瞬く
また夢を見た。
夢の中では季節を先取りしているのか僕は蛹になっていた。ただ、蛹と言うやつは視点が変わらず、酷く退屈だった。芋虫になってあちこちを這いずり回ったのがいかに恵まれていたのかがよく分かる。
きっと仲間達も今頃胸の中に燻る退屈に身を焦がしている頃だろう。そして、羽化したらそれまでの退屈を晴らす様に羽根をめいいっぱい動かすのだろう。
……きっと、僕にはそれは出来ないのだろうが。
ずっと背中が疼くように痛むのだ。きっと僕の羽根は腐っている。だから蛹から羽化しようが羽根はない。空を舞う事もまた決して無い。
だから僕は諦観の中、目を瞑る。
♦︎ ♦︎ ♦︎
遂にその時はやって来た。僕は蛹を飛び出した。汁を滴らせながら蛹を突き破ると羽根が腐り落ちた。ーー構うものか。
久しぶりに見る空の色はいつか見た快晴の青空だった。
焼き付くような眩しさに目を細めながら空を舞う仲間達の姿を見た。
ああ、空を舞うのは一体どんな心地なのだろうか。羽根のない体でそんな事を思う。
そこに羨望は無かった。代わりにあったのは悦びだった。
ーー彼らをこの手で、この口で、握り潰し、噛み潰したら一体どれほど心地良いのだろう。
僕の身体は既に芋虫でも、蛹でも羽根の無い虫でもなくなっていた。
僕は現実と変わらない背丈を持つ人間に戻っていたのだ。
だから、僕は空飛ぶ彼らを捕まえると、それらをひと思いに噛み潰した。
ジタバタともがく彼らの胴体を僕の歯がプツリと二分すると絶頂にも似た多幸感が僕を包んだ。
「……美味しいなぁ」
僕は成長し、空を飛び回る彼らを一時は羨んだ。嫉妬していた。勝手なシンパシーを感じて、勝手な同族嫌悪を押し付けた。
だがーー悲しいかな彼らは弱者だ。人間と比べればその身体はあまりに弱い。
だから悦楽の為に殺される。猫が目についた虫をいたぶるのと全く同じように。
こうして僕は背徳の悦楽に浸る。もっと享楽を、もっと快楽を。快感を求めて僕は彼らを噛んだ。
「本当に、本当に美味しいなぁ」
彼は、甘くて苦い背徳の味がした。
♪ ♪ ♪
ここまで書いてシャープペンを机に置いた。今まで書けなかったのがまるで嘘みたいにするすると書けた。心地良い達成感と疲労感のみが身体に残った。
軽く目頭を揉んでから伸びをするとコキコキとなる骨の音が何処か小気味良い。
「ふぅ、こんなものかな」
僕はふと、芋虫の事を想った。彼らは今頃何をしているだろうか。草を食んでいるだろうか。それとも道路に飛び出して潰されているだろうか。
そんな嫌われ者で、哀れで、脆弱な彼らに感謝を。
彼らのお陰で僕は殻を破れたのだ。彼らがいたからこそ悦楽に目覚める事が出来たし、小説を一作書き上げる事が出来た。
椅子に背中を預けてゆったりとしていると不意に視界の端に迷い込んでしまったのか必死にパタパタと羽根を動かしている蛾が写り込んだ。
僕は立ち上がるとそれに向かって手を伸ばして、それを掴んだ。僕の持てるありったけの力で小さな身体を握り潰すとパラパラと羽根の残骸が床に溢れる。
鱗粉に混ざる羽根の残骸は、麻薬のように見えた。
「……」
けれど僕は無感動だった。どうやら慣れてしまったようでこの程度では興奮出来ないらしい。不感症と言う奴だろうか。
次の作品を作る為には別の生贄が必要なようだ。
生贄。僕が書くために必要なもの。必要な犠牲。ゴクリと一度喉を鳴らし、舌舐めずりする。
さて、次はどんな作品を書こうか。
僕は残骸をゴミ箱に捨てながらそんな事を考えていた。




