348話、化け物なりの楽しみ方
溶岩柱の僅かな間から窺える『氷河の覇者』は、ほぼゴーレムの形へと変貌を遂げている。
フラウが使用した『アブソリュート・レイン』とやらも、溶岩から伝わってくる微弱な振動からして、未だ健在。魔法陣ごと周囲を一掃するなら、あの潰えし火属性魔法がいいかな。
掌握領域をまだ展開していないが、今の私は火を司る大精霊。そこらかしこで垂れ流し状態の溶岩から、魔法を放つことが可能だ。
胸躍る気持ちが止まぬ私は、握り拳を作り始めた『氷河の覇者』を見やりつつ、開いた右手の平を胸の高さまで上げた。
『エクスプロージョン』
やや上ずった声で呪文名を唱えた瞬間。四方にあった溶岩壁が、重厚な爆発音と共に爆ぜ踊り。私達を溶岩まみれにしながら、発動した呪文の全容が露になっていく。
「ああ~、これか。実際に見たことは無いけど、随分騒がしい魔法だな」
潰えし火属性魔法『エクスプロージョン』。効果は、術者を中心にして、連鎖する爆砕の業火が球体状に拡大。掻い潜れる隙間は無く、絶えず爆砕する業火の威力も強靭。
連鎖する爆砕は増殖を繰り返していくので、時間が経てば経つほどその厚みを増し。少しでも対処が遅れれば、天地を食らう難航不落の要塞と化す。
しかし、ベルラザさんが呟いていた通り、本当に騒がしい。三百六十度から飛んで来る、全身を殴打する重い衝撃。右耳から入り込み、左耳を突き抜けていく尖った爆発音。
『イラプション』も、そうなのだけれども。昔の魔法って、術者が無事で済まなそうな物が多くないか? 普通の人間が使用したら、ひとたまりもないぞ。
『『イラプション』と『エクスプロージョン』か、これまた懐かしいなぁ。共に悪戦苦闘した記憶があるけど、同時に発動してる所は初めて見たぜ』
どこか苦笑い混じりなフラウの『伝心』が、爆発の嵐に飲まれていく。どうやら太古、この二つの魔法で苦汁をなめる思いをしたらしいが、真向から挑んだ経験があるのであれば。
『で? その時は、どう突破したんだ?』
『もちろん、術者諸共たたっ斬ってやったぜ! 当然お前らは、そうなるワケねぇよな?』
いつかは分からない遠い当時、二つの魔法を対処した方法を明かすや否や。寒夜空で待機していた『氷河の覇者』が、眠気を催す速度で右腕を振りかぶり始めた。
『大氷斧ヨトゥン』
どこか期待に満ちた呪文名と呼応するように、空いていた『氷河の覇者』の右手先より、更に巨大な銀色の魔法陣が出現したかと思えば。
その大魔法陣が、『氷河の覇者』の腕より一回り細い柄を生成しつつ動き出し。背筋が凍り付くほど滑らかで、大陸を易々とぶった斬ってしまいそうな斧刃や刃先が出てきた頃。
待っていましたと言わんばかりに、『氷河の覇者』が大氷斧の柄を握りしめ。役目を終えた大魔法陣が、大粒の粒子と化して消えていった。
「ありゃあ、でかいな」
「いつの日か、ノームが召喚した『大地の覇者』で殴られそうになったことはありますが、それすら可愛く見える規模ですね」
元々『氷河の覇者』は、相当距離を離さなければ、全容を拝むことすら叶わぬ巨体だというのに。それが武器を持つなんて、想像すらしていなかった。私一人の時にやられていたら、本当に為す術がなかったな。
無論、アレに対抗する手段は、二つ三つある。が、ただ溶かし尽くしたり、焼き斬るだけじゃ味気ない。こう、どうにかしてアレを利用出来ないものだろうか───。
「……今の私だったら、出来るかもしれないな」
正直、『氷河の覇者』は居るだけで厄介なのには変わりない。私達がどれだけ優勢になろうとも、全てを無に帰する武器なんて持たれたら、なおさらだ。その大氷斧、さぞかし重いんだろうな。
「ベルラザさん。一つお願いがあります」
「なんだ?」
「『氷河の覇者』の右手首辺りを、切断して欲しいのですが」
「右手首を? それだったら、本体を狙った方が早いんじゃないか?」
「いえ。本体の方は、私がやりたいです」
「……うん?」
どうやら、予想だにしていなかった返答らしく。初めて聞く困惑色の声を発したベルラザさんが、私の方へ顔を振り向かせてきた。
「愛しき我が愛娘よ。一体、どんな恐ろしいことを企んでんだい?」
「ちょっと、試してみたいことが出来まして」
「試してみたいこと、ねぇ~? イフリート師匠、後で話があります」
『先に言っておくが、俺は武器を扱ったことなんざ無ぇからな』
二人して、私の目論見に気付いたのだろう。潰えし火属性魔法の中に、武器を生成する物があるのだけれども。やや焦り気味のイフリート様は、使用したことが無いのか。
「……まあ、フラウを最大限煽るには打って付けか。『不死鳥の息吹』で焼き斬りつつ、周辺にある程度の火を放っとくから、右手が分離して自然落下し始めたタイミングで飛べよ?」
「分かりました。ありがとうございます」
「よし、じゃあ行くぞ!」
私の壮大なワガママを聞いてくれたベルラザさんが、その場で跳躍し。『氷河の覇者』の右手首へ狙いを定め、縦蹴りをしながら超圧縮した『不死鳥の息吹』を放つ。
すると、鞭のように美しくしなり、空へ向かいどこまでも伸びていく眩い赤熱線が、『大氷斧ヨトゥン』を握り締めた『氷河の覇者』の右手首を、音も無く三度通過。
その数秒後。『不死鳥の息吹』が描いた軌跡と『氷河の覇者』の右手首内部三ヶ所から、爆発が巻き起こり。再生する暇も無く、右手首がゆっくり分離し始めていく。
『大氷斧ヨトゥン』が倒れていく方角、刃先の角度、共に申し分無し。ベルラザさん、そこまで計算してくれたのだろう。これだったら、非情にやり易い!
「……今だ!」
全てのタイミングを見極めた私は、右手首付近の残火を媒介して、『氷河の覇者』のすぐ傍まで瞬間移動し。右真横にある、鏡面の如く見事に切断された凄まじい威圧感がある氷壁に、右手を肩まで突っ込ませた。
「んん~っ……!! さ、流石に、おんもい、なっ!」
さながら、世界に根付いた大山脈に手を突っ込み、無理やり動かそうとしている状態よ。肩が引き千切れてしまいそうだ。
けど、ベルラザさんが残してくれた火を利用して、『氷河の覇者』の手の甲から大規模な『不死鳥の息吹』群を噴出させた所、なんとかギリギリ動かせている。
『大氷斧ヨトゥン』は、まだ握ったまま。というか、フラウがなんらかの細工を施したのか、手と一体化している。『万里眼』で確認してみたから間違いない。これなら、すっぽ抜ける心配は無いな。
「んぉおお~っ……!!」
『氷河の覇者』の右手に突っ込んだ私の右腕と、手の甲から噴出させている『不死鳥の息吹』に、現在出せるだけの全身全霊を込めていく。
背後に居る本体や、遥か下で滞空しているであろうフラウは、特に目立った動きは無し。フラウに至っては、口をあんぐり開き、目を見開いて呆けている。
いいぞ。頼むから、しばらくそのまま棒立ちしていてくれ。一回、やりたいようにやらせてもらう。お前が出した『大氷斧ヨトゥン』で、『氷河の覇者』本体をぶった斬ってみたいんだ!
「うぉぉぉおおおーーっ!!」
限界まで噴出させた『不死鳥の息吹』の推進力が乗り、ようやく私の意思で動かせるようになってきた右手を、『氷河の覇者』本体頭部目掛けて振りかぶっていく。
本体との距離は、さほど離れていないけれども。斧刃だけで本体の上半身ほどある『大氷斧ヨトゥン』であれば、この距離からでも頭部から足先まで届くはず。
氷で氷をぶった斬る感触は、一体どんなものなんだろうな。初めて味わうその感覚、早く私に教えてくれ!
「いっけぇぇぇえーーーーっ!!」
とんでもない遠心力に持っていかれてしまいそうな全身を捻り、おまけ程度の勢いを足し。大気を轟音で揺らし、空を割いていく『大氷斧ヨトゥン』の刃先が、本体の頭部に到達するも束の間。
互いが触れた瞬間。頭部は亀裂が走る余地も無く爆散し、一つ一つが国や領に大打撃を与えかねない大氷塊に変わり、思うがままの方角へ飛び散っていく。
順番に粉砕していく首元、上半身、下半身に掛けてもそう。鋭い物でスパッと斬るというより、大槌や鈍器で叩き砕く感覚に近い。どちらにせよ。今まで感じたことのない、凄まじい爽快感があるな。これは!
「んん~りゃぁあっ!!」
まだそこまで到達していないというのに、先走った衝撃に撃ち負けて瓦解した足先を、刃先が通り抜けた頃。
用済みになった『氷河の覇者』の右手から、私の右腕を引き抜き。勢いを失わないまま、不気味な速度でゆるりと回転しながら遠ざかっていく、本体の右手と『大氷斧ヨトゥン』を見送り。
私は今、呼吸が大いに乱れていて、肩で呼吸をしているのだと理解が追い付いてきた後。
白い尾を引いて落下していく、禁断の召喚魔法『氷河の覇者』だった大氷塊群を一度視界に入れ。大きく息を吐き、『誠実な中立者』がポツンと佇む寒夜空を仰いだ。
「思ってたのと違かったけど……。すっごく楽しいな、これ」
やり切って満たされた満足感が、口から薄ら笑いに変わって漏れ出していく。相手が使った禁断の召喚魔法を、相手が出した潰えし魔法でぶった斬ったんだ。こんな体験、二度と出来ないだろうなぁ。
どこか怯えたようにたなびく『誠実な中立者』を、じっと見つめ。細い白息を長く吐いてから、微動だにしていなかったフラウへ、視線を流した。
『さあ、フラウ。次は、どんな魔法を見せてくれるんだ?』
『……すまねえ、アカシック。お前の期待に応えられそうな魔法、あたしは知らねえわ』




