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第弐話 占い師

 猿夢の被害も少なく、町もきさらぎ駅の時ほどの混乱は無かった。ただ、ネット上や噂話で、夢の中の変な町で色々な妖怪や人間に助けられた、といった話が上がった。多くの人が見たと言ったその夢は、しかし、結局は大多数の人にとってはただの夢の話。奇妙な事もあったもんだと、その話は一時だけネット界隈を賑わせた後、また別の話に話題を持って行かれていた。


 猿夢の事件も下火になり始めた今日この頃、雪緒は束の間の平穏を満喫する。


 学校に行き、友人と話しをし、授業を受け、家に帰る。そんな平穏。


 そんな平穏を過ごしてはいたけれど、最近学校で妙な気配を感じるのだ。猿夢の時と同じような、薄らと漂う怪異の気配。


 そして、それは小梅も仄も感じているらしく、三人で調査をするもその正体を掴めずにもやもやした日々を過ごしていた。


 今日も今日とて、その気配が漂って来る。


「いったいなんなんだ、これ?」


 昼食を食べながら、雪緒は声を潜めて仄にたずねる。しかし、仄もわかりかねるのか、可愛らしく小首を傾げる。


「さぁ? でも、猿夢の時よりも反応は弱いし……」


 そう、弱い怪異であった猿夢の時よりも、更に弱い反応なのだ。だからこそ、雪緒も仄も正体が掴めずにいるし、小梅や他の式鬼でも嗅ぎ付ける事ができずにいた。


 弱々しい、けれど、怪異独特の気配に二人が無視できるはずもなく、二人はここ数日頭を抱えていた。


 晴明に聞いてみたりもしたけれど、晴明もあまりに情報が少な過ぎて分かりかねると言っていた。その場にいるのであれば微小な気配も見逃さないけれど、やはり聞き及ぶだけでは分からないとの事であった。


 二人で校内を見回ったところおかしなところは無く、誰におかしな気配、妖が憑いている訳でも無い。


 完全にお手上げ状態であった。


「唯一分かっている事といえば、休み時間の度に感じるって事だけど……」


「それも確定的な理由にはならないしな」


 それに、稀に朝や放課後に感じる事もある。授業中は決して無いけれど、朝も放課後も気配を感じる範囲に入ってしまうのであれば、候補を絞る事も難しい。


「ていうか、そういえば二人は? 学食でも行ってるのか?」


 今はお昼休み。本来であればいつもの四人で机を囲んでお弁当を食べているのだけれど、今日に限って青子も加代も居なかった。


 久しぶりに二人だけのお昼。仄と二人きりに不満がある訳ではないけれど、それでも、いつも居る二人がいないとなると、少し寂しいと思ってしまう。


 もちろん、そんな事はおくびにも出さないけれど。


「ううん。なんか、占ってもらうって言って、どっかに行っちゃった」


「占ってもらう? 誰に?」


「さぁ?」


 どうやら仄も細かいところまでは知らないらしい。しかし、占ってもらうと言って教室を出て行ったという事は聞いているようだ。


「この学校に有名な占い師なんて居たか?」


「少なくとも私は聞いた事無いけど」


「俺も聞いた事無いしなぁ……」


 単に二人の交遊関係が狭い事もあるけれど、世間で有名な占い師がいれば世間よりも狭い学校でその占い師の存在が有名にならないはずが無い。少なくとも、二人が存在を認知しているくらいにはその名を馳せていても良いはずだ。


「ま、単に占いが流行ってるってだけかもね。女子って占い好きだし」


「まぁ、そうだろうな」


 確かに、女子というものは占いやおまじないの類が好きだ。雪緒が小学生の頃にも、明乃がそういうのにはまって、その手の本を買っていた記憶がある。


「んで、仄は占い好きなのか? 仄も女子だろ?」


「私はそういうのはあまり。それに、本職の人知ってるから、それと比べちゃうとね。私だけ冷めた反応してたら、皆気を悪くしちゃうだろうし」


「ああ、確かにな」


 陰陽師とは、元は御門に仕える占術師だ。陰陽師である仄の身の回りに凄腕の占術師が居てもおかしくはないし、本職を見ていると子供のやっている占いがいかに稚拙か分かってしまうだろう。


 本物とお遊びでは格が違う。本物を知っている仄は遊びの方ではしゃぐことができない。それを自分で分かっているのだろう。


「雪緒くんは? 占いとか興味無いの?」


「俺はあんまり。占いって言っても、未来が見える訳でもないし」


「あ、さては知り合いに占い師でも居るの?」


 雪緒の言葉に、仄が訳知り顔でたずねてくる。


 どうやら、仄も占いがどういうものか知っているみたいだ。まぁ、陰陽師なので、当たり前と言えば当たり前なのだけれど。 


「まぁ、な。それに、凄い占い師に出会っちまうと、どうしてもその人と比べちまうし」


「へぇ、そんなに凄い占い師なんだ? 名前聞いてもいい?」


「内緒」


「えー。けち」


「けちで結構」


 言ったところで信じられないだろう。安倍晴明と蘆屋道満と知り合いなど。


 まぁ、雪緒は晴明にろくに占ってもらった事は無いけれど。


「あ、お二人さん占いについて話してるの? タイムリーだね。噂聞いたの?」


 少しだけ声が大きかったのか、一つ以上席を空けて座っている女子生徒が声をかけてきた。


「噂?」


 仄がその女子生徒にたずねる。雪緒は仄に任せて静観する事にする。


「そうそう、噂。なんか、二年に凄い占い師が居るんだって」


「あ、それあたしも聞いた。なんでも、百発百中なんだってー」


「ああ、あの眼帯とかふりふり制服の人? あれって本当なの?」


「らしいよー? ウチの友達も見てもらったってー」


「えー、胡散臭ーい」


「でも、実際に先輩が占ってもらってずっと好きだった人と付き合えたんだって」


「へー。わたしも占ってもらおうかなー」


「あたしこの間ちょっと見てきたけど、人一杯いたよ? 予約制なんだって」


 などなど、姦しく(くだん)の占い師について話をする女子達。


 雪緒はともかくとして、仄も会話に入りあぐねている様子だ。


「ねえねえ、土御門さんも占いに興味があるの?」


「う、うん。まぁ、人並みには……」


「だったら一緒に見に行く? うちらもちょっと気になるしさ」


「え、今から?」


「うん。ちょっと行って帰って来るだけ。どうする?」


「うーん……」


 唸り、雪緒をちらりと見る仄。


「気になるなら行って来いよ。俺はぼっちでも大丈夫だ」


「あ、じゃあ道明寺くんも行く?」


「え、あ、いや……俺はいいや。皆だけで行って来ると良いよ」


 流石に女子の中に入って占い師に会いに行くのはハードルが高い。いつも女子三人に囲まれているし、どちらかというと女子の知り合いの方が多いけれど、それはそれである。ただでさえ美少女三人と一緒にいて男子達から若干敵視されているのに、更に敵を作るような事はしたくはない。


 それに、占い師について少し気になる事もある。こういう時は、頼れる情報屋をたずねたい。


 仄が裏切るのかとでも言いたげな顔をするけれど、雪緒はそれを無視してご飯を急いでかきこみ、お弁当を片付ける。


「ご馳走様でした。それじゃあ、行ってらっしゃい。じゃあな」


 まくし立てると、雪緒はさっさか教室を後にする。背後に仄の恨めしそうな視線を受けるけれど、気にせずに歩く。後で何か言われそうだけれど、気にしない。気にしないったら気にしない。


 雪緒は教室を後にすると特別教室棟へと向かう。


 特別教室棟の一番日当たりの悪い教室。かつて応接間であったその教室は、今は一人の女子生徒の私室と化していた。


 応接室の扉を開ければ、そこにはソファでくつろぐ一人の女子生徒ーー那種いよりの姿があった。


「よっ」


 手を挙げて、軽く挨拶をする。


「ど、同志。どうしたの?」


 いよりは小首を傾げながらも、対面に座るように手で促す。


 雪緒は扉を閉めると、いよりの対面に座る。皮張りの高級感のあるソファに高校生が対面で座るというのも、なんだか違和感を禁じ得ない光景だ。


 雪緒はソファに座ると、早速いよりに用件を話す。


「いより、今学校で噂になってる占い師について何か知ってるか?」


「う、占い師? そ、それって、二年の皇后崎(こうがさき)先輩の事?」


「いや、名前は知らないんだけど……」


「で、でも、多分、その人。占い師として、ゆ、有名」


「百発百中だとか聞いたんだけど」


「う、うん。今のところ、外れは無い。ぜ、全部当たってる」


 正直、クラスの女子達の話では正直半信半疑であったけれど、オカルト話に精通しているいよりが言うのであれば間違い無いだろう。


「その、皇后崎先輩の名前が知れ始めたのっていつからだ?」


「こ、ここ最近。ほ、ほんの、一週間前くらい、かな?」


 一週間程前。ちょうど、雪緒と仄が怪異の気配を感じ始めた時期と重なる。


「な、何か、あったの?」


「いや? ちょっと気になっただけだよ」


 その言葉に嘘は無い。実際、少しだけ気になったからいよりにたずねてみただけだ。(くだん)の皇后崎が怪異と関わりを持っているのか、それとも怪異そのものになったのかは分からない。怪異とは関係が無ければそれで良い。


 しかし、怪異云々を関係無しにしても、雪緒は皇后崎の事が気になったのだ。


 凄腕の占い師である晴明でも、九分九厘の正当率。殆ど外さないけれど、十分には一厘足りない。そんな晴明でも一厘の不当があるというのに、ぱっと出の高校生である皇后崎が百発百中の占いをしているとあれば、いぶかしむのも無理は無い。まぁ、雪緒の中で最高の占い師である晴明よりも、その皇后崎が優っていると思いたくないだけでもあるけれど。


 けれど、雪緒の感情論を抜きにしても実際有り得るのだろうか? 晴明は貴台の天才陰陽師。その実力は多くの者に認められ、史実に載るような人物。しかし、件の皇后崎はつい一週間前から占いを始めたという。晴明並の天才であれば納得は出来るけれど、晴明並の天才がそうそう現れるはずも無いと思ってしまう。


「一応、調べた方が良いのかもな……」


「し、調べる? こ、皇后崎先輩を?」


「ん、ああ。本職の占い師を知ってると、どうにも胡散臭いからな、その皇后崎って人」


 まぁ、晴明が人を占っているところなど見た事も無いけれど。しかして、いよりに素直に話をする訳にはいかない。そのため、それらしい言葉を並べる。


「ほ、本職……! ぜ、是非一度、会ってみたい……!」


 本職の占い師と聞いて、いよりが目を輝かせる。


「無理だな」


 現状、この時代の者で晴明に会えるのは雪緒ただ一人。会わせたくとも会わせられないのだ。


「そ、そう……残念……」


 見るからに落ち込むいよりに、雪緒は申し訳ない気持ちになる。


「その人、めったに会えないからさ。会わせたくても会わせられないんだわ。期待させるような事言って悪かったな」


「だ、大丈夫」


 申し訳なさから雪緒が謝れば、いよりは気落ちしながらもこくりと頷く。落胆はしたけれど、雪緒が悪い訳ではないと分かっているのだろう。


 その事に少しだけ安堵しつつ、雪緒は少しだけ話題を変える。


「そういえば、いよりは占ってもらったのか?」


「う、ううん。わ、私、パリピは苦手……」


「ああ、そういえばそんな事言ってたな」


 オカルト好きのいよりが何故占ってもらわなかったのか疑問だったけれど、姦しく話をしている女子の集団に入り込んでいるいよりというのも、確かに想像が出来なかった。


「ど、同志は、行かないの?」


「俺? 俺はいいよ。女子の集団に入っていけないし」


 もし占い師が怪異絡みであればそうも言っていられないだろうけれど、怪異絡みで無いのであれば、わざわざ好き好んで女子の集団に入って行きたくはない。場違いだし、完全に浮いてしまうだろうから。


「で、でも、同志、いつも女子と居る」


「それは俺が男友達が少ないからだ……」


「少ない……?」


「おい、なんでそこで疑問形になるんだ。少ないんだよ」


 実際、時雨とは友人関係だと思っている。色々腹を割って話をできてはいないけれど、それでも、友人だと思っている。


 しかして、時雨を抜けば友人と呼べる男連中はおらず、中学の頃の男友達とも疎遠になってしまっている事に気付く。


 本当に少ねぇな、おい……。


 男友達が少な過ぎることに危機感を覚える雪緒。


「俺、占い云々よりも、男友達作る方が先かもしれない……」


「ど、どんまい、ゆっきー……」


 落ち込む雪緒に、いよりが微妙そうな顔をする。


「……てか、いよりはどうなんだ? 友達居るのか?」


「むぅ……ゆっきー、お父さんみたいな事言う……」


 雪緒の言葉に、いよりはむすっと少しだけむくれたような顔をする。


「い、いたら、こんな所で食べない……」


「なら、俺達と一緒に食べるか? いよりは騒がしいの苦手かもだけど」


「さ、騒がしいのは、苦手でない……。で、でも、明るい人、ちょっと苦手。わ、私は、自分に自信、無いから……」


 そう言ったいよりはその小さな肩を落とす。


 多分、これは雪緒が何を言っても意味は無い。これはいよりの問題であり、雪緒の主観といおりの主観は違う。だから、雪緒の言葉がいよりにとって正しいとは限らない。


 けれど、一つだけ言える事がある。


「まぁ、気が向いたら言えよ。俺は大歓迎だからさ」


 青子達ならこう言うはず、なんて考えは言わない。雪緒は、雪緒の思いをただ伝える。


「う、うん……気が、向いたら……」


 いよりは一つ頷く。しかし、その顔はあまり晴れやかとは言えなかった。まぁ、いつも晴れやかとは程遠いけれど。

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