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第参拾弐話 これからの事を

活動報告に、完結について記載させていただきました。


よろしければご一読の方お願いします。

 散々泣いた後は、青子に謝ってから自宅に帰った。


 青子になんで自分の居場所が分かったのか聞けば、鈴音が教えてくれたと言う。鈴音の下僕は町中にいるので、すぐに雪緒の居場所が割れるのも当然と言えば当然であった。


 帰ってから、明乃と繁明は心配そうに雪緒を出迎えたけれど、それに答える余裕も無かったので、雪緒は黙って自室にこもった。


 散々泣いたけれど、気持ちの整理が着いた訳ではない。ただ少しだけ、頭がすっきりしただけなのだ。


 もうごちゃごちゃとした思考は無く、あるのは淡々と事実を垂れ流す思考のみ。至極淡々と、雪緒の頭にこれまでの出来事が想起される。


 色んな事があった。


 ソシャゲの玉藻御前が欲しくて登山をして、雷に撃たれて平安に飛ばされる。


 平安では晴明に出会って、偏屈ながらも雪緒の事を思ってくれて、雪緒に平安での居場所をくれた。


 現代に戻ればきさらぎ駅が待ち構えていて、なんとか自分に言い訳をつけて考えないようにしたけど、結局は自分から首を突っ込んでしまった。


 紆余曲折あって晴明から七星剣を貰って、晴明からもらった七星剣(ちから)でなんとかきさらぎ駅を倒す事が出来た。


 その後は猿夢が待ち構えていて、ここ最近は邪視と牛女、そして牛の首だ。怪異怪異怪異。目まぐるしいまでの怪異の連続だった。


 頼もしい仲間を得て、友人を得て、色んな経験を積んで、最愛の人を亡くした。


 割に合ってるかと言われれば、正直分からない。けど、そこに利なんて求めてなくて、ただ自分が誰かを失うのが怖いから動いていただけで、きさらぎ駅のやり残しだったから動いただけだ。


 けれど、動く事に理由が必要だったのは確かだ。


 何時も、何時でも、戦う事に理由が必要だった。


 自然と身体が動くなんて主人公じみた事は一度も無く、常に動くための理由ばかりがそこにはあった。


 最初の頃に晴明に言われた。動く事に理由を求めている時点で、所詮その程度でしか無いのだと。雪緒は晴明の持ち得なかった勇気という言葉を頼りに今まで動いてきたけれど、結局。その程度(・・・・)から上に行くことは出来なかった。


 だからこそ、楸を倒すのも躊躇った。小梅に叱責されるまで、戦う理由が見当たらなかった。


 本当に、あれで良かったのだろうか? あんな葬送で、本当に良かったのだろうか? まだ、なにか出来たのではないだろうか?


 ……分かってる。こんなの所詮たらればだ。考えたところでどうしようもない。もう結果は変えられない。覆せない。雪緒の手から零れたモノが戻る事は二度と無い。


 けれど、母親を手に掛けたという事実はあまりに重く、あの時していた覚悟は時が過ぎるごとにやけくそだったのではないかと思えてならない。あの覚悟は、本当に正しいものだったのか。あの時の自分を疑ってしまう。


 思考は堂々巡る。とっちらかる事は無く、延々と同じ所を回り続ける。


 そうこうしていると、雪緒の(まぶた)は自然と落ちる。夜になるにはまだ早く、日はまだ遠くの山頂にすらかかっていない。今から寝ても晴明はまだ起きてはいない。それはわかっていたけれど、雪緒は抗う事無く瞼を閉じた。今は、なにも考えない時間が欲しかったから。





 まどろみを感じる間もなく、雪緒の目は覚める。


 視界に写るのはは見慣れた晴明の家。隣を見やれば、そこには晴明がいる。呼吸に合わせ胸が上下しているのを見れば、晴明が眠っている事が分かる。


 雪緒は布団から出ると、布団を畳んで物置に仕舞う。


 晴明を起こさないように歩き、縁側に座る。


「お早いお目覚めですね」


 縁側に座る雪緒に声がかかる。


「……まぁ」


 雪緒は声の方を向くこと無く曖昧に頷く。


「お隣り、失礼しますね」


 そう声をかけ、冬は雪緒の隣に座る。


「どうかされましたか? 顔色が優れないようですが」


 問われ、雪緒は少しだけ迷う。事の顛末を全て話すべきかどうか。最初に晴明に話さなければ、晴明は怒るだろう事は明白だ。だから、冬に話すことを躊躇った。


 そんな雪緒の心中を理解したのか、冬は優しげな笑みを浮かべて言う。


「全てを話す必要はありませんよ。雪緒さんが辛いと思う事を話してください」


「俺が、辛いと思う事……」


 そんな事、一つしか無い。


「……母を、この手にかけました」


 雪緒がそう言えば、息を飲む音が二つ(・・)。それを認識すれば、雪緒は歯止めを利かせる事も無く話を続ける。


「母が怪異でした。怪異になった人は戻せない。倒すしかない。だから、俺は……」


 楸を刺した感覚の残る左手を見る。


「分からないんです。俺のとった行動は正しかったのかって。俺は、間違ってたんじゃないかって……」


 冬は何も言わない。何も、言えない。

 

 けれど、返ってくるのが沈黙だけでも良い。今は、話してしまいたい。この暗い気持ちを全て話して、少しでも体中に溜まるこの重苦しい何かを吐き出したい。


「怪異は倒さなくちゃいけない。大勢を殺す可能性のある怪異だった。だから、あの怪異は倒さなくちゃいけなかった。じゃなきゃ大勢が死んでた」


 いや、あの時点で大勢が死んでいた。牛の首が覚醒した時点で被害は出てしまっていたのだ。その被害を広げないために、雪緒は牛の首を倒したのだ。


「俺は誰かが傷付くのが、もっと言えば、誰かが死ぬのが怖い。だからずっと戦ってきた」


 戦う事に理由が必要だった雪緒の、戦うための理由。戦うための動機。戦うための弱さ。いつもは、それが雪緒の戦う理由だった。けれど、牛の首だけは違った。


「けど、あの時俺には戦う理由が無かった。小梅に叱責されて、ようやく戦う理由が出来たんだ」


 真に楸に向き合うことが出来るのは雪緒しか居ない。そう言われて、雪緒はようやく決心が出来た。


 でもそれは、自分に対する決心ではない。明乃や繁治に対する決心であって、自分自身の気持ちはずっと変わっていなかったのだ。


「でも、理由が必要な時点で、俺の心ってずっと決まってたんだ」


 一筋、涙を流しながら雪緒は冬を見る。


「……俺、誰かが死ぬのが嫌なんじゃ無くて、母さんが死んだ事がずっと嫌だったんだ」


 だからこそ、あの時雪緒は動けなかった。


 母さんにようやく会えた。徐々に自分を分からせて、ちゃんと準備をした上で楸と別れたいと思った。けど、それは叶わなかった。


 あの日、あの時だけはーー


「俺は、他の誰でもない、母さんに死んでほしくなかったんだ……」


 確かに誰かが死ぬのも、傷付くのだって怖い。だからこそその誰かを助けるために戦った。けれど、それは楸を守れなかった事による代償行為に他ならない。そして、その代償行為の大元である楸が目の前に現れた事によって、雪緒の守りたい対象は誰かではなく完全に楸になってしまった。


 その守るべき対象であった楸を自らの手にかける。


 ゆっくりと、時間をかけて楸の死を再度受け入れる事が出来れば、気持ちの整理が完全に着いたと思う。しかし、その離別は突然で、しかも決着をつけたのは雪緒自身だ。


「俺は、本当に守りたかった人を手に掛けたんだ……」


 左手が震える。あの時感覚が蘇る。


「……俺のやってきた事って、なんなんだろうな……」


 楸を手に掛けた今、今までの事が全て無駄であったような気さえしてくる。本当に守りたかった人をその手にかけたのだ。そう思ってしまっても仕方の無い事だろう。


 雪緒は背後を振り返り、申し訳なさそうに言う。


「ごめん、晴明。俺、晴明の勇気じゃ無かったみたいだ」


 雪緒がそう言った途端、晴明が布団を跳ね上げて起き上がり、即座に雪緒に駆け寄る。


 そして、真正面から強く雪緒を抱きしめる。


「……すまぬ。私が、其方にいらぬ重責を背負わせてしまった」


 雪緒が楸を手に掛けたと言ったとき、息を飲む音は二つ聞こえた。一つは冬。であれば、もう一つは晴明しか有り得ない。


「……重荷だと思った事は無いよ。俺は晴明の言葉が嬉しかったし、その通りで居たいと思ったんだ」


 でも、そうは居られなかった。


「でもごめん。俺は晴明の勇気なんかじゃなかった。俺は、ただ母さんが死んで悲しんでただけの、ただの子供だったんだ」


 受け入れられなくて、受け入れたくなくて。ずっと心残りが引っ掛かって取れてくれなかった。


 何か出来たはず。今なら何か出来るはず。思えば、ずっとあの頃に囚われて生きてきた。


「俺、あの頃からまったく変わってないんだ。ずっと泣くの我慢して、虚勢張って強がってるだけだったんだ」


「それでも、其方は私に出来ぬ事をした。私は虚勢も張れない。強がる事も出来ない。ただ怯えるだけなのだ」


 震える手で雪緒を抱きしめ、その指を強く雪緒の身体に食い込ませる。


「其方は私の勇気だ。その言葉に、思いに変わりは無い。けれど、其方がまだ子供である事も、私は今よく分かった」


 晴明は雪緒の後頭部に手を当て、その頭を自身の方に強く押し付ける。そして、自身もまた雪緒の鎖骨あたりに顔を埋める。


「其方の弱さに気付いてやれなかった、私の落ち度だ。いや、大人(わたし)達の落ち度だ」


 怪異とは、子供に背負わせるにはあまりにも大きく、あまりにも悪辣であった。


「だから、其方がもう戦わぬと言うのであれば、私は其方の決めた事に文句は言わぬ。剣の稽古もさせぬ。陰陽術も呪術も学ぶ必要は無い。今までと変わらず私の元へ来て、今までと変わらず私と共に過ごすだけで良い。元より私にとっては、それだけで十分なのだ」


 勇気も、戦果もいらない。ただ雪緒がそこに居てくれるだけで良いのだ。


「晴明……」


 もう戦わなくても良い。そう言われ、自分にはそうする選択肢もある事を改めて認識する。


 ……けれど、戦わないなんて選択肢は、雪緒には無い。


 これだけ心を痛めた。本当に戦うべき理由を無くした。自分を取り繕っていた理由が無意味であった事を知った。これまで培ってきた経験や知識が無駄に終わった。


 楸をその手にかけた事で、雪緒のこれまでは終わってしまったのだ。


 にも関わらず、雪緒には戦わないという選択肢が無い。


 もう懲り懲りだ。戦いたくない。俺が本当に守りたい者ってなんだ? もう母さんは居ない。他に俺が戦う理由って何なんだ?


 そう心中では思っているのに、戦わないという選択肢が出て来ない。それは多分、まだ雪緒にも守りたい者があるからだ。


 雪緒は、戦わないという道を選ぶには、あまりにも守りたい誰かが増えすぎた。


 明確な誰かではない。守りたいと思う不特定多数が増えてしまったのだ。そして、その中には晴明も含まれている。


 自分が守る必要も無いくらいに強くて、自分が側にいなくてはと思ってしまう程に弱い少女。


「……駄目だ。俺は、まだ戦わなくちゃ」


「いや、戦わぬでも良い。他の誰が許さぬでも、この安倍晴明(わたし)が許す」


「晴明が許しても、俺は俺を許せない」


 もう本当に守りたかった人は居ない。自らの手で終わらせてしまったから。


 けれど、事件は何も解決していない。邪視は行方不明。黒幕だって尻尾すら掴めていない。何より、怪異はまだ町に蔓延っている。


 終われない。こんなところで終わって良い訳が無い。


 それに、今回は前回とは違う。今回は、雪緒が決断し、雪緒自身の手で幕引きをしたのだ。悪戯(いたずら)な運命に翻弄(ほんろう)された訳ではない。雪緒の手で、楸に終わりを与えたのだ。


 楸は最後に雪緒にありがとうと言った。ごめんなさいでも、恨み言でもない。ありがとうと、言ったのだ。


 今までは、怪異に誰かを害されるのが嫌だから倒してきた。けれど、怪異にも元がある。そして、今回の怪異騒動に至っては、怪異の根幹は人である。人が怪異になったのであれば、その人を怪異から解放するのが雪緒の役目だ。


 治すことが出来ないのであれば、せめて怪異の終決をもってその人を解放してあげたい。


 楸の事は、多分まだまだ引きずる。けれど、それを引きずってでも、雪緒はやらなくちゃいけない。本当に守りたい者はいなくなってしまったけれど、守りたい者はちゃんといるのだから。


「……晴明、俺は、今度こそちゃんと守りたいんだ。もう、何も失いたく無いんだ」


 だから足掻くしかない。力はある。命はある。守る者もある。戦わないといけない敵がいる。なら、戦わなくちゃいけない。


 晴明の身体を優しく引きはがし、雪緒は晴明の顔を真正面から見据える。


 晴明の涙に濡れた瞳も、真っ直ぐに雪緒を見詰める。


「だから、また力を貸してくれ。俺、一人じゃなんにも出来ないからさ」


 空元気(からげんき)、意地っ張り、虚勢……上等だ。そんだけあれば、まだ戦える。それがあれば、戦っていける。


 雪緒の言葉を聞いて、晴明は目元を拭ってから雪緒を見る。


「……それを、雪緒が望むなら」


「ありがとう、晴明」


「ただし、無茶はするな。無理もするな。弱くなったら、私の前でさらけ出せ。私は、お前がまた強くなるまで支える所存だ。だから……」


 言って、晴明は雪緒の頭を掴んで自身の膝の上に優しく乗せる。そして、優しく頭を撫でながら言う。


「今は、弱いままでいろ。強くなるには、まだ早い」


「……っ」


 晴明のその言葉を聞いた途端、雪緒は(せき)を切ったように涙を流す。


 泣いてばかりで情けないと思いながらも、雪緒は晴明に弱さをさらけ出す。


 涙を流す雪緒の頭を、晴明は優しく撫でる。


 気を利かせたのか、冬は気が付けば姿を消しており、そこには雪緒と晴明の二人だけ。それを理解していた訳ではないだろうけれど、雪緒は憚る事もなく涙を流した。

 

 朝日が昇り、二人を優しい光で照らす。


 雪緒の過去に一つの区切りが着いた。けれど、怪異に区切りなど無い。明日も、明後日も、怪異はその手を伸ばす。救いか、悪意か、それは手を取ってみないと分からない。けれど、雪緒はその手を取り続ける。それが、自分の選んだ道だから。


 道明寺雪緒の怪異蒐収は続く。真相とあいまみえるその日まで。

ありがとうございました。

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