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第参話 邪視、そして、百々眼鬼

 少しだけいよりと雑談をしてから、二人は一緒に教室へと戻った。


 教室に戻ればすでに青子も加代も戻っており、二人して楽しそうに話をしていた。


 しかし、青子が雪緒に気付くとテンション高めに雪緒に声をかける。


「あ、陰陽師(おんみょーじ)! ねぇねぇ聞いて! あたし占ってきてもらったの!」


「あぁ、行ってきたんだってな。で、どうだった?」


 いよりが雪緒の影に隠れて自分の席に移動したのを察しつつ、自席に座りながら雪緒は何気なく聞いてみる。


「凄かったよ! あたしの心が見えてんのって思うくらい当たるの! 最近の悩みとかずばり当てて来たし!」


「え、青子悩みなんてあったのか?」


「あるよ! 陰陽師(おんみょーじ)はあたしをなんだと思ってんの!?」


「アホ子」


「アホ子じゃないよ! 青子!」


 むーっと唸る青子。唸る姿がもうあほっぽいとは流石に言わない。


 二人の様子を見て苦笑している加代は、雪緒に言う。


「でも、凄かったよ。恋愛相談とか、的確に心情を当ててたし」


「観察眼が優れてただけじゃねぇの? それか耳が早いか」


「今日初めて会うような人の心情ってそんなに簡単に分からないでしょ? それに、全学年合わせて何人居ると思ってるの?」


 確かに、いくら耳が早いと言っても、全学年を網羅するのは容易ではない。それを一人でやっているのであれば尚更だ。


「まぁ、確かに……」


「それに、誰にも話してない秘密まで知ってるみたいだったよ。本人もびっくりしてた」


「そうそう! まるで見てきたみたいに言うの! 凄くない!?」


「凄いけど、なんか怖いなぁ……」


 他人も知らない秘密を見る事が出来るという事は、知られたくない秘密を知られるという事に他ならない。自らの内側を暴かれるのは、あまり気持ちの良いものとは言えないだろう。


 特に、知られたく無い事がある雪緒としては尚更だ。


「ねぇねぇ! 陰陽師(おんみょーじ)も明日行こうよ!」


「いや、俺は遠慮しておくよ」


 暴かれたく無いものを暴かれるのは気持ちの良いものではない。それに、占ってもらうのなら誰とも知れない人よりも晴明が良い。晴明に見てもらいたい。


「えー? 行こうよー!」


「行かない。第一、占いとか興味ないし」


「ほんとにー? 女子にすっごく人気だよ?」


「俺は女子じゃないだろうが……」


 青子の言葉に溜息を吐きながら言うと、ちょうど、仄達が教室に戻ってきた。


 女子達がきゃっきゃっと騒いでいる中、仄は笑みを浮かべながらも決して心からの笑みを浮かべてはいなかった。


 一瞬、仄の視線が雪緒を捉えて、女子達の視線が切れた途端に険しい顔で雪緒に目で訴えかける。


 何を訴えたいのかは分からない。けれど、仄が看過できてない何かがあった事は間違い無かった。


「どうだった、仄?」


 雪緒は出来るだけ自然な感じで仄に問い掛ける。


 仄も一瞬だけ見せた険しい顔を隠し、笑みを浮かべて雪緒に答える。


「興味深かったよ。どうやってるのか教えてほしいくらい全部当ててた」


 ただの雑談のように言う仄。けれど、仄のその言葉の真意を雪緒は正しく理解する。


 仄は本職の占い師を知っている。その仄がどうやっているのか教えてほしいと言ったのだ。つまり、件の占い師皇后崎は占いをしていない。もしくは、仄の知らない範疇の方法で占いをしているということになる。


 けれど、仄の一瞬見せた険しい顔。仄の知らない範疇で皇后崎が占っているのであれば、仄はもっと別の表情をしたはずだ。悔しがるなり、純粋に興味を持つなり、感心するなり。


 しかし、仄は険しい顔を見せた。ということはつまり、仄の知らない占いの方法などではなく、仄も想定外の何か、という事になる。それも、看過できない程危険なものだ。


 雪緒は笑顔を浮かべながら言葉を返す。


「仄が言うならよっぽどなんだろうな」


「あー! 陰陽師(おんみょーじ)あたしの時は半信半疑だったのに!」


「仕方ないだろ? アホ子と仄じゃ信憑性が違うんだから」


「アホ子じゃなーい! 青子!」


 青子が怒りながら雪緒に文句を言う。それに乗って、雪緒は青子に冗談を言ったりする。


 それから、他の占いに行った女子達を含めて、青子達は楽しそうに会話に花を咲かせた。


 それに笑顔で相槌を打ちながらも、雪緒と仄は心ではまったくもって笑ってはいなかった。





 一日が終わり、雪緒は部屋で電話をする。


「んで、結局どういう事だったんだ? 何かまずい事でも起こったのか?」


 電話の相手は勿論仄だ。そして、電話の内容は占い師の事。


『まずい、というよりも、厄介かな』


「厄介?」


『うん。例の占い師の先輩から怪異の気配がした』


「ーーっ! 本当か?」


 今まで感じていた小さな怪異の気配の正体が、その占い師だというのだから驚くのも無理はない。


 雪緒だって、占い師が怪しいと思ってはいても、それは占いの方に何か種や仕掛けがあると思った程度だ。よく、占い師などが使う手法としてコールドリーディングがあるけれど、そういった類のことをしているのだとばかり思っていた。


『うん。目の前で見たから分かったよ。ただ、目の前で見ても怪異の気配は微弱だった。弱い怪異のか、力を隠してるのか……』


「もし弱い怪異だとして、皇后崎って人が怪異なのか?」


『そんな感じはしなかった。皇后崎先輩は多分普通の人』


「じゃあなんで皇后崎先輩から怪異の気配が?」


『……多分、右目から、だと思う』


「目?」


『うん。眼帯で隠してる方の目から、怪異の気配がした』


 雪緒は家にある紙の怪異リストを取り出し、リストの中で目に関する怪異があるかを確認する。


 ややあって、一つの項目を見付けたところで、仄が答えを言う。


『多分、邪視だと思う』


「邪視……」


 (あらかじ)め起動しておいたパソコンのブラウザを開き、邪視と入力する。そして、とあるネットページを開く。


 そのページには邪視に遭遇した人の記事が記載されていた。それに目を通す前に、仄の説明が入る。


『邪悪な視線と書いて邪視。世界中で伝わってる民間伝承の一つで、悪意を持って睨み付ける事で相手に呪いをかける事が出来る。Evil Eye(イビルアイ)邪眼(じゃがん)魔眼(まがん)……まぁ、呼び方は正直どれでも良いの。問題はその視線が呪いの類って事』


「呪いって事は、皇后崎先輩は占ってるんじゃなくて、相手を呪ってるって事か?」


『それが、分からないの。邪視っていうのは一種の呪いで、相手を殺すことも出来るし、衰弱させる事も出来る。でも、相手の状態を見たり、占ったりするなんて、聞いた事も無い……』


 確かに、相手を呪うだけの力、つまり、相手を害するだけの力であれば、相手の状態を見る等といった力は無いはずだ。


 勿論、二人が邪視について何も知らないという可能性もある。邪視がもっと多くの事が出来る可能性もある。しかし、読んで字の如くであれば、そんな呪いにも繋がらない事を出来るだろうか?


「邪視じゃない可能性は?」


『正直、薄いと思う。目に関する怪異はこれくらいだし……妖怪とかになると、また別種のものになるし……』


「そうか……」


 となると、邪視の可能性が一番高いだろう。


『私も遠目に見ただけだから詳しい事までは分からないの。でも、きさらぎ駅も猿夢も私達の及びつかないような形に姿を変えていた。邪視の力が私達の想像を超えていても、不思議じゃない』


 確かに、きさらぎ駅には黄泉戸喫(よもつへぐい)。猿夢には就寝者の夢を繋いで巨大な夢世界を創るという予想だにしない能力があった。そう考えれば、邪視が相手の状態を見たり、占い紛いの事をしたり出来てもおかしくはない。


『ともかく、一度雪緒くんも見に行ってみない? それと、探知に優れた式鬼が居たら連れてきてもらえる? 私も連れていくけど、見る目が多い方が良いと思うし』


「分かった。俺の方からも一人連れていくよ」


『ありがとう。私の方でも色々調べておくね』


「ああ。よろしく頼む。無理するなよ?」


『一番無理してる人に言われたくありません。役に立てなかった分、こういうところで役に立たないと』


「時雨が言った事なら気にするなよ? あいつ、陰陽師となんかあったみたいだから、陰陽師に対して当たりが強いんだ」


『そういう事じゃないよ。私がただ自分の無力を実感してるだけ。それじゃあね。お休み』


「……ああ、お休み」


 おそらく、今の仄に何を言ったところで仄の心境は変わらない。


 曲がりなりにも、雪緒は二つの怪異を終息させている。言ってしまえば功績を上げているのだ。そんな雪緒が何を言ったところで、仄の心には響かない。逆に惨めになるだけだ。


 通話を切り、雪緒は携帯を机の上に置く。


「……小梅、来れるか?」


 小さく呟けば、程なくして部屋の扉がこんこんとノックされる。


「主殿。小梅でござりまする」


「入ってくれ」


「失礼いたしまする」


 断りを入れて、小梅が部屋に入る。


 部屋に入ってきた小梅の髪は湿っており、服装も常の狩衣(かりぎぬ)ではなく明乃のお下がりのシャツだ。下には短パンを履いているのか、時たまちらりと青色の生地が見える。


「このような格好で申し訳ござりませぬ。着替えの時間を頂けるのであれば、すぐにでも着替えて参りまする」


「いや、大丈夫だ」


 別段、小梅の格好に取り立てて異義を申し付ける事は無い。家で小梅がどんな格好をしていようが小梅の自由だし、そこを縛っては雪緒が明乃にどやされる。


「こっちこそ悪いな。もう寝るんだろ?」


「はい。しかし、姉君はもう少し起きているとの事ですので、問題はありませぬ」


 小梅は明乃と一緒のベッドで眠っている。寝る場所が無い訳ではなく、明乃が小梅と一緒に寝たがっているのだ。

 

 妖に定期的な睡眠は不要だけれど、別段眠らないという訳ではないし、まったく眠らなくて良いという訳でもない。睡眠は必要だし、暇潰しとして眠る事もある。


 眠りを必要としていない訳ではなく、そんなに眠らなくても大丈夫、といった感じだ。


 正直明乃云々はどうでも良い雪緒だけれど、それが明乃に聞かれた時に何を言われたか分かったものではないので黙っておく。


「して、何用でござりましょう? 怪異関連の事でござりまするか?」 


「ああ。小梅、百鬼夜行で霊力の探知が得意な奴っているか?」


「うーむ……でしたら百々眼鬼(どどめき)を喚びましょう」


「どどめき?」


「はい。百の目を持つ妖にござりまする。如何せん、手癖の悪い妖ですが、視る事に関しては秀でておりまする。まだ現代(こちら)では呼んではおりませぬが、すでに平安(あちら)で縁は結んでおりまする。主殿が喚べば、即座に馳せ参じましょう」


「なるほどな」


 一つ頷くと、雪緒は式鬼札を取り出す。そして、百々眼鬼と心中で名を呼び、召喚の言葉を唱える。


「式鬼神招来」


 唱えれば、即座に式鬼札は形を変え、瞬く間に一人の女性が姿を現した。


 質素な着物に、頭から被るようにして布をかけている、一見幸薄そうな女性。


「嗚呼、主様。お久しゅうございます。あの時と変わらぬお姿をもう一度この目に映せて、私は幸せでございます」


 言いながら、百々眼鬼はその場に傅く。


「えっと……お前が百々眼鬼、で良いのか?」


「はい。私が百々眼鬼でございます」


 恭しく、百々眼鬼は言う。


「小梅から聞いたんだが、霊力の感知に鋭いとか」


「はい。私の眼であれば霊力の流れを見ることなど造作もありません。嗚呼、しかし、私は眼しか使えません。鼻や耳は人と同程度ですので、悪しからず」


「ああ、分かった。正直、観察に優れた眼だけでも、あれば十分だ。明日、俺について来て欲しい。あ、姿は隠せるか? もしくは気配を消せるとか」


「いえ。しかし、妙案がございます」


「妙案?」


「はい。明日の準備をしたく思います。これにて失礼させていただいても宜しいですか?」


「あ、ああ……正直、妙案ってのが気になるが、まぁ、お前が自信があるなら頼む」


「はい。明日、楽しみにしてくださいまし」


 にこっと一つ笑って、部屋から出て行こうとするーーが、その腕を小梅が掴む。


「待て百々眼鬼。盗った物を置いていけ」


 ぎろりと、普段小梅が絶対にしない眼光の鋭さで百々眼鬼を睨みつける。


「あら、ばれてました?」


 しかして、百々眼鬼はまったく動じた様子もなく、裾から雪緒の財布を取り出した。


「あ、それ俺の財布!」


「うふふ、私、金目の物に眼がありませんでして」


 盗られた事にまったく気付かなかった。いつ、どうやって盗ったのかも不明だ。


 まったく悪びれた様子もなく財布を置いた百々眼鬼を、小梅は睨みつけたままだ。


「貴様、それが主殿の物だと知っての狼藉(ろうぜき)か? その腕引き千切られたいか?」


「あらぁ、怖い怖い。流石は百鬼夜行頭目(とうもく)。腕が鈍っていないようで何よりです」


 睨む小梅と微笑む百々眼鬼。


 百々眼鬼の腕がみしりと軋む。


「止せ小梅。仲間を傷付けてどうする」


「……はい」


 雪緒が止めに入れば、小梅は不承不承ながら百々眼鬼の腕を離す。


 百々眼鬼は握られていた腕をさする。


「相変わらずの馬鹿力。骨折れちゃうかと思いました」


「折れれば良かったでありまする」


「折ってどうする。それと、百々眼鬼。次にこの家から物を盗んだらお仕置きだからな」


「お仕置き!? 嗚呼、甘美な響き……」


 雪緒がお仕置きと言えば、うっとりとした顔をする百々眼鬼。予想外の反応に、一瞬たじろぐ雪緒を余所に、百々眼鬼は頬を赤くしながら雪緒に微笑みかける。


「私、楽しみにしております。それでは」


 一つ頭を下げて、百々眼鬼は雪緒の部屋から去って行った。


 階下から「うわっ、あんた誰!?」と明乃の驚いた声が聞こえてきた。


 雪緒は痛くも無い頭を押さえて小梅に言う。


「小梅、頼んで良いか?」


「はい。お任せを」


 頷き、小梅は素早く部屋を出て行った。


 召喚して早々だけれど、百々眼鬼を召喚したのは間違いだったかもしれないと思い始める雪緒であった。

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