244. 闇色の硬貨
◇
口を絞られた革袋が七つ、石造りの四角い空間に押し込められている。だがほとんどは空ではなさそうだというだけで、中身が詰まっていそうな袋は二つだけだった。
その二つの内の一つに父親が手を伸ばす。
「見ろ。」
オレンジ色の闇の中で、どんよりした瞳の男が袋の口を開く。
その威力を理解していたのだろう。四角い穴の横に膝を付いたまま、父親はようやく立ち尽くしている息子に視線を向けた。
中身の予想が全く付かなかった訳ではなかった。だが実際に予想していた物が袋の中に見えた時、ハンネスは我を失った。
袋一杯の金の硬貨。
ハンネスの体内で渦巻いていたドロドロとした感情が消し飛ぶ。
貧乏領地のせいで何度も屈辱を味わってきたハンネスにとって、他の全てを忘れさせる程、その存在は強烈だったのだ。
目の前のその輝きにほぼ全ての感情が持って行かれて、ゴクリと喉が鳴る。それでも辛うじて警戒心が頭をもたげた。
もしこれが王家に知られたらどうなるんだ……?
ヴァルーダ人を奴隷にするのは家が取り潰されるくらいの重罪ではなかったか。
刑罰の記憶は曖昧だったが、重い罰であることだけは確かだ。
目の前の力に飛び付きたい感情に、万一を恐れる理性が全力で抗い、体じゅうから汗が噴き出す。
「あの囚人達は売り物だ。昨日は諦めざるを得ないかと思ったが、高い値で売れるのだ。」
高い値……?
今まで何人売ったんだ?
父親の話をただハクハクと口を動かして聴いていたハンネスは、売値に言及されてふいに思った。
いくら高い値で売れると言っても、二、三人売った程度でこれ程の量の金貨になる筈がない。
そう言えば牢の場所を移してから囚人が死ぬペースが早くなっていた気がする、と今更に気付く。気にも留めずにいたのは、重罪人が獄中死することなど珍しいことではなかったからだ。重罪人にまともな衣食住など与えていなかった。
死んでなかったのか……?
殺人や強盗の罪を犯した者が獄中で死ぬと、大抵の家族は遺体の引き取りにさえ来ない。村じゅうが知り合いのような田舎では、身内から罪人が出るとその家族も針の筵で、罪人との縁を切りたがるからだ。
よくもここまでばれなかったものだと思ったが、考えてみれば確かに、発覚しにくい状況ではあった。
無駄飯を食わせていただけの罪人が金になる――――――
ハンネスはもう一度ゴクリと唾を飲み込んだ。
「マッカに囚人を連れ帰らせたのは牢が川に近いからだ。この状況ではいつ水害が起こるか分からぬだろう?」
「も……もし王家に知られたら、大変なことになるのでは……?」
「王家が安泰とは限らん。」
「は……?」
「王権は覆るかもしれんぞ。」
「は……え……?!」
「ゴルチエ家側に付く家は少なくはない。分かるか?そうなった時にアメルダを迎えた我が家は王家の姻戚だ。」
「はあッ?!!」
絶句する。最早ハンネスの器量で受け止めきれる話ではなかった。
その後の父親の話を、ハンネスはただ混乱しながら聞いていた。
◇
竜人少女の話を、ナギもただ目を丸くしながら聴いていた。
思うことは色々あったが、自分にとって重要なのはミルの脱出と仲間達の救出であることに変わりはない。
そう頭の中を整理して、気持ちを切り替える。
「銅貨の袋は?」
「開けなかったぞ。」
空中に座る竜人少女が愉快そうに笑った。
「そう。」
ほっと安堵の息を吐くと、少年は梁の上の「収納」にちらりと視線を走らせた。
その場所から持ち出した銅貨が、そこに仕舞われていた。




