第二章 その者、治世の能臣そして乱世の奸雄。(4)
「兪瑛よ、お前はどう考える?
今回我々が陶謙を討たんと徐州に赴くに当たっての利と不利を。」
曹操は単刀直入と言わんばかりに、郭嘉が期待を寄せる兪瑛に問う。
座する曹操に対し、兪瑛は膝を付け目を伏して述べた。
「利に関してはかなり薄いところが御座います。
陶謙に再起不能の打撃を与えることができるやも知れませんが、曹操殿の周囲がそれを許さないかと。」
「周囲とは?」
「中原には昨今、不穏な空気が漂っております。
…陶謙は曹操殿と旧知の仲であると聞きます。
故に曹操殿が兵術の手練であることも無論知っていて、裏切ればどういった事が起きるかも想像に難くありません。
しかし今や中原随一の精強である曹操軍を相手に、余裕とも言える戦い方をしております。」
話を聞いている曹操は次第に眉間に皺が寄り、指を机にトントンと打ち付け、
不機嫌を露わにしていった。
老いぼれの汚い笑みが頭をよぎったからである。
「なるほど、陶謙は俺に勝てると思っているのだな。
勝算はどこにある?」
「は、荀兗州本拠地への奇襲かと。
未だ続く小癪な牽制攻撃も曹操殿を挑発し、深く釣り出す為の陽動でしょう。
徐州陶謙軍は囮です。」
「やはり、君もそう思うか兪瑛…私も同意見です曹操殿」
「郭嘉もそう考えるか、続けよ兪瑛」
「…はい、しかしここまでは予想が出来てもこのあと誰が曹操殿の背後を突くかは私の想像を超えるところであります。
ただ…兵糧や行軍、守備する兵力から当てずっぽうに言い放つのであれば
陳留から挙兵すれば4日から7日という最短の期間で曹操殿不在の兗州は落とされるでありましょう。
しかも…何やら猛将が居座っているなどと耳に致しましたが」
この兗州の周辺地帯には不穏な動きをする勢力が多数いた。
城壁の修復を謳い兵を県境に大量の動員を行ったり、
自衛の為と吹聴して武器商人から大量の兵器を購入したりと事がよくあった。
兪瑛が言い終わるか終わらないかの境で曹操の脳天を閃きが貫いた。
(張邈と呂布か…!!!)
張邈は以前、袁紹により殺されそうになったところを曹操が庇った事があった。
しかし名家の頭目・袁紹に対して真っ向から意見し友のように振る舞う曹操に対して張邈は表面上は命の恩人としていたが、
その目や行動はいつも曹操を恐れていた。
そんな所に曹操が背後を見せ、守備が手薄な兗州を攻撃するべしとの甘言が張邈に届いたのならば…窮鼠は猫を噛むかも知れない。
しかも天下無双とも飛将とも言われる名高い呂布までいるのである。
そしてそれが現実に起こりうるのであれば、過酷である。
現在徐州に駐屯している曹操軍は主力級の兵団を用いており動員数も全体の7割を超えている。
そんな勝ちに易い状況を知られては豫州の郭貢なども呼応しておかしくはない。
周囲は敵だらけで守備隊は寡兵、まさしく曹操は絶体絶命の窮地であった。
その包囲網は曹操が二度目の徐州侵攻に動いた際に既に完成していたのかも知れない。




