28
――春が来た。
つつがなく第一王子殿下リシスフィート様との婚約期間を過ごす私は、とうとうゲームのはじまりである学園の初日を迎える。
王子の迎えをいただいて登校し、馬車を降りて入学式の行なわれる講堂へと進み……ふと、足を止める。
進行方向、桜舞うなかにその姿を見つけたからだ。
「やった……! これよ、この光景なのよ……!」
感極まったように身を震わせるひとりの少女。
「私は、ちゃんと私だもの。今度は叶うんだわ。そうよ、今度こそ……!」
彼女の言葉はどことなく、得体のしれない何かを感じさせる。
新しい日々に高揚するのは入学を迎えた誰もがそうだろうけれど、あれはそういったものとは一線を画しているようだ。おかげで、他の新入生たちは彼女から微妙に距離を開けて通り過ぎていく。
「…………」
「どうかした?」
不安が現実になったことを理解して生ぬるい表情になった私を、王子殿下ことシス様が心配そうに覗き込んでくる。
どうもあの帝国誘拐事件以来、この方の過保護レベルがクロに匹敵しつつある気がする。そのクロも、私たちの斜め後ろで隙なくそして悟られず周囲を警戒しているし。
私はそんなふたりの腕を、ちょいちょいと引っ張った。
「ちょっと寄り道になりますけど……少し庭のほうなど探索してもいいですか?」
「ああ。それならこちらだな。――クロも時間を見ていてくれるか」
「はい、かしこまりました。殿下は新入生挨拶の打ち合わせがありますよね。早めにお知らせします」
にこやかに許可をくださったシス様は、もちろんクロもと促して進行方向を少女の立つ桜並木からずらした。
さりげなく、彼女が振り返っても私が見えないようにかばってくださっている。
……たぶんシス様もあの少女のちょっとアレな感じをお察しになったのだと思う。だがもし彼女がそうなのなら、むしろシス様を見られるほうがまずいのではないだろうかということに思い至った私は、立ち位置を変えてもらおうかと提案しかけ――止めた。
この方、私が誕生日プレゼントに差し上げた包みのリボンさえ保管していて、それを使いたいからと髪を一房伸ばしてくくってらっしゃるのだ。ゲームでは襟足でととのえていたから、彼女がそういう記憶持ちだとしても、ぱっと見では同一人物とすぐに分からないかも。
それを言うなら、クロもゲームでは学生としてではなく従僕としてだったから制服も違うし。
……意外と大丈夫、かも?
一瞬安堵しかけ――いいえ。と、すぐに否定する。
そんな虫のいい話など、きっと、ない。
肩を抱いてくださるシス様の腕ごしに、ちらりと背後を振り返る。
誰かを探すように体を回転させた少女の背中が見えた。
今は大丈夫でも、同じ学園に通うのならばきっと相まみえるときがくる。
――つまり、なんというか。
大団円など通過点。あのときも、そしてこれからも。
少なくとも、私と彼女にかかわるこれからのことは、まだ始まったばかりなのだ。




