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枯れ専で何が悪い  作者: 嘉ノ海祈


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10.エリワイドの過ち

「それで話とは?」


 エドゥアール様に相談があると私がウォルター様に告げると、簡素ながらも上品に整えられた部屋へ通された。どうやらここはエドゥアール様の執務室のようだ。部屋の中央に堂々と座り、こちらに鋭い視線を向けるエドゥアール様。きらりと光る紅い瞳の美しさと迫力に思わず息を呑んだ。


 婚約の話なら聞かないぞと告げるエドゥアール様に、私はふるふると首を横に振る。


「いいえ、本日は婚約の話のために来たのではありません。この辺境のことでご相談があってきたのですわ」

「…相談?」


 途端、訝し気な表情を浮かべるエドゥアール様。私は一呼吸置くと、どうどうとした声でエドゥアール様へ告げた。


「単刀直入で言います。この辺境に投資させてください」

「投資、だと?」


 一体どういうことだと視線を向けるエドゥアール様に私は用意してきた一枚の用紙を渡す。それを受取ったエドゥアール様はそこに書かれた内容を読んで眉を上げた。


「ブルーナイト園芸商会設立の嘆願書?」

「はい」


 エドゥアール様の問いかけに私は頷くと、書類に書かれた内容について説明を行った。このブルーナイト辺境に生息している植物には希少価値があること。それを量産して、貴族相手に売ればお金になること。温室を作り、そこで栽培を行えば、この辺境に住む農民たちの冬の手仕事になること。


 私の説明をエドゥアール様は興味深そうに聞いていた。これはもしかしたら希望があるかもしれない。この勝機を逃すまいと私は更に最後の一手を打つことにした。


「設立に係る費用は全て私の方で負担いたします。エドゥアール様にはこの事業を行う許可をいただきたいのです」


 私がそう言うと、エドゥアール様は怪訝な表情で私に尋ねる。


「商会の設立には商業ギルドの許可が必要だ。あそこは商人同士の繋がりが強いと聞く。商人でもない貴族が、いきなり商会に入りたいと懇願したところで、簡単に受け入れてもらえるとは思えない」


 確かに商人にとって、貴族が自分たちの商売に介入するというのはあまりいい話ではない。貴族が市場に介入すればそれまで守り抜いてきた均衡が乱される恐れがあるからだ。


「それに費用を自分で負担すると言っているが、君はこれがどれくらい資金がかかるものなのか分かっているのか?君が出すと言っているが、結局はコンサーレ侯爵の金になるはずだ。侯爵から許可を貰っているのか?」


 エドゥアール様がそれを気にするのは至極当然のことだ。一般的な貴族令嬢が手にするお金は配偶者から送られる資金が殆どだ。つまり、貴族令嬢から金銭的支援を受けるというのは、その家の家長から支援を受けるということと同義である。


 メアリーからの情報によると、エドゥアール様は若い頃に私の父から色々と援助を受けていて借りがあるそうだ。勿論、資金的な援助もその時父から受けていたようで、以前、その援助を受けた分のお金を全額父に返しにきたことがあったらしい。父はその返金を断ったのだが、借りを残しておくのが嫌なのかエドゥアール様が中々引こうとしないので、渋々そのお金を受取り別の困窮している領地の支援金に回したのだとか。


 きっと、私から金銭的援助を受けることでまた父に借りできてしまうことを恐れているのかもしれない。そんなエドゥアール様の不安を取り除くべく私は用意していたものを袋から取り出すと、エドゥアール様に渡した。


「問題ありませんわ。こちらをご覧ください」

「これは…ジェントルグシュマーク商会の商品?」


 渡された箱を開けたエドゥアール様は、中に入っていたものを見て目を見開いた。そこに入っていたものは髭のある老紳士のシルエットと商会の名前がロゴとして刺繍されたハンカチだった。


 ジェントルグシュマーク商会。今や紳士の嗜みとして貴族の間で主流になりつつある、紳士服をはじめとする紳士向けの商品を取り扱うのアパレルブランドである。


 なぜ今、これを渡されたのか分からないと戸惑いの表情を浮かべるエドゥアール様に向かって、私はにっこりと綺麗な笑みを浮かべて言った。


「日頃より当商会の商品をご愛用いただきありがとうございます。改めまして、ジェントルグシュマーク商会会長、エリィ・グシュマックと申します」

「…君が、エリィ・グシュマックだと」


 戸惑いから驚愕の表情へと切り替わったエドゥアール様を見て、私はふふっと笑みを深めた。エドゥアール様が今身に着けている服は、#ジェントルグシュマーク商会__うち__#の看板商品だ。型から色まで全てオーダーメイドでカスタムができるという人気商品である。


「私には二つの顔があります。一つは貴族侯爵としてのエリワイド・コンサーレの顔。そして、もう一つはジェントルグシュマーク商会の創設者にして、会長、エリィ・グシュマックですわ」


 そう言って私は商会の会長の証であるギルドカードをエドゥアール様に見せた。これは商業ギルドで身分証の代わりに発行されるカードだ。カードには所属している商会の名前や役職が記載されている。信じられないという顔をしていたエドゥアール様も。流石にこれを見て納得をしたようだった。

 

 いやぁ、別に私は商会を作るつもりも会長になるつもりも全くなかったんだけどね。ただ全国のイケオジを着飾りたいという己の欲望に忠実に従っていたら、いつの間にか商会ができちゃったのよね。


 きっかけは偶々この国に来ていた他国の貴族を見て、この国の紳士服が簡素すぎるということに気づいたことだった。この国のイケオジにもあの素敵な衣装を身にまとってほしい。絶対に眼福だ。そう思った私はナタリーにその願望を語った。そしたらナタリーがそんなにお嬢様が望まれるのでしたら、ご自身で作ってしまえばよろしいのではと提案されたのだ。実はナタリー、商人家系の家の出でそういう商売についてかなり詳しい人物であった。商会ギルドで結構な重鎮の知り合いに頼んで、あれよこれよとデザイナーや商売に明るい協力者を用意してくれたのだ。それでこの国のイケオジに着てほしい紳士服を作製して売りさばいているうちに、いつの間にか貴族の間で大流行し、瞬く間に有名になってしまった。今や、貴族の男性はこの商会の服を身に着けるのが当たり前。なんなら、近隣国からの需要も結構あって、年商はこの国でトップレベルにまでなってしまった。自分で言うのもなんだが、やんべぇ商会を作ってしまったのである。


 基本的に私がこうしたいっていう欲望をつらつら述べるだけで、デザインとか製作をやってくれているのは雇っている専門家達だ。だから会長になるつもりもこれっぽっちもなかったんだけど、私の案がなければ商品は産まれないからとうまく丸め込まれてしまって会長になってしまった。


「実は当商会で新規事業として疲れたおじ…紳士の皆様を癒す商品の開発をしているのです。でも、これが意外と難しくてですね。やはり、生き物に勝る癒しはないというのが私の見解ですわ」

「それで植物に手をだそうとしているわけか…」

「そういうことです!」


 何も庭に植えるだけが植物鑑賞の楽しみではない。部屋にワンポイントとして飾るのもお洒落だしいいと思うのだ。ぜひ、全国のおじさま達に観葉植物という癒しを届けたい…。って、いけないいけない。ついつい、本音が漏れてしまったわ。ここはブルーナイト辺境の発展に貢献するためということを押していかないと。


「ですが、一つ大きな問題がありまして、あまり一つの商会で色々な事業に手を出しすぎると、他の商会からやっかみをかってしまい面倒なのですわ。しかも、うちはただえさえ大きくなりすぎてしまっているものですから、これ以上利益を大幅に上げてしまうと、国からもお小言が…」


 この間もさりげなく国から役人がやってきて牽制されたのよね。利益が多い分、税金を他の商会より多く払うことで許してもらっているんだけど、これ以上事業を増やすと何を言われるか分かったものじゃないわ。


「そこでですね。当商会の代わりに新規事業に取り組んでくれる団体を探していたんです。ブルーナイト辺境はこの事業の担い手として適任であると私は判断いたしました」

「なるほど。それで、ブルーナイト園芸商会の設立を提案してきたわけか。…仮に設立した場合、この商会の帰属権は?」

「ブルーナイト辺境に帰属させます。あくまで我々は支援をするだけです。利益は全てブルーナイト辺境に還元します」


 利益を取るつもりはない。本音を言えば、これでエドゥアール様やこの屋敷の人たちが私への認識を改めてくれるといいなとは思うけど。


「それでは君たちには何の利益にもならないのでは?」

「支援をした。この事実が重要なのです」

「…なるほどな。国の商業の発展に貢献をしていれば、国も文句は言えなくなると」

「そういうことですわ」


 お金は貯めこめばいいというものでもない。時にはこうやって慈善事業に放出することで、敵意がないことを知らしめる必要があるのだ。そうしておけば、国も商業ギルドも裏切りへの不安が薄れ、うちへの当たりも優しくなる。


 ふと、静かな部屋にククッと誰かが笑う声がした。今、この部屋にいるのはエドゥアール様と私の二人だけ。すぐ外にウォルター様も控えてはいるが、流石に外からの声にしては鮮明すぎる。もしやと思いエドゥアール様に視線を向けると、面白可笑しそうに肩を震わせながら喉を鳴らしていた。こんな風に笑っているエドゥアール様を見るのは初めてだ。普段見ることのない少し迫力の抜けたその姿に、私の胸は高鳴った。


「ククッ、ただの令嬢ではなさそうだとは思っていたが、まさかここまでとはな。少々君を誤解していたようだ。あのグシュマーク商会の会長が侯爵家の貴族令嬢だとは流石に想像がつかなかった。とんだ不意打ちを食らったものだ…」


 めっちゃ笑ってる。物凄く笑ってる。誤解が解けたのは嬉しいことだし、普段見られない貴重な姿が見られるから嬉しいんだけど、これ婚約者として、令嬢としての魅力としては寧ろ逆効果ではないかと急に不安になってきた。だって、エドゥアール様の瞳、どちらかというと面白い玩具を見つけた時のような光が宿ってる気が…。


「いいだろう。その商談、引き受けよう。これからよろしく頼む、エリィ・グシュマック」


 やっぱり!婚約者どころかビジネスパートナーとして認定されてしまった!恋愛のれの字もなければ、完全にそういう雰囲気が消し飛ばされてしまった!…ごめん、ナタリー。誤解は解けたけど、目的からは大きく遠ざかってしまったわ…。エドゥアール様の攻略はもっと先になりそうよ…。


 こちらこそよろしくお願いしますと言いながらも、心の中で自分のやらかしに気づきナタリーへ謝罪をいれる私なのであった。

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