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第捌話 藤原秀郷

 その日の夜。皇后崎は部屋で一人怒鳴る。


「ああ言えば良いと貴様が言うたのだろう! ああ言えば、彼奴が我に興味を抱くと、貴様がそう言ったのだ!」


 誰もいない室内。カーテンも閉まり、外の目も無い。


 その部屋には、誰もいないのだ。勿論、外にも誰もいない。けれど、皇后崎は一人怒鳴り声を上げる。


「言った! 貴様が言ったのだ! だというに、結果我が悪いみたいな空気になったではないか! はぁ? それは貴様の情報が足りないからだろうに!」


 夜中に怒鳴り声を上げれば家族の一人でも部屋に来そうなものだけれど、皇后崎の部屋には誰も入ってこない。


 オカルトグッズや漫画やライトノベルで埋め尽くされた、年頃の少女の部屋にしては乱雑で、何処か偏った部屋の中にある一際大きな縫いぐるみを抱きしめながら皇后崎は怒鳴る。


「はぁ!? 我が悪いというのか! 我は貴様の指示通りーーーー!! もう良い! 話し掛けるな!!」


 余程頭に来たのか、皇后崎は最後にそう怒鳴ると、縫いぐるみを抱きしめたままベッドに横になる。


「ったく、なんなのだあいつは。言うた通りにしたというに……」


 寝転がり、ぶつぶつと文句を垂れ流す皇后崎。


 しかし、次第にその文句も小さくなり、物憂(ものう)げな顔をしながら縫いぐるみに顔の半分を(うず)める。


 脳裏に映るのは、雪緒の色白を通り越して蒼白となった顔。そこに表情は無く、ただただ呆然といった心境だけが表れていた。


 本当は、あそこまで言うつもりは無かった。冷静に考えれば、母親の死を他人の前であそこまで語ってしまうのは良くなかった。良くなかったというのに、雪緒を見て調子に乗って言ってしまった。


 もっと私を見て。ほら、貴方と同じでこんな力を持ってるの。私も、貴方と同じなの。


「なんぞ、女々しいな、我……」


 自嘲気味に笑い、縫いぐるみをぎゅっと強く抱きしめる。


 しかし、直後にまた別の映像が脳裏に映る。


 手の平で覆い隠された右目。その右目と何かの目(・・・・)が合った(・・・・)のだ。


 その時、視てしまった。悍ましい本性を、妖しい本領を。あれは人ではない。人の皮を被ったナニカ(・・・)だ。


「~~っ」


 思わず、恐怖で身震いする。


 それ程までに悍ましい目だった。今まで視てきた中で一番悍ましかった。


 皇后崎が不安と恐怖に身震いしている間に、かりかりと部屋の扉を引っ掻くような音が聞こえてくる。


 しかし、これに皇后崎は驚く事は無い。その音の原因がなんだか分かっているからだ。


 皇后崎は起き上がり、揚々(ようよう)と部屋の扉を開ける。


「ミミ~! どうした? もう寝る時間か?」


 部屋の扉を引っ掻いていたのは、皇后崎の愛犬であるコーギーのミミだ。


 ミミは部屋に入るなり皇后崎のベッドに飛び乗り、わんっと少し控え目に一鳴きする。


 そんなミミを見て、皇后崎は穏やかな笑みを浮かべる。


「そうかそうか! じゃあもう寝るか!」


 部屋の電気を消し、ミミの待つベッドに行ってミミと一緒に横になる。


「んふふ~。ミミ、お休み~」


 皇后崎の言葉にミミはわふと小さく鳴く。


 皇后崎はミミの声を聞くと、安心したように眠りについた。



 〇 〇 〇



 目が覚めるなりなにやら騒いでいる声が聞こえてきた。


「ええい、帰れ! 雪緒は貴様には会わん!」


「何を申す! そこの男児はまだ眠っておるではないか! よいから、一度手合わせをさせてくれ! 七星剣の保持者がどれ程のものか、俺はこの目で確かめたい!」


「手合わせなどせぬわ! 雪緒はただの凡夫! 貴様と打ち合ったところで結果なぞ見えておるわ!」


「手合わせしてみねば分からぬではないか! 俺は道満から話を聞いて、もういてもたっても居られぬのだ!」


「それこそ知らぬ! おい道満! 其方のせいでこうなったのだぞ! どうにかせよ!」


「すまぬなぁ。儂も酒を飲んでいた故、つい口が滑ってしもうたわ」


「其方は酒を飲まずとも口は滑るだろう! 済まぬと思うのならこの馬鹿をさっさとつまみ出せ!」


 何やら騒いでいる様子の晴明と道満。そして、もう一人、知らない男の声。


 雪緒は伸びをながら起き上がり、部屋を見渡す。


「お早う晴明。いったいなんの騒……いや、本当になんの騒ぎだ?」


 起き上がってから、雪緒は目の前に飛び込んできた光景に困惑する。


 まず初めに見えたのは晴明の背中。そして、反対側には道満と見知らぬ偉丈夫が立っていた。


 自分の様子を見てみれば、壁に背を預けているようで、傍には小梅と冬が居る。


 本当にいったいどんな状況なのか分からず首を捻っていると、晴明が雪緒を振り返り笑みを浮かべる。


「おお、お早う雪緒。暫し待っておれ。直ぐにこの邪魔者どもを消し去る」


「儂も邪魔者扱いか? 酷いのぅ……それはそれとして、お早う雪緒。良い朝だな」


「いや、朝から驚きなんだけど……ともかくお早う、道満」


「其方ら和やかに挨拶を交わしておるでない! 道満! 貴様の責であろう! なんとかせよ!」


「とはいえ、のぅ……」


 道満が面倒臭そうに隣に立つ男に目を向ける。


「おお、お前が雪緒か! 話は道満から聞いている! なんでも、七星剣の使い手なのだとか!」


「え、ええ、まぁ一応……」


 使いこなせているかどうかは別として、雪緒は七星剣の所有者、所謂(いわゆる)使い手だ。使っているという点で言えば間違いではない。


「えっと、貴方は?」


「おお、俺とした事が! 自己紹介がまだだったな!」


「せんで良い! 雪緒も、此奴に興味を抱かなくとも良い!」


「いや、そう言われてもな……」


 起きぬけにこの様な状況になっていて興味を抱くなという方が難しい話だ。それに、雪緒としては少し気になる点が彼を見ていてあったのだ。


「いいから、其方は気にするでない!」


「いや、晴明。そこな男児、俺を見て何か感じとったらしいぞ? 雪緒と申したな? 何処が気になった? 言うてみよ」


「雪緒相手にするな! 貴様も雪緒に話し掛けるな!」


「えっと……貴方のその腰の。それって何か曰く有りますか?」


「雪緒!!」


 雪緒が男に言葉を返せば、晴明が怒ったように雪緒を振り返る。


 けれど、雪緒は怯えるでも萎縮するでもなく、落ち着いた様子で晴明に言葉を返す。


「晴明、少なくとも、あの人は悪い人じゃないんだろ? なら、落ち着いて話を聞いても良いんじゃないか?」


「良い事を言うたぞ雪緒! そうだぞ晴明! 何も俺も無理矢理手合わせをするつもりはない! 雪緒に戦う気が無ければ戦わん!」


「晴明、秀郷もこう言うておる。話だけでもさせてやってはくれぬか? 汝が七星剣を与えた相手の事が気になるだけのようだしの」


「ぬ、ぐぅ……余計な事を言いおって……」


 恨めしげに雪緒を一睨みした後、晴明は諦めたように溜息を一つ吐いた。


「分かった。話だけだ。それ以上をするというのなら、私は二度と其方らに我が家の敷居(しきい)を跨がせん。良いな?」


「おう」


「儂もか? むぅ、これなら秀郷に話さねばよかったかのう……」


 道満は不満げだけれど、それでも晴明の取り付けは守るつもりなのだろう事は、口振りから察する事が出来る。


「……ともあれ、私達は朝餉がまだだ。食べ終わるまで待て」


「奇遇だな! 俺もまだだ!」


「儂もまだだ」


「貴様らの腹事情など知らぬ! 時も考えずに訪ねて来るのが悪い!!」


 晴明がそう言えば、すすっと襖が開く。


 そこには園女が立っており、ふふっと穏やかな笑みを浮かべる。


「あら、そうだろうと思って朝餉は人数分作ってありますよ」


「園女! 其方勝手な事を……!」


「まあまあ、良いではないか。今朝は儂が園女に焼いてほしゅうて(あゆ)を持って来たのだ。一緒に朝餉をともにしても良かろう?」


「……はぁ、好きにせよ」


 道満の言葉に、晴明は諦めたように溜息を吐く。道満の口振りからするに、元々、朝餉を晴明の家で食べるつもりだったのだろう。


 確かに、これは諦めるのが吉である。





 暫くして、五人はコの字になって朝餉を食べる。


 雪緒、晴明、一人余って男、道満、園女の順である。


 雪緒はいつも通り晴明の対面に座ろうと思っていたのだけれど、有無を言わさず晴明が己の隣に雪緒を座らせたのだ。しかも、やたらと距離が近い。一度離れようとしたけれど、その瞬間晴明が睨みつけてきたので、あえなく断念。


 雪緒は晴明の隣に座りながら、黙って朝餉を食べている。


 しかして、先程の騒動とは打って変わって和やかに朝餉を楽しんでいる。道満は満足げに鮎を食べ、男は美味い美味いと米をかきこむ。


 唯一、晴明だけは不満そうな顔でご飯を食べている。


 そんな晴明を刺激しないように、雪緒は男に声をかける。


「そういえば、名前言ってませんでしたね。ご存知だとは思いますが、俺は雪緒です」


「ん? おお、そうであったな。俺は藤原秀郷(ふじわらのひでさと)。気軽に、秀郷と呼んでくれて構わないぞ。後、言葉も崩せ。()の七星剣の使い手に改まられると、なんだか居心地が悪い」


「え、いや、そういう訳には……」


 あまり物を知らない雪緒でも、平安で藤原と名乗っている者がどのような立場なのかは理解できる。おそらくしなくとも、秀郷は貴族だ。そんな相手に敬語を使わないなどというのは抵抗があった。


 いや、晴明も位は高いのだけれど、秀郷は見るからに年上なのだ。見るからに年上相手に、本人が良しと言っていても、果たして敬語を崩して良いものか迷ってしまう。


 そんな風に戸惑う雪緒に晴明が適当に言う。


「良い雪緒。口調を崩せ。この男に畏まる必要など無い。私が許そう」


「ははっ、晴明の言い分は(いささ)か酷いが、まぁ気にするな! 俺は七星剣を使えているお前を少なからず尊敬している! 同じ霊刀使い同士、仲良くしようじゃないか!」


 言って快活に笑う秀郷。


「ま、まぁ、それなら……」


 若干の抵抗があるものの、雪緒は頷いた。


「というか、さっき手合わせって聞こえてきたけど、秀郷さんは俺と手合わせしたいの?」


「ああ。彼の七星剣の使い手だ。一度手合わせしたいと思うのは当たり前であろう?」


「いや、どうだろう……」


 少なくとも、雪緒は必要が無い限りは誰かと戦いたくはない。別段、他の霊刀所持者とも戦おうとは思わない。


「ふんっ、貴様と雪緒を同列に扱うな。雪緒の剣は守るための剣だ。貴様のように武を誇る剣とは違う」


「そうであったな。俺はもののふ(・・・・)だが、雪緒は違うのであったな。であれば、剣の意味合いが変わるのも納得だな」


「そういえば、秀郷。将門の件はどうなった? もう完全に終わったのか?」


「ああ。終わった。首が飛んでいったと聞いた時には度肝を抜かれたが、鎮めるための祠も建てた。もう大丈夫だろう」


「そうか。儂も首は見に行ったが、中々に迫力があって良いものだったな」


 くくくと笑う道満に晴明が鋭い視線を向ける。


「おい、食事中だぞ。話題を選べ」


 言って、雪緒を気遣うように見たけれど、雪緒としては何の事だかまるで分からない。いや、少しだけもしやと思うものはあるけれど、如何せん確証が無い。


「いや、俺まったく話の内容についていけてないんだけど……。その将門って、もしかして平将門(たいらのまさかど)?」


「おお、知っておるのか? 将門は先の世でも語られているのか?」


「ああ。学問の神様って言われてる」


「くははっ、そうかそうか! 神様と来たか!」


 くふふと楽しそうに笑う道満。晴明も、ほうとなにやら一つ頷いている様子。


 しかし、秀郷は目を見開いて雪緒を見ていた。それを見て、雪緒はもしやと感づくけれど、時既に遅し。秀郷は驚きながら雪緒に問う。


「雪緒、お前先の世から来ておるのか?」


 雪緒の予感は的中した。秀郷は道満から雪緒が未来から来ている事を聞かされていなかった。


「ああ、済まぬな。儂が余計な事を言うたな」


「いや、道満が口を滑らせるって事は、秀郷さんは信用できるって事だろ? なら問題無いよ」


 雪緒がそう言えば、道満は一瞬驚いたように目を見開いた後、くくっと嬉しそうに笑う。


「くくっ、()い奴め」


「雪緒、あまり道満を付け上がらせるな。ろくな事にならぬぞ」


 機嫌をよくした道満とは正反対に、晴明は目に見えて分かる程に不機嫌になっていた。不機嫌そうに目を細めて道満を見ている。


「くふふっ。儂が雪緒に懐かれておるからと、そう睨むな」


「誰が誰に懐いている! 雪緒が一等懐いておるのは私だ! そうであろう雪緒!」


「え、お、おう。まぁ、一緒にいて一番安心するかな」


 まさか自分に水を向けられるとは思っておらず一瞬戸惑うけれど、雪緒は素直な気持ちを晴明に伝える。


 しかして、素直な気持ちを伝えれば、晴明は誰がどう見ても分かる程に顔を赤くした。


「ゆ、雪緒。そ、其方は、も少し言葉をだな……」


「おお? 照れておるな晴明。(うい)のぅ」


「だ、黙れ! 私をからかうでない!」


 道満に対して怒るも、顔を赤くして怒られてもその迫力は半減だ。


 くすくすと楽しそうに笑う道満を見て、晴明は悔しそうに唸った。

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