轟く
夢の中、僕は蛹になっていた。
ただ、背中が痛い。背中が痛い。背中が痛い。
どう言う訳かずっと背中が痛むのだ。
痛みを紛らわす様に他の事を考える。
そう言えば、他の仲間たちはどうしたのだろうか。僕と同じに蛹になって、また暖かくなったら変態して、羽根を力強く羽ばたかせて空を舞うのだろうか。
僕もそうなれたならーー。
♪ ♪ ♪
僕は散歩に出た。連日快晴が続いていたのだが今日は珍しく曇り空で、湿った香りが鼻に付く。本当はからっと晴れた日に出掛けたかったが流石にそれは贅沢と言うものだろう。
マンションを出るとまず見えるのはユスリカが上空でたむろする田んぼ。そしてセミがビッチリと張り付いた街路樹。虫嫌いな人が見たら怖気のあまり鳥肌が止まらなくなりそうな光景を他所に僕は歩き始める。
歩く事十数分、僕は目的地に辿り着いた。そこは行きつけの歴史公園だった。元は何とかとか言う城跡であるらしいが詳しい事は知らない。歴史的な価値があろうが僕にとってはただの散歩コースだ。ここいらの住人なんて大概そんなものだろう。
とは言え、と立ち止まる。
耳朶を打つのは家の前とは比べものにならない程のセミの声と隙あらば刺そうと狙う雌の蚊達の羽音の二重奏。
夕方に来ればヒグラシの声がしみじみと響き風情があるのだが、今はアブラゼミの声が兎に角煩い。曇りとは言え真昼間に来たのは失敗だったかもしれない。余りにも煩すぎる。
塞いだ気分を晴らそうかと思って家から出て来たがこれではかえってストレスを溜めそうだ。
だがここまで来て無駄足とは情け無いと公園に入る。毒を食らわば皿までもと言う奴だ。人はそれを自棄と言う。
蚊を振り払いながら公園を歩いていると、それを見つけた。
でっぷりと太った芋虫だ。恐らく天蛾の仲間。ピンと尖った一本ツノがよく目立つ。
「……」
僕はそれを見て何だが攻撃的で、残虐な、そんな妙な気分になった。
確か芋虫はストレスに弱くて、ストレスを感じると直ぐに吐いてしまうのだったか。
僕はその場でしゃがみ込んだ。そして親指と人差し指でなるべく優しく胴体を摘まみ持ち上げた。芋虫はびっくりしたのか身体を丸める。しかし吐く様子はない。それが気に食わなかったので僕は顔の程近い位置から落とした。
そうだ。僕は鬱憤を晴らす為にここに来た。であるならばこれ程鬱憤晴らしに最適なものはそうそう無いだろう。
二度、三度。いつになったら吐くだろうかなんて事を考えながら根気強く落としていると遂に芋虫が緑色の物体を吐き出した。
やったと思った。身体を仄暗い達成感が包み込む。それは皮膚にカッターを走らせた時と同じ、背徳の悦び。ゾクゾクと背筋から這い登るような快楽は今この一瞬、何よりも色付いて見えた。
そして、僕は間違いに気付いた。
僕は美しい物を書こうとしていた。美しく無いものから目を背けて美しい物にだけフォーカスして。だから、僕の文は陳腐な虚像に成り果てる。色褪せて見える。
僕が本当に書くべきものは別にあったのだ。
今、感じている極彩色の快楽。これを描くべきだったのだ。
僕は緑色の汁を垂れ流す芋虫に感謝した。
ーー小説を書きたい。
僕は衝動に駆られるままに緑膿を吐き散らかす芋虫を踏み躙ると来た道を戻り始めた。
ああ、今日は筆が進みそうだ。




