第参拾参話 うり二つな少女
すみません、一度完結させたのですが、最後の最後の大切な部分を書き忘れていたので書きました。
本当はいらない部分なのですが、書こうと思っていた部分を書かないのも気持ち悪かったため、書きました。
雪緒にとっての辛い出来事があったとしても、日常というものは否応なしに続いていく。
すでに故人である楸に対して、喪に服する事で欠席など出来ようはずもなく、雪緒は重い脚を引きずりながら学校へ向かう。
学校では大勢の人が一斉に謎の死を遂げた事が話題になっていたけれど、その話題が雪緒の耳に入る度に雪緒の心はジクジクとした痛みに苛まれる。
今回の件で亡くなった人達は、雪緒が助けられなかった人達だ。雪緒の手から零れていった人達だ。
クラスメイトの内何人かは亡くなった人の中に知り合いがおり、また何人かは家族が直接被害に遭ってしまっていた。そのため、教室にはいくらか空席がある。その空席が、普通の高校生達に異様な事が起こっている事を知らしめる。
「……なぁ」
「ん、なんだ?」
空席の者の友人に雪緒は声をかける。普段声をかけないような雪緒に声をかけられ、少しだけ驚いた様子のクラスメイト。
「中島の家ってどこだか分かるか?」
「家? 分かるけど」
「後で教えてもらって良いか?」
「良いけど……なんか用事でもあるのか? なら、今は止めておいた方が良いと思うけど」
「……いや、線香の一つでもあげに行こうかなってさ」
「……そか。なら、一緒に行こうぜ。俺も丁度行こうと思ってたしさ」
「助かる」
「良いって事よ」
悲しげな表情の中に穏やかさを持ったクラスメイトにお礼を言って、次のクラスメイトに声をかける。
最初は訝しげにするクラスメイト達だったけれど、雪緒の意図を知るや、素直に協力をしてくれる。
……分かってる。自己満足だ。自分が助けられなかった人に線香をあげに行ったところで、亡くなった人は生き返らない。また、幽霊の声を聞くことも出来ない。魂ごと牛の首の餌になったのだ。魂の残滓である幽霊になる事すら出来ないのだ。
ただの自己満足。謝りに行って、手を合わせて、怪異と戦い続ける事を誓うだけだ。雪緒は、誰も知らない。亡くなってしまった人を、誰一人として知らないのだ。
故人に、遺族に何を思える? 憐憫? 同情? 同調? 出来ようはずも無い。そんな軽率な事、出来る訳が無い。
故人の遺す痛みは雪緒には分からない。遺された遺族の痛みは分かるけれど、同じ程の想いを抱いている訳ではない。同じ状況だとしても、その痛みも想いもその人の物だ。同情なんて出来ようはずも無い。
だからせめて、線香だけをあげに行く。それが、自分に出来る精一杯の礼節だからだ。
雪緒がクラスメイト達との会話を終えて自分の席に着けば、両隣から心配そうな視線を受ける。
椅子を近付け、机の上に置かれた雪緒の手の上に自身の手を重ねて、青子は言う。
「陰陽師、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。悪いな、心配ばかりかけて」
「ううん、平気」
気丈に首を振る青子。
心配する方の不安を分からない雪緒ではない。青子の平気が平気ではない事くらい分かる。
けれど、なんて声をかければ良いのか分からない。それに、今は何を言っても言葉が上滑りしそうだったから。
「ねぇ、陰陽師。今度さ、皆で遊びに行かない?」
黙る雪緒に、青子が明るく振る舞って言う。
「遊び……って、どこに?」
「どこでも良ーよ。陰陽師の行きたいところに行こ?」
どんな鈍い奴でも分かる。確実に、青子に気を遣われてしまっている。
「いいよ、気を遣わないで」
「気を遣ってる訳じゃないよ! わたし達、どこも遊びに行った事無かったでしょ? 怖いところには、行ったけどさ」
確かに、青子と出掛けた場所と言えば、きさらぎ駅と猿夢の中だ。両方とも普段は行けないところとは言え、決して楽しい場所ではない。しかも、両方とも命の危険と隣り合わせだった所だ。
「それに、気分転換も必要でしょ?」
「青子、それ語るに落ちてる」
「かたるにおちる? 何それ?」
きょとんと小首を傾げる青子。
分からないのかと少し呆れながらも、せっかく気を遣ってくれている青子に対して、その言葉は無粋だったと反省する。
それに、確かに気分転換は必要かもしれない。ここのところ、怪異、怪異、怪異、怪異と怪異の連続だ。少しくらい、非日常を忘れて羽を伸ばすのも良いかもしれない。
「そう、だな……どっか行くか」
雪緒がそう言えば、青子は目に見えて喜ぶ。
「うん! ね、ね、どこに行く? やっぱり遊園地? それとも動物園?」
「あーおこ! 楽しそうな話してるね」
嬉しそうにどこに行きたいところを言い募る青子の背後から、加代が青子に抱き着く。
「加代! あのね、今度陰陽師と一緒に遊びに行くんだけど、場所どこが良いかなって! 加代はどこが良い?」
「浮いた話……じゃないのね。うーん、どこが良いかな」
一瞬、雪緒と青子が逢い引きにでも行くのかと思ったけれど、どうやらそういう浮ついた話ではない事を覚ると、加代はうーんと何処に行こうか悩む。
加代は雪緒に何があったのかを知らない。青子はその事を話していないし、仄も凍花も話していない。青子も仄も雪緒にとって辛いことを話さない分別はあるし、凍花にいたっては主の事だ。自ら言い触らすような事はしない。
だから、加代は雪緒に何があったのかを詳しくは知らない。けれど、何かがあった事は分かっている。そして、それが雪緒にとって精神的に追い込まれる程の事であることは、雪緒の冴えない表情を見れば分かる。
であれば、加代は深く考えずに青子の提案に乗るだけだ。何も知らないけれど、雪緒が酷く打ちのめされたのは分かるのだから、雪緒が元気になるように手を貸すだけだ。雪緒には命を救われた恩がある。それも、一度ならず二度もだ。その恩に見合うかどうかは分からないけれど、せめて少しでも報いたい。
「ねー、仄はどう思う? どこか行きたい所ある?」
じっと三人の様子を伺っていた仄に加代が話しを向ける。話しに入ろうとしているみたいだったけれど、雪緒と青子が良い雰囲気だったから入れなかったのだろう。
ま、手と手を重ね合ってたら勘繰っちゃうよね。
青子の無意識の接触で何人勘違いをした事か。友人である加代はその現場を何度も見ているので、正直青子が雪緒の手に手を重ねていても、ああまたか程度にしか思わない。
しかし、美少女である仄は意外と恋愛事には疎いために、青子の接触が意味ある物だと思ってしまう。まぁ、仄でなくても勘繰ってしまう者はいるだろうけれど。
「そうね、水族館とか良いんじゃないかしら? 泳いでる魚を見てるだけで、結構癒されるものよ?」
「あー、確かに! イルカも見たいしなぁー」
加代に水を向けられ、あからさまに安堵したような表情を浮かべる仄。しかし、そんな仄に気付かずに青子は水族館に想いを馳せる。
「よし、全部行こう!」
「全部って、全部?」
「うん! 遊園地も水族館も動物園も、行きたいところ全部行こうよ!」
「全部って、欲張りだなぁ」
「別に一日で行こうって言うんじゃないよ? わたし達が行きたいところに、何日、何ヶ月かかっても良いから皆で行こうって事!」
「分かってるよ。俺も、流石に一日で全部回れるとは思ってないし」
まぁ、動物園と遊園地が併設されているところなら、もしかしたら出来るかもしれないけれど。
「でも、先ず始めに何処に行くかでしょ? それだけでも決めちゃわないと」
「駄目! 先ずは、皆で行くところ全部決めるの!」
「なんでさ。目先の事決めてからでも良いでしょ?」
「駄目なの!」
「だからなんでさ」
加代が問えば、青子は少しだけ表情を陰らせてから言う。
「……だって、約束があれば、皆守ってくれるでしょ?」
青子の率直な言葉。その裏にある真意に、雪緒達は正しく気付くことが出来た。
約束を守ってくれる。つまり、その日までちゃんと生きてくれるという事だ。
青子は、この先に遊ぶ約束があれば、俺達が生きていてくれると思っているのだ。いや、そう思いたいのだろう。
そんな青子の想いを無下にするほど、雪緒達は酷い人間ではない。
「分かったよ。けど、もうすぐホームルームだ。休み時間にでも決めようぜ」
「うん!」
雪緒が言えば、青子は嬉しそうに頷く。
その後は少しだけ話しをして、すぐにホームルーム開始の鐘がなる。
担任の小野木が教室に入ってきたところでホームルームが始まる。けれど、いつもは出席確認から入るホームルームだが、今日だけは違った。
「実は、急な話ですが、このクラスに転校生が来ました」
小野木がそう言えば、ざわざわと教室中がざわめく。
確かに、急な話だ。転校生と言えば、事前情報があってしかるべき事だ。理事長の娘でもある青子も聞かされていないのか、不思議そうな顔をしていた。
転校生に好奇心をくすぐられて賑やかしくなる教室とは真逆に、雪緒はそこまで転校生に興味は無かった。転校生が来たとしても雪緒の日常は大きく変わらないし、正直、今はそれどころではないから。
騒ぐクラスメイト達を手をパンパンと二回鳴らして静める。
「はい、静かに。転校生が来たのはこのクラスだけじゃないんだけど、まぁ、他の転校生は後で紹介するわね。それじゃあ、安倍さん、入って来て」
「はい」
その声を聞いた途端、雪緒の顔が弾かれたように教室の前の扉に向かう。
そんな、まさか……いや、聞き違いだ。だって、ここに居るはずが無い。
雪緒のそんな困惑を知るはずもなく、転校生は教室に脚を踏み入れる。
途端、息を飲むクラスメイト達。
艶やかな黒髪に目鼻立ちの通った美しい顔。さながら、狐を思わせる美しく吊り上がった目は冷徹で、他者を寄せ付けないような威圧感を放っている。
雪緒の目が大きく見開かれる。
だって、その人はここに居るはずの無い人だから。
小野木の横に立ち、教室中を見渡す転校生の少女。
「では安倍さん、自己紹介して」
小野木に促され、転校生の少女ーー安倍は口を開く。
「安倍晴香です。京都から転校してきました。よろしくお願いします」
そう言って綺麗にお辞儀をする安倍。そんな安倍に、惜しみない拍手が贈られる中、雪緒は呆然と安倍を見ることしか出来なかった。
信じられないといった顔で呆然とする雪緒と、安倍の視線が合わさる。
間違いない。うり二つだ。俺が、あいつを見間違うはずが無い。
安倍を真正面から見据え、雪緒の口から思わずある名前がこぼれる。
「…………晴……明……?」
安倍晴香は、雪緒の師にして想い人である少女ーー安倍晴明に酷似していた。
晴明とうり二つの少女、晴香との出会いが、雪緒の過酷な運命をさらに加速させる事になるとは、この時はまだ知らなかった。
運命は加速する。雪緒にまた最悪の決断を強いるために。




