ながれ星の行方 2
思い返してみれば、不自然なことがあった。地図を見ただけでそこが病院だとわかったり、家の近くの公園なのに、行った記憶が「一回もなかった」し、なにより……
……高校2年生である美季の小説が、一年のときから始まっていること。
もとはと言えば、ただの青春系として小説を書く予定だったはずだ。それの主人公として俺が手伝うはずなのに、主人公は女子で、また俺がしてきてきたことも一切かかれていない。それなのに美季は執拗に俺のことを行動させようとするし…………
「………大丈夫?」
俺の思考を言葉が遮った。
「ああ、すいません大丈夫です」
「そう?とつぜん止まったからびっくりしちゃった」
「はい。ところで、さっきの…」
文化祭がはじめてと言うことについて聞こうとしたところで、遠くから発せられた声に榎本さんが連れ去られてしまった。一人残された俺はしょうがなく黙々と作業を続けていく。その間も、疑問は頭から離れなかった。
「あー……もう!」
いてもたってもいられなくて、俺は教室を出た。神野に聞けば、もしかしたら何か知ってるんじゃないかと思ったから。
「あ、あのーすいません。神野いますか?」
あいつの教室はふたつ隣にあった。そのため行くだけなら簡単だが、人探しといえばそうはいかない。誰かから聞くのが手っ取り早かった。(うまく出来るとは言っていない)
「あー神野?あいつなら帰ったよ」
「帰った!?なんでだ……」
壁にかけられた時計はまだ昼すらも指していない。それなのに帰ったなんて、どれほど真面目じゃないのか。………俺を見習ってほしい。
「………あ」
日付を見てようやく、明日神野が引っ越す日だと気づく。きっと準備とかいろいろあるんだろうが、それにしても一言言ってほしいくらいだ。
「しょうがない、ひとまず諦めるか」
あんなに楽しみにしていた病院も、なんでか今日は行く気が起きない。結局作業もほどほどに時間が過ぎるのを待った。
窓の奥では、今日も変わらずに白と青が輝いている。もはや見慣れてしまったそれは、はじめはとても新鮮味があったものだった気がする。
「……やぁ、退屈そうだね」
頬杖を付きながらため息をつくと、後ろから穏やかな声が聞こえた。
「神野くん、久し振り!」
「久し振り、相変わらず元気そうで」
「まだまだ元気だよ~?神野くんは?どうしてこんな時間にここに?」
まだお昼ご飯を食べてないから、学校なんて終わってるわけないんだろうけどなぁ……
「学校はさぼってきた。だってめんどくさいんだもん」
「うわ、不良くんだ。こわー」
「全然怖がってないでしょ…」
理由なんて知っているのに、あえてここはからかってみる。案の定神野くんは鋭いツッコミをいれてきた。相変わらず腕は鈍っていないようだ。うん。
「で、そろそろ本題に入っていいかな?」
「うん!もう笑い疲れたからいいよ~」
「………誰のせいだよ…」
わかりやすく肩を落としたと思えば、軽く咳払いをした。相変わらず忙しそうだ(私のせいだけど)
「じゃあ早速だけど、小説はどこまで進んだの?」
「秋の始めあたりかな。だいたい今の季節と同じくらい」
「へぇ~ちゃんと進んでるね。じゃあもうすぐか……」
「うん、だけどまだ由良くんに見せる気はないよ?」
書いてきた小説をめくりながら私は言った。なるべく軽く話したつもりだったが、聞き手はどうやら気持ちを察してくれたらしい。これが由良くんだったら、きっとまたいじられてしまうのだろう。………そこが由良くんらしいんだけどね?
「それはいいけど大丈夫なの?やっぱり辛いんじゃ…」
「大丈夫大丈夫!もう昔のことだからね!」
少し傷む胸を押さえながら、私はできる限り微笑んだ。正直大丈夫じゃなかったけど、今さら神野くんに心配はかけられない。偽物でも、「正常」を保たないと。
会話もそこそこに、神野くんは家に戻った。どうやら本当に準備が忙しいようだった。そりゃそうか、明日引っ越しちゃうんだもんな。
引っ越しにはいい思い出がなかった。体が弱くてこんなところにきて、もう会えないとまで思った。だからこそ、会えた今こんなにムキになっているんだ。
「………もう少しだけ、書いておこうかな」
手遅れにならないうちに、私の思いを……あの人の人生を、刻んでおかない
と。
今日は久し振りに夢を見た。
大事な人が、遠くへいってしまう夢を。
でも一回離れてはじめて、近くにいる幸せを知ることができた。
だから嬉かった。私に気づいて、迎えに来てくれたことが。
たとえそれがダメだと言われていても、たとえ先に辛い結末が待っていても、
その人のためならなんでもできる気がした
その人のためならどうなってもいい気がした。
だから私は今もなおこんなことをしている。
過去にとらわれていても、それしか方法がないんだから。
ああ、ほら今日もまた
耳の奥であの音が響いた