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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第一章 少年と竜
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11. 竜のおトイレ

 食べ物の問題で考えなければならないことが、もう一つあった。



 ―――――――――竜が人間の姿になった時、何が起こるのだろう?



 もし今竜が人間の姿になったとして、それがやっぱり、赤ちゃんの姿だったら。

 そして人間の赤ちゃんと同じように、母乳しか飲めなかったら―――――――



 ナギが用意するのは、不可能だ。



 牛乳は手に入るが、加熱していない牛の乳は、とても人間の赤ちゃんには与えられない。

 人間と全く同じではないかもしれないけれど、竜の姿の今のままでも、牛乳を試すのは最後の手段にしたいと思っているくらいだ。





 ナギが差し出した手に、竜がぱたぱたと戻って来て、すっぽりと納まる。



  ―――――――――賢い。



 これが竜の赤ちゃんの標準なのかはやっぱり分からなかったが、黒竜は、賢いと思う。



 生まれたばかりなのに、こんなに色々なことが理解出来るなんて。



 改めて感動して小さな竜を見つめると、ナギの手の中ですっくと首を起こして見つめ返してきた竜の瞳が、何か得意気だった。



 ナギは竜の理解力に、信頼を覚えつつあった。


 服の中に戻すと、竜はきちんと納屋に入る前の姿でそこに納まり、実際にナギの信頼に応えてくれた。


 ちょこんと顔を覗かせている姿がつくづく可愛くて、つい笑顔がこぼれる。

 服越しに一度抱き締めるように竜に触れてから、ナギは出口に向かった。



 本当は飛び降りたいところだが、少しだけ高い位置にある納屋の戸口で、ナギは一端座った。

 飛び降りると鎖が跳ねて、足や木靴に深刻な痛手を与えることがあったのだ。

 納屋の淵に腰を降ろすようにしてから、ナギは地面に降りた。


 15歳の少年にはこれが男らしくないように感じられて、ここを降りる時、ナギはいつもちょっと悔しかった。




 世界はどんどん明るさを増している。


 たくさんの人や動物が、活動を始めた気配が伝わって来る。



  急がなければ。



 いつもよりだいぶ遅れている。


 片手が穀物で塞がってしまったので、ナギは取り敢えず桶を一つだけ持ち、牛小屋の方まで運んだ。


 麦も食べられるか、あとで試したいと思う。



  まずは、粒を砕いた物からあげてみよう。




◇ ◇ ◇


 ナギの「部屋」の下には雑多な物のほかに、壁に造り付けられた小さな棚があった。そこにナギが牛乳を飲む用に与えられている、木の椀を置いている。


 牛小屋に戻ると、ナギはひとまずは麦やキビをその椀に入れて、自分の「部屋」に置いておくことにした。




 つい先刻さっき、自分がここで生まれたことを、竜は覚えているだろうか。




 梯子を登ってその場所を見た時、不思議な気持ちになって、ナギは自分の胸許を見やった。


 ナギの胸に納まっている竜は、そこを見ても特に気にする素振りを見せず、何を思っているのかは分からなかった。





 この牛小屋には今、二頭の仔牛を含めて、八頭の牛がいる。


 ここに来た頃に比べれば随分早く出来るようになったが、大量の牛の糞で汚れた敷きわらを小屋の反対側に押し出し、更には荷車で何往復もして、決められた場所までそれを捨てに行くのは重労働だった。


 牛の糞尿で、足の鎖も木靴も当然汚れた。


 掃除を終えたあとに毎回洗うが、木靴に染み込んだ汚れは、洗ったところで取れはしない。



 あまり臭うと、使役する方も不快だからだろう。


 ナギは二日に一度、館で沐浴することになっている。



 鎖は、その時だけ外された。



 一日おきに体を洗い、与えられている二枚の服も片方をその時に洗濯するが、牛小屋の臭いは服に染み付いていると思う。




  自分は多分臭うだろう。




 昨日きのうミルと体が近付くのが、本当は少しだけ恥ずかしかった。



「―――――――――急ごう。」



 呟いて、ナギは毎朝の、一人だけの重労働に取り掛かった。



 館の人間に気付かれてはいけない。



 竜を「隠しながら育てる」すべを探りながら、いつも通りの仕事をしなければならなかった。



 可動式の仕切りを使って、小屋の中で牛の居場所を移動させながら、汚れたわらを押し出す。ナギが掃除を始めて少しすると、竜がナギの懐から這い出した。


 小屋の中なら人に見られることはないから、ナギは止めなかった。


 それからしばらく、竜はナギがどこに動いてもナギのあとを追い掛けるようにして飛び回っていたが、やがて疲れてしまったらしい。


 黒龍はぱたぱたと降りて来て、なんとナギの頭の上に停まった。


 乗り物にされたナギは、専用の道具で牛の糞を押し出しながら、笑ってしまった。




 今ナギは、孤独ではなかった。


 こんなに明るい気分で牛小屋の掃除をするのは、初めてだった。




 ナギは糞を吐き出し、それを荷車で運び、小屋の通路と牛を洗い、乳を搾り、牛達に餌と水を与えた。


 牛小屋の世話が、朝食前の仕事の中で一番比重が大きい。


 だから小屋の作業を終えると、気持ちに少しだけ余裕が出来た。



 「初めてのごはん」から少し時間が経ったが、竜に具合の悪そうな様子は、今のところ見られない。

 一方で、お腹を空かした様子も見せなかった。


 ナギは、自分がまだ一度も竜が排泄するところを見ていないことに、気付いていた。


 排泄物の処理は、生き物を育てる上で避けては通れない問題である。

 ちなみにここの牛の糞は、最終的に堆肥になっている。






  ―――――――――――――――竜のおトイレ……………。






 …………想像がつかない。


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