9.エドゥアール様の趣味と温室
「かわいい!これ、何ていう植物?」
丸みを帯びた大きな葉っぱに、鈴のような形をした可愛らしい花びら。青々とした葉っぱに白く小さな丸い粒が点々と群がる様子はとてもよく映える。
「ブルーナイトコバリス。一般的なコバリスより小ぶりな花が特徴の、この地域原産の花だよ」
翌日、温室の手入れをするというレオに連れられて、私はこの城の東側にある温室へと足を踏み入れていた。見栄えを重視に花木が植えられている庭園と違い、種類ごとに植物が一定数ずつ植えられていて、植物を栽培しているといった雰囲気が強い。
「初めてみたわ。ここには珍しい植物が沢山生えているのね。…こっちの植物も。こんなに肉厚の葉っぱを持つ植物、見たことがない」
葉っぱが花びらのように並んでいて、葉の先が少し赤みがかっている不思議な植物。ムチムチと肉がぎっしり詰まった感じの葉っぱは見ていてほっこりする。
「それは山の標高が高いところで生息している植物なんだ。水はけがよくて、直ぐに土地が乾いてしまう場所に生えているから、この分厚い葉っぱに水分を一杯蓄えて生存しているんだ」
「葉に水を…」
そんなことができるのね。植物って凄いわ。
感心しながら植物を見つめる私を、レオはこっちも凄いぞと手招きした。言われるままにレオの元に行けば、くるりとした紫色の花弁が可愛らしい植物が植えられている。
「こっちはブルーナイトイリス。一般的なイリスより色が鮮やかで花弁が大きいのが特徴なんだ。羽ばたく蝶のような形が可愛らしいだろ?」
「言われてみれば蝶のようね」
イリスは王都の庭園でも定番の花けど、この形の花びらは初めて見たわ。同じ花でも、違う形のものがあるなんて知らなかった。
「花の交配をしているうちに偶然生まれたんだ。数が少ないからあまり市場にも出回っていない」
なんでも寒さに強いイリスを作ろうと寒さに強い植物と掛けわせたらこうなったらしい。レオによると、異なる特性を持った植物を掛け合わせることで、その特徴を受け継いだ植物を産みだすことができるのだそうだ。面白い。
「奥が深いのね、植物って」
「そう。生命の神秘が植物には沢山詰まっているんだ」
そう言いながらレオは植えられた植物の手入れを黙々と続ける。豪快でわりといい加減そうな雰囲気を持つ彼だが、植物と関わるときの彼の仕事は実に丁寧だ。優しく茎や葉に触れながら、柔和な眼差しを植物に向ける彼の横顔を見て、本当に植物が好きなんだろうなと私は思った。
「温室っていうからてっきり観賞用だと思ったけど、ここはそうではなさそうね」
私の言葉にレオはうんと頷いた。
「ここはこの辺境に咲いている植物の栽培するための施設なんだ。旦那様は植物の効能を研究するのが趣味でね。よくここで栽培した植物を利用して、実験をされているんだよ」
エドゥアール様って植物の研究が趣味なのね。…真剣な顔で植物の研究をするエドゥアール様、想像するだけで素敵!
「…そういえばこの城に来る前、香草入りの肉の腸詰を食べたわ。あれもエドゥアール様が開発されたのよね」
「うん、そうだよ。この近くの山には様々な香草が映えていてね。旦那様が色々と試されたんだ。その中で食用可能で肉の臭みを消してくれる香草を見つけて、料理長と共に香草入りの肉の腸詰を開発したんだ」
そっか。あれは趣味の延長で生まれたものだったのね。
「素晴らしい趣味をお持ちだわ。流石はエドゥアール様ね。…ああ、またあの腸詰が食べたいわ。今日の朝食に出た腸詰は内臓と血を混ぜたものだったの。もしかしたらと期待をしてたんだけど…やっぱ嫌われているのよね、私」
あれは絶対悪意があるわ。普通の内臓と血の腸詰でもあそこまでは臭くないもの。絶対、血抜きがあまくて臭くなった肉をセレクトして作ったわね。
きっとレオも同じことを思ったのだろう。苦い顔をしながら笑みを浮かべた。
「…あはは、確かにあれは嫌がらせにもってこいの料理だね。料理長は旦那様を敬愛しているからなぁ。誤解が解けない限り、まともな料理が出てこないかもね」
「…それは死活問題だわ」
料理は元気の源だ。いくら食べられるものであるとはいえ、こうも美味しくないものが続くようでは心が死んでしまう。
早く誤解を解くためにも、私がこの辺境にとって有益な人物となることをアピールした方がよさそうだ。
「ねぇ、レオ」
「うん?」
何かいい方法はないかと考えていた私は、ふと疑問に思ったことを尋ねるべくレオを名を呼んだ。レオは作業の手を止め、不思議そうにこちらを振り向く。
「ここにある植物って王都には流通してないの?」
「ないと思うよ。栽培しているのはここだけだし、存在を知らない人の方が多いんじゃないかな」
「もったいないわ。こんなに魅力的なのに」
近くに咲いている花を見つめながらそう言った私に、レオはニヤリと笑った。
「なに?お嬢サマ、これが欲しいの?」
からかうようにそう聞いてくる彼に私は首を横に振る。
「いえ、そういう意味ではなくて。ああ、いや勿論欲しいとは思うけど…」
「…?」
しどろもどろに答える私に、レオはじゃあどういう意味なんだと首を傾げる。私は脳内で言葉を整理すると、分かりやすいように説明した。
「あのね、これ、凄くいい商売になると思うのよ」
ここにある植物は王都ではまだ知られていない珍しいものばかりだ。しかも、見た目もいい。貴族受けがいいのは間違いない。
「貴族は珍しくて美しいものが大好きなの。それを持っているということは自分には物を見る目とそれを入手できるだけのお金があるという一種のステータス表示になるから」
流行の最先端にいる。その事実が貴族にとっては何より大切だ。そのためならいくらだって金を出す。
「…だから、ここにある植物を売れば儲かるってこと?」
「ええ」
私が頷くと、レオは怪訝そうな顔をして首を横に振った。
「悪いけど、俺、そういう話に興味ないよ」
どうやら伝え方が悪かったらしい。不快そうなレオを見て真意が伝わっていないと気づいた私は、そう意味じゃないわと言葉を続けた。
「売るのは貴方じゃなくてこの辺境に住む人達よ。これは貴方のためじゃなくて、この辺境のための話」
「辺境のため?」
私の話に興味を取り戻したのか、レオは興味深そうに聞いてくる。私は静かに頷くと説明を続けた。
「この辺境に住む人たちは冬の手仕事に困っている人が多いでしょう?特に農家を営んでいる人は雪が降る冬は植物が育たないから仕事ができない」
「そうだね」
「でも、温室なら?」
私の言葉にレオはハッとしたように手を叩いた。
「そっか。冬でも植物を栽培できる」
「そう!でも単価が低い普通の野菜では収入を得るにはかなりの量がいるので、温室もかなりの面積がいる。でも、温室を作るのにはかなりお金がかかるのでできるだけ面積は少なく済んだ方がいい。だから、できるだけ単価が高いもので栽培ができれば…」
「それでこの地域の珍しい植物を栽培して貴族に高く売ろうというわけか」
「そういうこと!そうすればこの地に住む人々に新しい収入減ができるし、植物の噂を聞きつけて、この辺境に足を運ぶ商人も増えるわ」
「悪くはなさそうだな」
どうやら興味を持ってもらえたようだ。私の提案にレオは名案だなと頷いた。
「でも、どうやって実現するんだ?温室を作る金なんて、平民は持ち合わせていないし、売り出すにも商人のコネが必要だろ?それに旦那様の許可も必要だ」
彼の言葉に私はふっと口角を上げた。伊達に宰相の娘をやってない。ちゃんとそこら辺も考えてある。
「ふふふ、私に考えがあるわ。任せて」
早速プランを実行するべく、私は準備をするためにレオと別れて温室を後にするのだった。