245. 迫る影
領主の部屋の隠し金庫をラスタが見つけたのは随分前だ。話を聞いた時からまともなお金ではないかもしれない、と思ってはいた。
その金庫がほぼ開けられていない様子なのは、ラスタの偵察で分かっていた。そこから銅貨が減っていることに、ヘルネスは今日も気が付かなかったらしい。
「……」
同じ人間とは思っていないブワイエ一家が思っていた以上にあくどかったからと言って、驚く余地などあまり残っていない。だが花嫁の家の話には驚愕した。
「……他国から攻められてるこんな時に、内乱なんて起こすと思う?」
意見を求めると、小さな竜人はこてんと首を右に傾げた。
「わたしならだが――――――――戦が終わるまで待つな。戦の後はどちらの国からも獣人ががくりと減るから、国を乗っ取れる可能性はある。」
「でもヴァルーダが戦に負けたら?……その前に国がなくなっちゃうんじゃ。」
すると竜人少女は今度は反対側にこてんと首を傾げた。
「これだけ大きな国だと簡単には制圧出来ないから、何かの形で国は残ると思うぞ?トラム・ロウの東岸だけとか。負けると決まった訳ではないし、国が攻撃されている最中に反乱を起こすよりは残るものが多そうだが。」
「………」
幼い姿と声にそぐわない相棒の見解を、少年は真剣に聴いた。
獣人が減る。
その言葉が引っ掛かった。
そうだ、ヴァルーダが他国が手を出せない大国であり続けたのは、所有している獣人の数がどの国よりも多いからだ。
そもそもどんな勝算があってゴルチエ家は反乱なんて計画しているんだろう。
背筋がぞわりとして冷や汗が出る。
ゴルチエ家とその家から来た花嫁。
やっぱりラスタの存在を知っている―――――――?
でも何かしっくりこない。アメルダの行動はずっと謎だ。
ゴルチエ家って一体――――――――――――
ヴァルーダ王が誰になろうが、ナギにとっては本来どうでもいいことなのに。正体の知れない不気味な影が迫ってくるようだった。
もう直地下牢に戻される筈だったミルはどうなるんだろう。
新しい事態を前にその時、堪らなく不安になった。
「ナギ?」
ラスタに心配そうに顔を覗き込まれたが、考えが纏まらなくて言葉が出ない。
「銅貨のこと、ばれなくてよかった。」
なぜかそんなことを言ってしまった。
「あの隠し金庫はああやって開けるんだな。」
「―――――――――知らなかったの?」
「内側から鍵を解除するのは仕組みを知らなくても出来たからな。からくりが分かって面白かったぞ。」
楽しげに笑うラスタを見て苦笑する。「今度やってみる」と言われて焦ったが。出来れば不必要に危険なことはしないでほしい。
◇
ガチャリ。
ドアを開けると部屋に入る前にそこにいた者達が、全員そのまま残っていた。
「父上はなんと仰られた?」
締め出されていた弟が苛立たし気に兄に詰め寄る。
「――――牢が、川に近いから……水害の危険があるから囚人を移したそうだ。」
一応のもっともらしい理由に、誰もすぐには疑問を投げ掛けることが出来ない。
だが養育係は、若い主人が与えられた台詞を喋っていると感じた。ハンネスの顔色は蒼白で、抑揚のない口調は機械的だった。
「兄上、どこへ――――――」
「ハンネス様!」
「ついて来るな!!」
全員を拒否して、後継ぎ息子は父親の部屋の前から立ち去った。
なぜそこに向かったのか分からない。
父親が自分の頭越しに全てを進めていると言う苛立ちが体内で逆巻いて、その怒りの出口を求めていた。
階段を降り、廊下を進む。
バンッ!!
扉を跳ね開けると、ミルがびくりと体を震わせて振り向いた。




