洪水の予言をのための神語りを記しておかないとな
さて、羊皮紙や石板、粘土板などで地図を作ることで、まず目先として必要な記録媒体がある避難先の地図はそれなりに形になった。
その次に作りたいのは100年ほどあとに来るだろう氷河湖の決壊によるエリコが水没するであろう、洪水に関しての警告のための予言だな。
ちなみに地球最後の氷期である「最終氷期」は、およそ7万年前に始まり、2万1千年前に最盛期を迎えて、1万年前に終了したことがわかっている。
そして6000年前までは気温はだんだんと上がっていった。
ちなみに21000年前の世界平均気温は約8℃で、20世紀の世界平均気温は14℃なので、氷期はそれより6℃低かった。
しかし、6000年前は現在より平均気温が2〜3度高かったらしい。
つまり9500年ほど前のはずの今は最終氷期がおわって気温が上がっている途中だから間違いなく氷河湖の決壊は起こるはずだ。
実際に気温が上がっているのはエリコ周辺でも大麦や小麦などの麦が普通に育つようになり、リンゴが取れなくなってることでもわかる。
とはいえこんなことは俺がスマホを持っている現代人だからわかることで、この時代の人間は寿命もそう長くない場合が多く、村から出ない人間も多い。
あちこちを移動するなんてのは石器などを扱う交易商人くらいだろう。
まあそれはともかく、中近東のシュメールやメソポタミアやギリシャ、ヘブライの洪水神話は神が堕落した人間に罰としての洪水の襲来を警告し、歴史を記録し、船を作ってその人間の家族や友人、財産や家畜を守るよう指示する感じなのは共通しているらしい。
エリコの場合は春の収穫祭で船に収穫した食料をエリコの塔に保存しておくことはすでにやっているので、あとはその祭りを絶やさないようにすることを記録として残すべきだな。
あとは文字を読めるようにするべきなんだがこれは一子相伝でもいいかもな。
エリコの行政の長はマリアがいるわけなので基本的にはそちらには大きくは関われない。
しかし政治、つまり祀り事に付いての伝承の継承などは我が家でやってもいいんじゃないかと思う。
正確には祭りをやるきっかけ、つまりなぜ祭りをやる必要ができたのかという説明になるための神話だな。
俺はアイシャに話しかけていた。
「アイシャ、エリコの近くの川はなぜ春に溢れて水浸しになるか今日は話していこうと思う」
アイシャはニコニコしながら頷いた。
「わあった」
そして息子であるアーキルを抱いた、リーリスもなんか面白そうなことをしようとしていると思ったのか俺達の近くでニコニコしている。
「まずこの世界に神様はたくさんいるが、川の水やそれによって草花や穀物がちゃんと育つようになるのに大きく関わるのは大地の女神様とその娘さんだ」
「しょーなの?」
「ああ、そうなんだ。
昔は大地の女神様のお陰でこの世界は暖かく、どんぐりや麦もたくさんとれていた。
でも、ある時から世界は寒くなりどんぐりや麦が実らなくなってしまったんだ」
「どしてー?」
「女神様が目の中に入れても痛くないと、すごくかわいがっていた女神様の娘はある日姿を消してしまったんだ」
「どしてー?」
「詳しくはわからないけど、その時はお母さんのところを少し離れて、きれいな花をつんでいたらしいよ」
「そーなの?」
「ああ、そうらしい。
でもその時その娘さんを見て一目惚れしてしまった北の方にいる氷や寒さを司る神様が娘さんを連れ去ってしまったんだ」
「しょんなひどい」
「そ、だからアイシャも一人で村から離れたらだめだぞ」
「わーった」
「ともかく女神様は愛する娘が北の寒いところへ連れさられてしまったことをしって、自分も追いかけようとしたけど、北の山に遮られて行けなかったんだ」
「しょーなの?」
「そうなんだ。
そして娘に会えないことで悲しんだ大地の女神様の涙が北の山に降り積もってしまい、世界はどんどん寒くなっていった。
でもこれは流石にまずいと思った天空の神様が山を飛び越えて、氷や寒さを司る神様に娘さんを解放するように伝え、氷や寒さを司る神様も渋々これに応じて娘さんを解放した」
「よかったー」
「でもね。
その帰り際に、氷や寒さを司る神様がお腹が減っただろうとザクロの実を娘さんに差し出したんだ。
娘さんもやっと帰れると安心したのと何より空腹に耐えかねて、そのザクロの実の中にあった12粒のうちの6粒を食べてしまった」
「たべちゃったのー?」
「そう、食べちゃったんだ。
そして、山を超えた北の地域のザクロを食べてしまったことを大地に女神様に話した」
「でもね、自分が行きたいと願ったわけではなく、連れ去られたのであっても北の地域の食べ物を食べた者は、北の地域にすまないといけないという神様の定めがあったんだ。
要するにお嫁さんにいかないといけなってことだな」
「そーなの?」
「そうなんだ。
だから本当は娘さんは北の地域に属さなければならないかったんだ。
でも、食べてしまったザクロの実の数だけを北で過ごすことに決まったんだ。
全部で12粒の半分の6粒分な」
「しょーなんだ」
「うん、だから1年のうちの秋に取れるザクロを食べたから秋から冬の1/2を北で娘さんは過ごすこととなり、残る半分の春から夏は南に戻ってきても良くなった。
でも大地の女神様は、娘が北にいるときは悲しくて北の山に行っては泣いて暮らし、春になって娘さんが戻って来ると喜んで、山の雪が溶けるようになったんだ」
「なるほどー」
「だから、秋になると寒くなって春になると暖かくなるんだよ。
で、ずっと昔は一年の半分くらいは娘さんが北にいかないといけなかったけど、時間が経ってきたこともあって今は1/3くらいで良くなったんだ。
そのために昔よりだいぶ暖かくなったし、この先は寒い時期はもっと短くなっていくはずなんだよ」
「それは嬉しいね」
「うん、でも困ったことがあるんだ。
あんまり寒い時期が短くなって世界が暖かくなりすぎてしまうと、山に積もっていた雪や氷がいっぱい溶けてエリコの壁を超えて街に中にはいってきてしまうくらい川の水がいっぱいになっちゃうはずなんだ」
「それは困るー」
「でも神様も完璧じゃないからね。
だから神様にありがとうって感謝の気持は必要なんだけど、神様が失敗しないことを求めても無理なんだ」
「しょなのー?」
「そう、だから春の水が増える前のお祭りには葦船と食べ物を用意して塔においておくんだ。
水がいっぱいいっぱいになって街に中にはいってきてしまったときに食べ物と一緒に逃げられるようにね」
「わあったー」
アイシャがそう言うとリーリスもいう。
「なるほど、そういうことだったのね。
なんで船に食べ物を乗せたみんなで塔まで一緒に運ぶようにしたのかなんとなくわかったわ」
「そう、だからせめてリーリスやアイシャはこのお話を娘にずっと伝えていってほしい。
アイシャもいずれ結婚して子どもを生むことになるはずだからな」
「わーった」
アイシャがそういうと、リーリスも頷いた。
「わかったわ。
きっと大事なことだものね」
「ああ、大事なことだ」
世界中に残る大洪水神話だと生き残れるのは一組の家族だけだったりするが、さすがに本当はそこまで少なくはないと思う。
けれど、洪水に巻き込まれた者たちの大半は生き延びることはできなかっただろうこともわかるからな。
いざというときの備えはやっぱり大事だと思うんだ。