第22話 デート④
触れ合いコーナーを後にした私たちは、施設の奥にある花畑に来ていた。色とりどりの花が咲き乱れる景色は圧巻で、とても目の保養になる。
「この辺りは白いお花のエリアですね。ルイジット、ネジーヴァ、モンニュでしょうか。」
「お前は花も詳しいんだな。綺麗であるのに変わりはないが、俺は形の違いくらいしか分からない。」
「薬草学を学んでいた時期に少しだけ花についても勉強したんです。」
そう言いながら、私はルイジットの根元にある小さな木の実のような突起を指でさす。
「ルイジットの根元にある木の実のような突起が見えますか?あれを採って最低でも3日間日干しして乾燥させると、頭痛に効く薬になるんです。」
「ほう。ルイジットは薬になり得る花なのか。」
「はい。ちなみに、猫を飼っている家庭で育てるのは非推奨です。猫がルイジットの花を食べてしまうと、中毒を起こしてしまうので。」
私は歩きながら、花について解説をする。イヴァンが色々と質問をくれるので、可能な範囲で答えていく。しばらくして、私は自分だけが話していることに気が付いて、イヴァンに謝罪をした。
「す、すみません。私ばかり話して。」
「いや、聞いていて興味深い話しばかりだ。気にしないで続けてくれ。」
イヴァンはそう言いながら、私に笑顔を向ける。イヴァンは人を気持ちよく喋らせる才能があるんだなと思わず感じてしまった。
「ん?あれはもしかして…」
イヴァンの視線の先には、とある種の花と木の実が成っていた。
「あ、あれは…」
「”ノアの実”…聖獣にとっては麻薬のような木の実だったか。」
正確には、ノアの実を粉末状にしたものが、聖獣にとっての麻薬に成り得る。普通に野生に群生している分には問題がないけど、人の手を加えて特定のものになると、害を成すタイプの植物だ。
「保護した聖獣の中には、重度の中毒を起こしている個体もいたな。お前の作った解毒薬である程度は回復したが、それでも元には戻れない。」
「私には、キルベキアの聖獣舎にノアの実の解毒薬のレシピを置いていくのが精一杯でした。…と、自分では思っているんですけど、他にもできることがあったのかもしれませんね。」
「…いや、お前はよくやったと思うぞ。」
思わず空気を重くしてしまい、私はそれを振り払うように少し速足で歩く。
「…イヴァン、向こうに行きましょう。私、あの大きな花が見たいです!」
「…ああ、そうだな。行こう。」
そう言うと、イヴァンは手を繋いできた。私はそれに答えるように、大きく握り返した。
◇◇◇
時は進み、時刻は閉園まで1時間を切っていた。
イヴァンは最後に私を連れて行きたいところがあると言い、私の手を引いて森の中のような道を歩いていた。
「…わ、可愛い。」
「大きくもないし派手ではないが、趣がある。俺はテルシア牧場で、ここが一番好きなんだ。」
植物が絡まっているアーチの先には、小さな教会が佇んでいた。窓にはステンドグラスが施されていて、夕日に反射して輝いている。
イヴァンはゆっくりと教会の扉に手を当てる。扉は金属音を響かせながら、ゆっくりと開いた。私は彼の後に続くように、教会に入っていく。
「わあ…!えっ…本当にすごい…!綺麗!」
「圧巻だろ?ここのステンドグラスは。」
視界の先には、植物と動物たちをモチーフにしたステンドグラスが広がっていた。天使たちが周りを彩り、その天使の輪の中に動植物が描かれている。
「昔、祖母にここに連れてきてもらったことがあってな。『いつか大切な人ができたら連れてきてあげなさい』って言われたのを覚えている。」
「大切な人…。」
「ああ、お前のことだ。アメリア。」
イヴァンが微笑みながら、まっすぐ視線を私に向ける。夕日とステンドグラスに照らされた彼の顔は、美術品のような美しさを纏っていた。
彼からの素直な好意に、何故だか今の私は喜べなかった。
イヴァンは見た目も格好良く、家柄や地位の面でも多くの女性にモテるタイプだと断言できる。彼の高貴な身でありながらフラットに接してくれる姿勢は、老若男女問わず多くの人を魅了するだろう。
そんな彼だから、過去にお付き合いしていた女性がいてもおかしくない。むしろ、そういう女性がいない方がおかしい。彼が私に向けてくれている好意は、間違いなく本心であるのは分かる。
…思考がまとまらない。私は聞いたことも見たこともない、勝手に想像した”過去の彼の恋愛関係”に、形容し難い感情を抱いているのかもしれない。
「っ…はは。お前、考えていることが全て顔に出ているぞ。」
「…えっ。」
「確かに、過去に何人か付き合ったことのある女性はいる。だけど、ここに連れてきたのは、お前が初めてだ。」
私は自分の心の醜い部分に触れられた気がして、少し罪悪感が募った。繋がれている彼の手を、思わず離してしまった。
「…すまない。今この場で昔の話をするのは不適切だったな。」
「いえ、その点は気にしていません。大丈夫です。」
「そうか、そうか…。」
イヴァンは自分が失言してしまったのかと焦っていたけど、私の言葉を聞いて安堵の表情を浮かべた。
「…自分の心の狭さを実感して、自己嫌悪していただけです。イヴァンのせいではありませんので。」
私は精一杯微笑み返し、イヴァンを安心させようと努める。そんな私を見て、イヴァンは何かを思い付いたのか、私と自分の体を向き合うように移動させる。それはまるで、永遠の愛を誓い合う新郎新婦のようだった。
「…言葉と行動で示すのが手っ取り早いと思った。」
「え?」
そう言うと、イヴァンは私の手を取り跪いた。その姿はまるで、物語の中に出てくる王子様そのものだった。実際にイヴァンは王子だけど。
「私、イヴァン・ラルヴァクナは、アメリア・オルコットへの愛を誓います。」
そう囁くと、手に取っていた私の掌に口付けをした。彼の青空のような目が私を捉え、慈しみを持つように微笑む。
「…イヴァン。」
「今のは俺の本心だ。好きだ、アメリア。」
私たちはお互いの顔を見合わせるように見つめ合う。イヴァンの大きな手が私の頬に添えられ、お互いの顔が近づく。
「…嫌なら、押し除けても大丈夫だぞ。」
「それを聞くのは、無粋じゃないんですか?」
「…ふっ。そうだな。」
私とイヴァンの影が、1つに重なる。
ステンドグラスの天使たちが、祝福しているような気がした。




