
「よし、これでずっと首に下げていられるぞ」
俺はアイシャの首に吊り下げ具を糸で吊るした真珠を掛けてやった。
「わーい、あいあとー、とーしゃ」
バンザイして喜ぶアイシャ。
そしてリーリスにも吊り下げ具を糸で吊るした真珠を掛けてやった。
「うん、ありがとうね。
これもずっと大事にするわ」
にっこり微笑むリーリス。
もちろんアーキルの首にもブラックオニキスをかけた。
「わーい」
ロバ一頭とドングリ25袋は結構な出費だったが未来への投資と考えれば高くはないだろう。




