もう一箇所くらい移住先の目星をつけておこう、まずはキルベト・クムランに立ち寄ってみた
さて、洪水と季節の移り変わりに関しての神語りをアイシャやリーリスに話してみたが、それなりにいい反応はあったと思う。
これをさらに進めるために羊皮紙に物語をまとめ、文字で書き連ねて書物として残すのもいいが、紙芝居のように絵をかいたものを何枚か見せながら、語り手が聞き手に話をするという方式で伝えるようにしてもいいかなと思っている。
んで、このあと俺がやるべきことは、洪水があったときに備えて、もう少しの数の移住先の目星をつけておくことかなと思っている。
なぜそんな事が必要なのかといえば、現状のエリコはこの時代では異常なくらい子どもの死亡率は低下している。
すなわち成人する人口が増えればそれに比例して複利式に人口が増えていく可能性が高い。
現状では15歳から20歳位で子どもを生むのが普通だから15年から20年で人口は1.5倍以上にはなると思う。
つまり現在200人のエリコの人口が20年後には300人に。
その20年後の40年後には450人にというわけで、50年後には500人くらい、70年後には750人くらい、100年後には1000人くらいに達してる可能性もある。
無論それに対応できる食料が確保できるかどうかはわからないし、交易商人が未知の病気をエリコに持ち込む可能性もあるだろう。
集団が大きくなりすぎれば諍いなども起こると思うから、そこまで順調に増えるかはわからないが、人口は条件が整えば爆発的に増えることもあるんだ。
だから実際にはエリコの人口が100年でどのくらい増えるかはわからないが、現状よりはだいぶ多いと思う。
無論のこと洪水が起きたときエリコの人間が全員生き延びられるとも思っていないが、それなりに人数は残るだろう。
今はキルベト・クムランにエン・ゲティとマハマート・マインが移住先の予定だが、やはりもう少しいは移住の目処が付く場所がほしいと思うんだ。
そして目をつけたのがエン・ゲティの対岸のヨルダンの方にあるアルノン川河口流域だ。
この川は旧約聖書に登場する川で21世紀ではムジブ自然保護区のワディ・エル・ムジブであるらしい。
そして、エリコと縁が深いヨルダン川を別にすれば、現代においても四季を通じて死海に注ぎ込む重要な川でもあるらしい。
もっと聖書の時代にはそれ以外にもワジではない四季を通して水が流れる川がいくつかあったようだし、おそらく今でもそういう川はありそうな気はする。
それはともかくアルノン側には四季を通じて涸れることのない、澄んだ水の小さな流れがあって、そこには沢山の魚が見られ、その流域には、ヤナギなどの草木が豊かに茂っているらしい。
そうなればエン・ゲティとともに移住先に定めてもいいんじゃないかと思うんだ。
とはいえエリコからは結構離れてるので往復だと一週間くらいは必要だとは思うがな。
そういうわけで、以前にエン・ゲティに行ったときのように、キルベト・クムランから ハママートマインを経由してアルノン川のある場所へ向かうことにする。
当然のことだが前もって、エリコの村長であるマリアに相談し、俺達家族がエリコを離れている間の家畜・家禽や畑などの世話などをエリコの住人が分担して請け負ってもらう。
これで安心して俺達家族揃って下見も兼ねて出かける事ができる。
今回も保存食だけでなくソルガムやミレット、そしてヤムイモの種芋を植えてくるつもりだから石鍬なども持っていく必要があるな。
もちろん飲料水を入れておく水瓶や食料、狩猟に使う弓矢なんかも必要だ。
それらの荷物を船に乗せて俺達はエリコから増水したヨルダン川漕ぎ出しまずはキルベト・クムランを目指した。
エリコからキルベト・クムランまでは15キロほどだから3時間から4時間位を船などで移動すれば行ける。
なので、以前にキルベト・クムランに行った時のように水のたっぷりはいった水瓶、そこから水をすくって飲むためのカップ、硬めに焼いたパンとチーズやドライフルーツに小麦等の入ったツボ、魚をすくうためのタモ網、調理用のタジン鍋、地面に敷くためのものと体にかけるための薦、火を起こすための弓切り式火起こし器、獲物を捕まえるための弓矢に石器のナイフ、後は石鍬にタンドールのような粘土製の持ち運びできる壷窯型オーブンといった道具を一通り用意して、入るものは背負籠に入れて、薦は丸めて紐でくくりつけて葦船に乗せ、家族全員船に乗ってパドルで南に進んでいく。
今回も使うのが水竿ではなくパドルなのは死海を横断するからだ。
「アイシャ、今回も水に落ちないように気をつけながら魚をすくってくれるか?」
エリコの周りが水浸しになって狩猟ができない時期でも、こうやって魚を掬っておけば重要なタンパク源として利用できるのは助かるな。
「わあったー。
あたし頑張るー」
そして息子のアーキルもいう。
「ぼくもやるー」
「おお、じゃあアイシャと順番でな」
ということでアイシャや息子がリーリスの補助を受けつつ魚をすくっては、捕まえた小魚をリーリスが活け締めして食料の確保をしているうちに、キルベト・クムランについた。
そして乾季には枯れて水無川となるクムラン川へ、船をつけてアイシャを船から下ろし、息子を背負ったリーリスに船から降りてもらい、葦船を岸に引き上げて、背負籠を背負い、手に荷物を持った。
今は水が枯れているクムラン川を上っていくと、チョロチョロと水が流れ始め、緑が見え始めた。
「よし、もうちょっとだぞ」
俺はリーリスにそのように声を掛ける。
「はいはい、じゃあとちょっと頑張りましょうか」
岩山の山肌から水が吹き出して滝になっているところで水瓶に水を入れて飲水も補給する。
そして、休憩を兼ねた食事のため少し開けた場所で弓切り式火起こし器を使って火を起こし、魚を木の枝に串のかわりにさし、チーズを乗せたパンも火で炙る。
やがて魚に火が通るといい香りが漂ってきた。
もうこういった行動も手慣れたものだ。
「さて、そろそろ焼けたしくおうか」
「そうね」
「たべるのー」
「たべるー」
ちゃんと活け締めをした魚と、炙ったチーズを乗せたパンはとてもうまい。
しばらく休憩した後、俺は以前にクムラン川のそばの地面を軽く耕してソルガムやミレットの種を巻き、ヤムイモを一つはそのままで、もう一つは適当な大きさに切って種芋として埋めた場所を見てみた。
「お、前に蒔いた種や埋めた芋はちゃんと育ってたみたいだな。
やっぱりここでも農業はきちんとできそうだだ」
俺がそう言うとリールスが微笑んでいった。
「そう、良かったわね。
山羊なんかも連れてきてもちゃんと育ちそうね」
「そうだな。
ある程度したら山羊とかも連れてきてこっちに定住を試みてみたいな」
今回はベースキャンプとして使うキルべト・クムランだが、将来の定住地としての目算も十分経ったようだ。