21話「終わらないゲーム」
――翌朝――
僕は1人朝食の準備をしていた。
作っているのは、『フレンチトースト』である。
とろけるように甘いその食べ物は、僕の好物だったりする。
「毒は入っていないようですが、それは何ですか?」
甘い匂いを嗅ぎ付けてきたのか、鑑定師のローラがやってきた。
「これは『フレンチトースト』って言って、パンを甘く焼いた食べ物だよ」
「ふ、ふ~ん……」
甘いと聞いて興味が沸いたのか、チラチラとフライパンを覗き込んでくる。
「味見する?」
「っ……そ、そうね。毒見は必要よね」
毒見じゃなくて味見ね?
「ほれ」
一口サイズにカットしてやった『フレンチトースト』をローラの口へ放り込む。
「!! んー! んー!」
どうやら旨かったらしい。
次の一口をジッと待っているところを見るに、相当の甘党派と思われる。
「あとは朝食でな。毒見は済んだだろう?」
「まだよっ!! 量を取ることで効き始める毒かもしれないっ!」
なわけあるか。
僕はローラの物欲しげな視線を無視して朝食の準備を進める。
その後、後衛部隊のメンバーが揃ったところで朝食にした。
「甘くて旨いな。パンに砂糖をぶち込んだのか?」
それ何て男料理?
「いえ、卵や牛乳、バターなども入っています」
「たったそれだけか? 凄いな。まるで魔法じゃないか」
他のメンバーも黙々と『フレンチトースト』を食べている。昨日の夕食に引き続き、好評のようで良かった。さすが『フレンチトースト』。
万民に愛された食べ物は、今、異世界へ渡った。
僕は『うんうん』と頷きながら皆の様子を観察していると、空の食器を悲しそうに眺めている鑑定士を発見した。その横顔は憂いを帯び、儚げで美しかった。出来ればもっと別の場面で見たかった。そう思ったのは、言わぬが花だな。
僕は皆の反応に満足して、『フレンチトースト』にフォークを刺し、二口目を口に運ぶ――
「マー君おはよー!」
「あ、グレースさんおはようございます」
僕は口に運びかけたフォークを止め、グレースさんに挨拶をする。
昨晩調子を悪くした割にはグレースさんの声が明るかった。調子は戻っただろうか。気がかりではあるが、原因は僕の下半身によるものなので、直に聞くのも憚れる。
誤解の無いように補足するならば、原因は僕の下半身『を見たこと』によるものだ。
「後衛部隊にご用ですか?」
「後衛部隊には用は無いよ! マー君に用があって来たの」
僕に用だと?
昨日仕留め損ねたから、確実に息の根を止めに来たとかじゃないだろうな……。
「そ、それはそれは、遠路遥々ようこそおいで下さいました。よかったら『フレンチトースト』食べますか?」
餌付けだ。
食われる前に食わせてしまえ。
「ありがとぉー! じゃあ、お隣失礼しまぁーす」
え?
向かいの席が空いていますけど?
狭いし、そんなにつめて座る必要ないだろ。いい匂いがするんだけど。
「えっとねー。昨日の夜、ウチ変だったでしょ? 心配かけちゃったと思うから、今日はマー君に復活宣言をしに来たの」
背の低いグレースさんは、僕の肩口から覗くように見上げて来る。
「なるほど。それは良かったです。いつまでもグレースさんと話せないのは嫌ですからね」
「嫌なんだ……。ふ、ふぅーん?」
そりゃあ口聞いてもらえないのは辛いよ。無視はイジメだからね。イジメよくない。
「おっと。『フレンチトースト』を召し上がって頂く話でしたね。今グレースさんのフォークとナイフを用意しますのでお待ちを――」
「そんなの要らないよ?」
「え?」
素手で食う気か?
さすがにそれはワイルド過ぎだろ。
いや、『フレンチトースト』は元をたどれば食パンなんだし、有りか?
「えっとじゃあ――」
「マー君が使っていたフォークでいいじゃん」
……。
「はやく、はやくー」
グレースさんが足をバタバタさせ、ひな鳥のように口を開けて待っている。
いや待て。
この世界には間接キスという概念が存在しないのか?
まぁ、気にしない人は気にしないみたいだけど、僕は思いっきりに気にする。
口に運びかけていた『フレンチトースト』は、フォークが突き刺さったままだ。なぜなら僕の思考回路がフリーズしていたから。低スペック演算能力では対処しきれない事案である。
「おいおい、グレース。どういう気の変化だ? 昨日までは、あんなにしおらしかったのに」
「んー。一晩寝たら色々と吹っ切れたというか。受け身になるより、当たって砕けるくらいの方がいいと思って。うかうかしていたら盗られちゃいそうなんだもん」
グレースさんがチラッと後衛メンバーの面々を見る。
さっきから2人で何を話しているのか分からないが、やっぱりフォークを取ってこよう。
女の子ばかりのギルドだから、そのあたり麻痺しているのかもしれない。男の僕がその辺気を――
「えいっ!」
密着状態のグレースさんは、僕に覆いかぶさるように身を乗り出すと、ぱくっとフォークに刺さったままの『フレンチトースト』を口に含んだ。しっかりとフォークの根元まで。
「――っ!!」
「あまーい!! 『フレンチトースト』だっけ? 美味しいねこれ。いいなー。後衛部隊はいつもこんな美味しい手料理食べているのかー! うらやましー!」
いや、グレースさんが気にならないならいいんだ。
僕がこのフォークを封印すればいいだけのこと。
というわけで、新しいフォークをマジックバックから探す。マジックバックは、中に入っているものが一覧になって管理されている。中に入っているものが多いと、一覧から1つのものを探すのも一苦労なのだ。
僕は何とか新しいフォークをマジックバックから取り出すことに成功し、内心でホッと一息つく。ようやく人心地のある朝食が取れそうだと思ってグレースさんの方へ振り返った。
しかし、グレースさんの手には既にフォークが握られていた。僕の探し物に焦れてしまったのか、どこかから入手してきたようだ。
グレースさんは、出所の知れないフォークを『フレンチトースト』に刺すと、それを僕の方へ突き出してくる。
さながら『あ~ん』である。
……ん?
テーブルの上に置いてあったはずなのに無くなっている……。
グレースさんが根元まで口に含んだ禁断のフォークが……。
「はい。あ~ん」
「い、いや、それさっきグレースさんが使っていたやつじゃ……。ほ、ほら新しいフォーク出しましたので、これで食べましょ!」
「あ〜ん!!」
あれ!?
無視された!?
「そ、それに『あ~ん』なんて恥ずかしくて出来ないですよ! 皆見ていますし」
じとーっとした後衛部隊のメンバーの視線が痛い。
何も悪いことをしていないのに、後ろめたい気分になってくる。
ほら!ローラとか腐ったバナナを見るような目で見ている!
「ダメだよー。ウチだけ食べさせてもらっていたら悪いじゃん! ほらほらー。甘いよ~?」
グレースさんは強引に『フレンチトースト』を食べさせようと、のしかかるように体重を預けてくる。おかげで色々と当たっているわけだが、まったく下心の無さそうなグレースさんを見ていると罪悪感が沸いてくる。
僕が気にしすぎなんだろうか。
普通に振る舞えばいいのだろうか。
もしかしたら意識し過ぎる方が気持ち悪いのかもしれない。ならば、堂々とやるまでだ。
「じゃ、じゃあ頂きますね!」
僕はグレースさんが『あ~ん』してくれた『フレンチトースト』をパクッと遠慮なく頂いた。
全く味が分からん……。
グレースさんの唾液が混ざっているかもしれないと思うと平静を装えない。
「~~っ」
おい!
なんでそこで赤くなるんだよ。
グレースさんが堂々としていないと、こっちの身が持たないんだよ!
僕は動揺した気分を誤魔化そうと水を飲んだ――
「えへっ。マー君と間接チューしちゃったっ」
「ぶっーーーーーーーーーー」
「おい、マサキ汚いぞ」
「す、すみません。【洗浄】【乾燥】」
僕はレベッカさんに謝り、テーブルの上を魔法で綺麗にした。
どうやら今日のグレースさんは、とりわけ調子が悪いようだ。何かくねくねしているし。
変なものでも食べてしまったのかもしれない。
「マー君、マー君」
「今度は何ですか?」
「今から私とゲームしよっ!」
いきなりなんだ?
ゲームというからには負ける気ないぞ。
「いいですよ。どんなゲームです?」
「ん~。まぁー、ゲーム内容とかは後で説明するとして。先に負けた方の罰ゲーム決めていい?」
ゲーム内容説明の前に罰ゲームの設定だと?
嫌な予感しかしない。
「勝った方は、一つだけ相手に何でも命令ができる! どう?」
ほぅ。
何でもか。
しかし、それは負けないという自信や前提があっての提案じゃないか?
圧倒的に不利で理不尽なゲームだったら受ける気は無い。
「ゲームの内容次第ですね。それによっては受けて立ちましょう」
「簡単だよ? ゲームの内容はね――」
内容は?
「敬語を使ったら負け! ただそれだけのゲームだよ」
なるほど。
要は敬語を使わなければいいわけだな?
負ける気がしない。
「いいよ。グレース。じゃあ今から僕は敬語を一切使わない。絶対に負けないよ?」
「うん……。負けたら許さないよ? 負けたら罰ゲームだからね!」
こうして、僕とグレースの終わらないゲームが始まった。




