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第肆話 邪視とは 壱

 平安にて、常の通りお茶を飲みながら雪緒は晴明と歓談をする。


 暫く話をして、日が頂点を過ぎて少し経った頃、道満が晴明の家にやってくる。もはや殆ど毎日通っている道満は毎回手荷物に茶菓子を持ってやってくる。今日も例に漏れずにその手には風呂敷を持っていた。


「儂じゃぞー。ほれ、茶菓子だ」


「冬、茶を頼む」


 晴明も道満が殆ど毎日来る事に関しては諦めたのか、特に何を言うでも無く冬か園女にお茶の準備を頼んでいる。


 雪緒の隣に座り、膝の上で風呂敷を広げて茶菓子を取り出す道満に、雪緒は少しだけ真剣な顔をしてたずねる。


「道満、聞きたい事があるんだけど」


「んむ? ふむ……そのような顔をするという事は、なんぞ現代(あちら)で問題でも起こったか?」


「何、そうなのか?」


「ああ」


 道満と晴明の言葉に頷く雪緒。


「悪いけど、また怪異絡みだ」


「くふふっ、良い良い。儂にとっては楽しい話の種だ。して、内容は?」


「邪視、邪悪な視線と書いて、邪視だ」


「ふむ……邪視、か……」


 呟き、ちらりと晴明に視線を向ける道満。視線を向けられた晴明は拗ねたようにむっと顔をしかめていた。


「くふふっ、なるほどのぅ。晴明に話さずに儂に話したのは、邪視が呪いの類であるからか?」


「流石に鋭いな……。ああ。陰陽師である晴明よりも、呪術師である道満の方が呪いに関しては詳しいだろ?」


「待て雪緒。私だって呪いには詳しい。此奴(こやつ)の呪いの解呪(かいじゅ)だって何度やった事か」


「まぁ落ち着け晴明。汝は解呪は出来ても、呪いをかける事は出来まい? 此度(こたび)の怪異は解呪の知識よりも、呪術の知識の方が必要、そういう事だな雪緒?」


「ああ。まぁ、正直そこまで深く考えてなかったけど……」


 雪緒は陰陽師である晴明よりも、陰陽師であり呪術師である道満の方が呪術に詳しいと思っただけだ。確かに、晴明は解呪も出来るけれど、呪いをかける事を得意とはしていない。相手を呪うよりも、直接手を下した方が早いからだ。


 だからこそ、晴明は相手を呪う事についてはあまり詳しくはない。その点、道満は呪う事も解呪にも精通している。今回の件は、晴明よりも道満の方が向いているのは明らかだ。


 それは、晴明にも理解できる。けれど、雪緒に以前約束させた。怪異の事はでもそれ以外でもなんでも相談すると。そう、約束させたのだ。


 厳密には雪緒は約束は破っていない。雪緒は二度話をする手間を省きたかったから道満を待っていただけだ。別段、道満だけに相談をした訳ではない。


 しかして、それが分かっていても道満が目当てで話をされるのは気に食わない。だからこそ、道満の領分の話になると分かっていても口を出さずにはいられないのだ。


「それで、道満は邪視って言葉知ってるか?」


「おおよその予想はつく。視線だけで相手を呪うのであろう? うん……? 言葉(・・)? 怪異ではないのか?」


「怪異、ではあると思うんだけど……」


「概念としての邪視と、怪異としての邪視、その両方があるという事か?」


 晴明が間髪入れずに雪緒にたずねる。


 食い気味に反応する晴明に少しだけ驚きながらも、雪緒は頷く。


「邪視を持ってる人間も居る。それと、邪視っていう怪異も居る、かもしれない……」


 あの後、邪視について調べてみたけれど、結局、邪視がそういう能力なのか怪異なのか分からなかった。ただ、邪視の能力を考えると、皇后崎の占いはやはり別の能力な気がしてならない。


「しかし、其方は怪異の気配を感じたのであろう?」


「いや、俺じゃなくて友人がな。ただ、その友人は陰陽師だし、そういう事については俺より詳しい。あいつが怪異だと思ったなら、怪異で合ってるんだろうけど……」


「はっきりせぬな。よい、其方の主観は先ず置き、事実だけを話してみよ」


「ああ、分かった」


 晴明に言われ、雪緒は学校で流行りはじめた占い師の事、仄が感じた占い師の右目から感じる怪異の気配の事、一応、占いの的中率が百発百中である事も話をした。


「帳簿にあった怪異の名前に邪視以外の目に関するものは無かった。占いと呪いが噛み合わないけど、俺達は占い師の右目から感じた怪異の気配を邪視なんじゃないかと思ってる」


「まぁ、それならその方向で進めてみよ。現代(そちら)の怪異の事を多くは知らぬ儂等では判断が付かぬ」


「分かった」


「ただ、邪視ではない可能性も考慮しておく事だ。思わぬ事が起こらぬとも限らぬからな」


 確かに、怪異の正体が邪視では無かった場合、また違った対応が必要になるだろう。そうなった場合の事も考えて、柔軟に動けるようにはしておいた方が良いだろう。


「晴明。汝からは何か無いのか? ……なんだ、その顔は?」


「別に……」


 道満が呆れたように言えば、晴明はつーんと拗ねたようにそっぽを向いてしまった。しかし、その横顔はちゃんと見えているので、雪緒にも晴明がどんな顔をしているのかが見える。


 至極不服そうにそっぽを向き、拗ねたように眉尻が上がっている。


「どうしたんだ、晴明?」


「別に。構わず続けるが良い」


 そう言う割に、不服そうな顔のままな晴明。


「別にじゃないだろ。どうしたんだよ」


「なんでも無いと言っている」


「なんでも無くはないだろ。俺、何か気に障る事したか?」


「しておらぬ。気にするな」


 とは言うけれど、やはり不服そうな晴明。


 そんな晴明を見て、道満が苦笑を浮かべる。


「晴明、何を拗ねておる。汝らしくもない」


「拗ねてはおらぬ!」


「ではその至極不服そうな顔はなんだ? そんな顔をしておいて、なんでも無いはずがなかろう?」


「くどい! 私は至って普通だ! さっさと話を進めぬか!」


 問い詰める道満に、晴明が苛立ったように声を荒げ、きつい眼差しで道満を睨みつける。


 晴明と道満の間に挟まれた雪緒は、自分が睨まれた訳でも無いのに自分が責められているような気持ちになる。


 しかして、道満は晴明の睨む視線に慣れたものなのか、仕方無しと肩を竦めるだけだ。


「分かった。では雪緒、話を続けるとしよう」


「あ、ああ……」


 正直、晴明の不機嫌さの方が気になる雪緒ではあったけれど、怪異の方も気掛かりだ。それに、今の晴明には何を言っても火に油を注ぐ結果になりそうであった。


 雪緒は一先ず晴明ではなく怪異を気にする事とした。


「けど、正直俺が分かった事って言えばそれくらいなんだ。それ以上の事は、明日占い師に会って調べる形になる」


「ごく弱々しい気配であったのだろう? 汝が直に見て分かるのか?」


「俺じゃなくて、百々眼鬼が見てくれる」


「百々眼鬼? それはあれか? 汝が言っておった百鬼夜行の内の一体か?」


「ああ。目がとっても良いらしい」


「であろうな。まぁ、百々眼鬼が居るのであれば問題無いかの。しかし、それならば儂が分かる事は一つくらいかの」


「なんだ?」


 一度瞬きをし、道満は雪緒の目を覗き込む。


 が、その直後に晴明が雪緒の目を片手で覆う。


「見るな雪緒。道満、其方どういうつもりだ?」


 何時もよりも険の含まれた晴明の声が耳元から聞こえて来る。しかし、対する道満の雰囲気は常と同じだ。


「どういうも、雪緒に分かりやすく邪視を教えようと思うただけだ」


「ならば、せめて一言あってもよかろう。急に雪緒に呪いをかけるなど、其方も雪緒の呪いへの耐性の無さを知っておるだろう」


「え、呪い?」


 事態をまったく理解できていない雪緒は、一人だけ頭に疑問符を浮かべていた。


「此奴は其方に呪いをかけようとしたのだ」


「ああ、しかし、勘違いしてくれるなよ? 汝に邪視とはどういうものか、それを教えようと思うたのだ。決して汝を害したくて呪いをかけようとした訳では無いぞ?」


「であれば事前に一言申せと言うのだ! 雪緒にもしもがあったらどうするのだ!」


「もしもなど有りはせぬよ。儂を誰だと思うておる?」


「そういう問題では無い! 雪緒には呪いに対する耐性が無い。其方が加減をしようとも、その加減では雪緒が耐えられぬ可能性もあろう。よもや、それが分からなかった等とは言わぬだろうな?」


 底冷えするような晴明の声。それが自身の間近から聞こえて来るのだから、自分がその声に責め立てられている訳でもないのに冷や汗が流れる。


 雪緒は視界が遮られているので晴明の様子は分からないけれど、恐らくは道満をこれでもかと言うほどに睨みつけているに違いない。


 雪緒が二人を止めるために声を上げようとしたところで、道満の方から溜息が聞こえて来る。


「はぁ……分かった。今回は儂が悪かった。悪戯(いたずら)が過ぎたな。謝る」


「……次は無い。二度と雪緒を害そうと思うな」


「ああ、分かった。だからそれを仕舞え(・・・・・・)。それはさしもの儂でも洒落(しゃれ)にならん」


「……ふんっ」


 道満が頷けば、晴明はようやっと雪緒の目隠しを解いた。


 片手での目隠しをしていたので、密着していた晴明の温かさが遠退く。


 道満が言ったそれとはなんなのか。気になって雪緒は晴明の方を向くけれど、晴明はその手にいつもの扇しか持っておらず、特にこれといっておかしな物は持ってはいなかった。


「なんだ?」


 落ち着いた様子の晴明が雪緒に問い掛ける。


「いや、道満が言ってたそれ(・・)ってのが気になって」


「ああ。其方は気にせずとも良い。話を続けよ」


「……分かった」


 正直少し気になったけれど、晴明が気にするなと言うなら気にしない方が良いのだろう。それに、しつこく聞いて晴明をまた怒らせてしまうのも申し訳ない。


 雪緒は晴明から道満に視線を戻す。


「で、邪視を実体験させようとしたのか?」


「ああ。その方が手っ取り早かろう?」


 雪緒が聞けば、道満は悪びれもせずに答える。


 晴明にあれだけ敵意を向けられたというのに、まったく堪えた様子の無い道満に、雪緒は思わず呆れてしまう。


「まぁ、手っ取り早いっちゃそうだけどな。俺も一言欲しかったよ。なにせ(のみ)の心臓だからさ」


「蚤の心臓であればもう少し配慮もするがな。儂は汝がそう弱いとも思わん」


 雪緒の冗談混じりの言葉に、しかし、道満は存外真剣な眼差しで言った。


「なにせ、汝は強大な怪異に二度も立ち向かえる者だ。ただの凡夫である汝にとっては生半(なまなか)な覚悟では無かったろうな」


「あ、いや……」


 道満の意外な言葉に、雪緒はどう答えていいのか分からず、思わず視線を逸らしてしまう。


 雪緒は覚悟を決めたけれど、結局は一人では何も出来ていない。いつも、仲間が助けてくれている。仲間のお膳立てが無ければ、雪緒は強大な怪異を二度も倒す事も、立ち向かう事も出来なかっただろう。


 思えば、雪緒が鬼主(きさらぎぬし)に立ち向かおうと思えたのはーー


「ん? どうした?」


 自然と逸らした視線は晴明の方を向いていて、雪緒の視線に気付いた晴明が小首を傾げて晴明を見返す。


 雪緒は少しだけ微笑んで、道満に向き直る。


「俺が二度も怪異に立ち向かえたのは、晴明が俺の事を自分が持ち得なかった勇気だって言ってくれたからだ」


「ーーっ」


 晴明が目を見開いて雪緒を見る。それは驚いているようで、照れているようで……。


「それに、俺は仲間がいなきゃ何も出来ない。ちょっと特別な力を貰っただけの凡夫だよ。だから、呪いとかかける時は一言あると嬉しい」


「ぷっ、くくっ……なるほど。晴明がそのような事をなぁ」


 にやっと悪い笑みを浮かべる道満。しかし、晴明をからかうような言葉は無く、道満は続ける。


「なんにせよ、あい分かった。儂は汝を高く買っておるが、少しだけ改めよう」


「そうしてくれると()(がた)い」


「思えば、汝は猿夢の呪いに耐え切れずに眠りに落ちたのであったな。まったく、儂の呪い返しがありながら、なんとも情けない」


「本当に情けない限りだよ……」


 申し訳無さそうに言う雪緒に、しかし、道満は楽しげに笑う。


「まぁ、汝は凡夫にしてはようやっておる。此度(こたび)の怪異も愉快痛快に片付けてくれる事を期待しよう」


艱難辛苦(かんなんしんく)ってのが合ってる気がするけどな」


 道満の言葉に、雪緒は思わず苦笑する。命懸けの怪異退治にそんな物語性を求められても困ってしまう。怪異退治中の雪緒にそんな余裕は無いのだ。


「くくっ、まぁ、どちらでも良い。儂は汝の話を聞くのが楽しみだからの。期待しておるよ」


 くつくつと楽しそうに笑う道満。正直期待されても困るけれど、結局事の報告はしなくてはいけないのだ。期待に沿うか分からないけれど、話をするのは変わり無い。


「さて、話が逸れたな。では、邪視の話に戻ろうかの」


「ああ」


 雪緒が頷けば、道満は途切れていた説明を再開する。


「邪視とは(すなわ)ち邪悪な視線。その視線は呪いの類。それは相違無い。しかし、邪視とはそれだけではない」


「と言うと?」


 道満はにやりと笑うと、少しだけ愉快そうに言った。


「その占い師は占ってはおらぬ。相手を呪っておるのだ」

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